働き方改革関連法では、フレックスタイム制についても重要な改正がなされます。
改正労働基準法(労基法)では、フレックスタイム制の清算期間の上限が、これまでの1か月から、3か月に延長されます。
この清算期間の上限延長を活用する場合には、会社側(使用者側)として気を付けて頂かなければならないポイントは、これまで以上に、残業代の正しい計算方法が複雑となる点です。
清算期間が1か月を超える場合には、従来の「清算期間の総枠」に加え、「1か月ごとの枠(週当たりの労働時間が50時間)」を超える時間もまた、法定時間外労働として残業代(割増賃金)が発生します。
今回は、働き方改革関連法によって改正されるフレックスタイム制の基本と、延長された清算期間の上限を適用する場合の注意点、ポイントなどについて、弁護士が解説します。
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フレックスタイム制とは?
「フレックスタイム制」とは、一定の清算期間内の総労働時間を定めて置き、労働者が、その総労働時間の範囲内で、始業時刻・終業時刻を選択して原卓制度です。
フレックスタイム制では、「1日8時間、1週40時間」という所定労働時間を超えて働いたとしても、フレックスタイム制に適用される特別な計算方法によって残業代(割増賃金)を計算します。
フレックスタイム制の趣旨・目的は、労働者がワークライフバランスを保ちながら、より効率的に働くことです。
フレックスタイム制を実施す津ための要件は、次のとおりです。
- 就業規則などにより、始業・終業時刻を各労働者の決定に委ねる旨定めること
- 労使協定により、次の事項を定めること
1. フレックスタイム制の適用される労働者の範囲
2. 清算期間
3. 清算期間における総労働時間
4. その他厚生労働省令で定める事項
参考
フレックスタイム制と似た労働時間制度に、「変形労働時間制」があります。
「変形労働時間制」は、清算期間に応じて「1か月単位の変形労働時間制」、「1年単位の変形労働時間制」がありますが、このうち、「1か月単位の変形労働時間制」は、月単位の賃金清算は、フレックスタイム制と同じ計算になります。
これに対して、変形労働時間制の場合には、1日単位、1州単位でも、所定労働時間を超える時間について時間外労働となり、割増賃金(残業代)を計算する必要があります。
フレックスタイム制の残業代(割増賃金)の計算方法
フレックスタイム制では、通常とは異なる割増賃金(残業代)の計算方法が必要となります。
フレックスタイム制において法定時間外労働(残業)となるのは、清算期間における法定労働時間の総枠を超えて働いた場合です。
始業時刻・終業時刻について労働者が自由に決めてよいことから、通常の「始業時刻前」、「終業時刻後」といった時間帯が、時間外労働(残業)にはなりません。
2019年4月1日より適用される新しいフレックスタイム制以前の、従来のフレックスタイム制の残業代(割増賃金)の計算方法は、具体的には次の計算式で算出します。
法定労働時間の総枠
清算期間における法定労働時間の総枠 = 週の法定労働時間 × 清算期間における暦日数/7
つまり、清算期間における法定同労時間の総枠は、従来の「1か月単位のフレックスタイム制」の場合、月の日数によって次のとおりとなります。
清算期間内の暦日数 | 法定労働時間が週40時間の場合の 法定労働時間の総枠 |
---|---|
31日 | 177.1時間 |
30日 | 171.4時間 |
29日 | 165.7時間 |
28日 | 160.0時間 |
そして、1か月単位の清算期間でフレックスタイム制を導入する場合には、1日、1週の労働時間が長時間となろうとも、1か月の労働時間が、上記の総枠を超えていなければ、時間外労働(残業)とはなりません。
制度上、フレックスタイム制では、月の前半でひたすら働かせ、月の後半は休ませる、という働き方でも残業代は発生しないケースがあります。
しかし、残業代が発生しないからといって、長時間労働させてよいわけではなく、従業員(社員)の健康と安全に配慮する義務が会社側(使用者側)にはあります。
注意ポイント
フレックスタイム制でも、休日、深夜労働についての労働基準法(労基法)の適用があります。
そのため、法定休日(1週1日の休日)や深夜(午後10時から午前5時)に労働した場合には、それぞれ、割増賃金(残業代)が発生します。
法定労働時間外労働、法定休日労働などの残業を行うときに、36協定(サブロク協定)の適用が必要な点も、フレックスタイム制でも同様です。
【改正】フレックスタイム制の清算期間の上限を3か月に延長
2019年4月1日より施行された改正労働基準法(労基法)によって、フレックスタイム制の清算期間の上限が、従来の「1か月」から「3か月」に延長されました。
フレックスタイム制のいっその柔軟化と、制度を利用しやすいものとして普及させることを目的としています。実際、これまでフレックスタイム制を利用する会社・社員はそれほど多くありませんでした。
改正された労働基準法(労基法)の条文は、次のとおりです(改正部分は、マーカー部分です。)。
労働基準法32条の3第1項
