「残業代」をもらうことは、労働者に認められた権利であり、残業を命令したにもかかわらず残業代を支払わなければ、労働審判や訴訟で残業代請求をされても仕方ありません。
しかし一方で、問題ある社員(従業員)の中には、無駄な残業を行い、残業代を稼ごうとする者もいて、会社の経営を圧迫します。
無駄な残業の典型例が、今回解説します「生活残業(生活のための残業)」です。
今回は、「生活残業」のように無駄なダラダラ残業を減らすための会社の対策を、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。
1. 生活残業を防止するために
「生活残業」を、会社側(使用者側)の立場で、適切に防止していくために、まずは「生活残業」の基本を理解しましょう。
「生活残業」は、労働基準法に定められた「残業代請求」をする労働者の権利を逆手にとったやり方であり、その対策には、残業代についての労働法、裁判例の知識が重要です。
1.1. 生活残業とは?
「生活残業」とは、自分や家族の生活費を稼ぐことを目的として行う、明らかに無駄な残業のことをいいます。
今回解説する対策を行い、「生活残業」を適切に防止できなければ、会社にとって「残業代」という大きな人件費の負担があることはもちろん、それ以上の大きなデメリットがたくさんあります。
1.2. 生活残業する労働者のメリット
「生活残業」をする従業員(社員)の気持ちは、次のようなものです。
労働基準法における労働者の正当な権利を逆手にとった、問題社員の気持ちに注意しなければなりません。
- 基本給が低いため、生活していくためには残業代が必要である。
- ダラダラと会社に残るだけで残業代がもらえるならラッキー。
- 残業代がもらえることを前提にローンを組んでいる。
「生活残業」をする社員(従業員)を放置し、「生活残業」をなくす努力をしないと、会社側(使用者側)には大きなリスクがあります。
「労働者が、自発的にダラダラ残っているのだから仕方ない。」という甘い考えで、「生活残業」を放置し続けず、きちんと労務管理していくことが大切です。
2. 生活残業による会社のデメリット
「生活残業」の会社側(使用者側)のリスクは、次のようなものです。
「生活残業」によって会社の人件費が増加し、業務効率が著しく悪化するだけでなく、「ブラック企業」という企業イメージの低下にもつながります。
- 高額の残業代が必要である。
:特に、残業時間が60時間を超えると、割増率は1.5倍となります。 - 残業代を未払いとすると、労働審判や訴訟を起こされる。
- 労働者がからだを壊したとき、労災、安全配慮義務違反の責任を追及されやすくなる。
:労災や安全配慮義務の責任が認められるかどうかは、直近の労働時間が大きく影響します。 - 労基署の立入調査に入られやすくなる。
更には、以上の目に見えるデメリットだけでなく、「会社全体の士気が下がる。」という、目に見えないデメリットにも注意が必要です。
ろくに仕事もしない社員であっても「生活残業」をすることによって多くの給料をもらう一方、しっかり仕事をして成果を上げた社員が基本給しかもらえないのでは、社員(従業員)のやる気を奪うこととなります。
3. 生活残業を防止する対策
ここまでお読みいただければ、「生活残業」の基礎知識と、「生活残業」をめぐる労働者側、会社側(使用者側)のそれぞれの考え方が、十分ご理解いただけたでしょう。
次に、会社側(使用者側)が、法的に有効に、「生活残業」を防止していくためにはどうしたらよいのか、その解決法、対策をまとめておきます。
3.1. 命令した残業しか認めない
「生活残業」の対策で、最も有効なのが、「命令した残業以外は、残業時間として認めない。」という姿勢を、会社側(使用者側)が明確にすることです。
ただ、そうはいいながら、実際にはダラダラ残業を黙認していたり、残業代を払わないサービス残業が横行していたりといった場合、結果的に残業代を請求されるリスクはなくなりません。
「命令した残業しか認めない。」という対策を徹底し、「残業禁止令」を出すことは、社員(従業員)の反感を買うおそれがあり、お勧めできません。
「生活残業」は防止しなければならないものの、会社が多忙であれば残業をせざるを得ないからです。
個々の従業員(社員)の業務量や、残業の理由にしっかり配慮する必要があり、残業命令をするかどうか、直属の上司の判断を参考にする必要があります。
3.2. 残業を許可制にする
命令した残業だけしか認めないというルールを作ったとしても、適切な運用をしなければ、「生活残業」に残業代が発生してしまいます。
具体的にいうと、「生活残業」を「黙認」してはならず、「許可制」を徹底するということが1つの対策となります。
3.3. 残業の命令権についてルールを明確化する
残業命令を出した場合にのみ残業を認めるとする「生活残業」対策をとるためには、残業の命令権をどのようにして行使するかのルールを明確化する必要があります。
原則として、業務量を把握している直属の上司が残業を命令するのがよいでしょうが、あまりに残業が多い場合には、会社経営者である社長の監督が必要となります。
3.4. 業務効率の大切さを教える
生活のためにやむを得ず「生活残業」をしているとすれば、労働者としても「早く帰りたい。」という気持ちがあることでしょう。
そこで、「生活残業」を繰り返す問題社員に対して、業務効率の大切さを教え、教育することが、「生活残業」対策の1つとなります。
更には、「成果」「業務効率」の重要性を教え、これを賃金につなげるために、のちほど解説するとおり、成果に直結する賃金体系に変えることと併用するとよいでしょう。
3.5. 命令違反に対して制裁を下す
会社側(使用者側)が残業代のルールを作り、労働者に対してしっかり注意指導、周知したにもかかわらず「生活残業」を繰り返す問題社員には、制裁を下すことが考えられます。
ただし、懲戒処分や、さらには解雇などの厳しい処分を下すためには、それに相当する問題行為である必要があります。
少なくとも、「生活残業」がなぜ悪いのか、継続した場合に厳しい処分となることについて、労働者に事前に説明し、理解させなければ、「不当な処分」となります。
3.6. 成果主義の賃金体系にする
「生活残業」をしてしまう原因が、「残業代がないと生活できない。」という、会社側の低賃金にあることもあります。
この場合、そのままの低賃金で労働者を酷使し続ければ、離職率の増加につながる上、「ブラック企業」という風評被害は避けられません。
そこで、「たくさん会社に居残っていたらたくさんの給料がもらえる。」という賃金体系から、「成果を出したら、労働時間にかかわらずたくさんの給料がもらえる」という、いわゆる「成果主義」の賃金体系にシフトしましょう。
- 総支払額に占める、成果に連動する手当の割合を増やす。
- 総支払額に占める、賞与の割合を増やす。
- 固定残業代、固定残業手当を出し、ある程度までは残業しても残業代が生じないようにする。
ただし、「成果主義」といっても、完全な成果主義は、労働法上許されない場合があり、法律違反とならないよう、次のような注意が必要です。
- 裁判例にしたがった「固定残業代」の有効要件(明確区分性、残額の支払い)を満たさない場合、固定残業代が無効となり、さらに多額の残業代請求につながります。
- いずれの制度であっても、最低賃金を下回る給与で働かせることはできません。
- 成果主義賃金の場合、最低限の保証額が必要はケースがあります。
いずれも、法律の抜け穴をつき、過剰に残業代を支払わないという考えだと、そのときは払わなくてよくても、その後に労働審判や訴訟で残業代請求をされてしまいます。
3.7. 残業代の発生しない賃金体系にする
そもそも残業代の発生しない賃金制度も、労働基準法において、いくつか認められています。「生活残業」への対策として有効です。
これらの残業代を支払わなくてもよい賃金制度は、そもそも「労働時間」によって管理をすることが向かない労働者に対して適用するためのものです。
- 管理監督者に任命する
- 取締役に就任させる
- 裁量労働制を導入する
- 「雇用」ではなく「請負」とする
とはいえ、これらの制度を導入するためには、法的に厳しい要件があり、会社が一方的な判断で決めてしまい、残業代を払わないことは危険です。。
特に、「生活残業」を繰り返すような、就労意欲の低い労働者を、「管理職」「裁量労働制」などとすることは、慎重になる必要があります。
4. 生活残業の傾向と対策
「生活残業」を防止するための方法を解説していますが、間違ってはいけないのは「残業=悪」ではないということです。
業務効率を徹底しても、多忙なときにはどうしても残業が発生します。むしろ、残業して頑張ってくれる社員を「生活残業だ!」と評価してしまえば、労働者のやる気はさらに減退します。
そこで、「生活残業」であると考えるべき傾向と、その対策を、弁護士がまとめました。
4.1. 退社時間がいつも一定
業務量は、日によって異なるという労働者のほうが多いのではないかと思います。
退社時間が常に一定で、ある一定の時間だけ残業をして帰る、という労働者は、無駄な「生活残業」をしている可能性が高いといえます。
4.2. 日中はさぼっている
日中は頻繁にトイレにいったり、喫煙休憩をしたりと離席が多く、スマホを見ていたりするのに、残業も長時間であるという場合、「生活残業」である可能性があります。
日中の業務指導、注意を徹底し、業務効率を上げて早く帰るよう指示しましょう。
日中のサボり行為は、程度がひどい場合には、懲戒処分など、厳しい制裁(ペナルティ)が必要なケースも少なくありません。
4.3. 仕事が明らかに遅い
仕事がある程度遅いからといって、必ずしも「生活残業」とはいえません。
とはいえ、他の社員(従業員)と比較して、明らかに仕事が遅く、残業も長時間となっている場合には、「生活残業」の可能性もあります。
この場合、仕事が遅いことを、社員(従業員)の能力評価に反映して、賃金を減額するなどの方法で対応します。
4.4. 常に忙しそうである
常に「忙しい。」が口癖で、余計な仕事をしようとしないにもかかわらず、残業時間が長い場合には、「生活残業」の可能性があります。
あまりにも多忙そうな場合、本当に多忙であるのかを確かめるために、手持ちの業務を書き出させ、整理して報告してもらうことで改善できます。
5. まとめ
今回は、会社側に大きなデメリットとなるけれども、労働者側は「お金を得たい」と思ってついやってしまいがちな「生活残業」について解説しました。
「生活残業」を防止するためには、労働法に従った適切な注意指導、処分も大事ですが、何より、「得がない。」ということを労働者に教育し、周知することが重要です。
会社内の労務管理に苦慮される会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に、お気軽にご相談ください。