使用者は、就業規則その他これに準ずるものにより、その労働者に係る始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者については、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、その協定で第二号の清算期間として定められた期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において、同条の規定にかかわらず、一週間において同項の労働時間又は一日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
一 この項の規定による労働時間により労働させることができることとされる労働者の範囲
二 清算期間(その期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において労働させる期間をいい、三箇月以内の期間に限るものとする。以下この条及び次条において同じ。)
三 清算期間における総労働時間
四 その他厚生労働省令で定める事項
なお、フレックスタイム制の清算期間の「上限」が3か月にされたことから、従来の「1か月」、「3か月」のフレックスタイム制だけでなく、「2か月」、「1か月半」を清算期間とすることも可能です。
1か月ごとの枠
清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制を導入するときには、清算期間の総枠とは別に、1か月ごとの枠が設定されることとなりました。
この趣旨は、1か月ごとの枠を超える労働時間についても時間外労働(残業)として残業代を発生させることにより、長時間労働を抑止し、労働者の健康を確保しようという点にあります。
1か月ごとの枠は、「1週平均50時間」という計算で算出され、具体的な計算方法は、月の日数によって次のように決まります。
法定労働時間の総枠
1か月ごとの枠 = 50時間 × 各期間における暦日数/7
各期間内の暦日数 | 1か月ごとの枠 |
---|---|
31日 | 221.4時間 |
30日 | 214.2時間 |
29日 | 207.1時間 |
28日 | 200.0時間 |
労使協定の届出
フレックスタイム制の清算期間が1か月を超える場合には、労使協定の締結・届出義務が、会社側(使用者側)に課されます。労使協定の届出先は、所轄の労働基準監督署(労基署)です。
清算期間が1か月のフレックスタイム制であっても、労使協定の締結が義務となっていましたが、届出は義務とはなっていませんでした。
この点、清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制の場合には、労使協定の労基署への届出までが義務となります。
この規定に違反して、清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制について、労使協定の届け出義務に違反した場合、「30万円以下の罰金」という刑事罰が科されますが、フレックスタイム制自体は無効にはなりません。
1か月を超えるフレックスタイム制の残業代(割増賃金)
1か月を超える清算期間のフレックスタイム制の場合には、割増賃金(残業代)の計算方法は、より複雑になります。
具体的には、「1か月の枠(週平均50時間)」を超えた部分と、「清算期間の総枠」を超えた部分の労働時間がいずれも、法定時間外労働(残業)となります。
そして、「1か月の枠」、「清算期間の総枠」のいずれをも超えている場合には、その重複する労働時間については、片方のみ算出します。具体的に、残業代の計算方法は次のとおりです。
- 「1か月の枠」を超えている労働時間を算出する。
- 「清算期間の総枠」を超えている労働時間を算出し、さきほど算出した時間数は除外する。
それぞれの残業代(割増賃金)の支払時期について、「1か月の枠」を超える労働時間の残業代は、その当月の賃金支払日に、「清算期間の総枠」を超える労働時間の残業代は、清算期間経過直後の賃金支払日に支払います。
注意ポイント
フレックスタイム制でも、60時間を超える時間外労働(残業)に対して、特別割増率(50%以上)を支払わなければならない義務は変わりません。
そして、清算期間が1か月を超える場合、60時間を超える時間外労働(残業)が相当長時間発生し、結果として、「清算期間の総枠」を超える労働時間に対する残業代がとても高額となるおそれがあります。
特に、2023年4月より、中小事業主に対する、特別割増率の猶予措置が廃止されますので、中小企業では、あらたなフレックスタイム制導入には注意が必要です。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、働き方改革によって、より柔軟化が図られた「フレックスタイム制」について、弁護士が解説しました。
制度を適切に活用するためには、従来より清算期間が長い場合、すなわち、1か月を超える清算期間のフレックスタイム制を導入したときの割増賃金(残業代)の計算方法を正しく理解してください。
また、残業代を支払ったからといって長時間労働によって健康を害することは許されません。清算期間が3か月に延長されたことにり、会社側に、より適切な健康確保への配慮が求められます。
会社内の労働時間制について、改正にともなう改善を検討している会社は、ぜひ一度、企業の労働問題に詳しい弁護士にご相談ください。
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