未払いの売掛金や貸付金をなんとかして取引先から回収したいというとき、債権回収の方法の1つに「支払督促」というものがあるのを御存じでしょうか。
特に、取引先に対する催促への反応から、債権額や支払時期、契約の有無に関しては争いがないと思われるようなケースでは、支払督促が利用されることが多くあります。
債権の存在や内容には争いがないけれど、取引先が単に支払いを拒んでいる場合や、自社側に未払債権について有利な証拠がある場合など、たとえ訴訟になったとしても高い勝算が予想されるときは、「支払督促」を利用する価値があります。
支払督促とは、裁判所が債権者の代わりに、債務者に対し支払いの督促を行ってくれる、という裁判所を介した債権回収方法の一種です。
支払督促手続を経て、最終的に「仮執行宣言付支払督促」を獲得すれば、執行の手続をとることなく、取引先の財産に対して強制執行をかけていくことができる、という極めて大きな効力を得ることができます。
「手間や費用をあまりかけたくはないが、債権回収に有効な手段を選択したい。」という企業経営者の方にとって、「支払督促」や「仮執行宣言」の申立てに関する知識を得ておくことは必須です。
今回は、債務者に対して支払督促をする場合に、企業が確認すべきポイントについて、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 支払督促とは?
支払督促とは、未回収の債権を回収することを目的とし、申立人側の申立てのみに基づいて、簡易裁判所の裁判所書記官を通じて、債務者に対して債務の支払いを命じる督促状を送ってもらう制度です。
裁判によって判決を得るとなると、裁判所の権利義務関係に関する確定的な判断が行われるわけですが、支払督促の場合はそうではありません。
裁判所による権利義務関係の判断がなされずに行われる略式の手続であるとされています(民事訴訟法382条)。
支払督促が債務者に送達された日の翌日から「2週間以内」に、債務者である取引先が異議を申し立てなければ、2週間経過した日の翌日から「30日以内」に仮執行宣言の申立てをすることで、取引先の財産に対して、強制執行を行うことができます。
2. 支払督促のメリット・デメリット
簡単に利用することができて、早めに結論が出やすいという意味で、メリットの大きいように思える支払督促の制度ですが、デメリットも多く存在するため、支払督促を利用する際には、注意が必要です。
支払督促のメリット、デメリットについて解説します。
2.1. 支払督促のメリット
支払督促のメリットは、次の通りです。
2.1.1. 制度の利用が比較的容易である
支払督促の手続では、通常の訴訟のように、対象となる債権の有無や額等について裁判所が判断を行わないので、「証拠による立証」が不要となります。
つまり、申立書を受理した簡易裁判所は、書面審査のみを行うのです。
したがって、証拠集めや証拠を整理する手間がかからないことから、債権回収の申立てをする際の負担が軽くすむだけでなく、提出書類が少ないので、比較的簡易な手続といえます。
2.1.2. 債権回収が迅速に進む
通常の訴訟の場合、判決を得るまで少なくとも数か月、長ければ1年以上かかります。企業経営において、これほどまでに債権の回収が滞ることは、企業のキャッシュフローに大きな影響を及ぼしかねないケースも少なくありません。
しかし、支払督促の場合には、書面のみの審理ですので、当事者双方とも、裁判所に出向いたり、証拠を提出したりすることが不要となります。
裁判所書記官が形式的な審査を行うだけであって、実質的な審理は行いません。そのため、支払督促の制度を利用すれば1か月以内で仮執行宣言付支払督促を得ることも可能です。
債務者から異議が出なければ、通常の訴訟手続よりもはるかに迅速に進むのです。
2.1.3. 債権回収のコストが安価に抑えられる
支払督促の申立手数料は「訴訟」にかかる手数料の「半額」です。
例えば、請求する債権の金額が1,000万円の場合、民事訴訟では50,000円の申立手数料がかかりますが、支払督促では半額の25,000円の費用で済みます。
そのため、支払督促によって債権を完全に回収できれば、債権回収にかかる費用を抑えることができます。
2.1.4. 強制執行ができる
支払督促手続きに引き続いて仮執行宣言を得ることができれば、取引先の保有財産に対し、強制執行をすることができます。
「仮執行宣言付支払督促」とは、強制執行の効力を持った債務名義の一種です。
債務名義とは、未払いの取引先の財産を差押えるため、強制執行を実行するために必要なものです。
他の「公正証書」や「調停調書」などのように執行文を付与させるための申立の手続きが別途必要な債務名義と異なり、仮執行宣言付支払督促の場合、執行文の付与手続きは不要で、それ自体に強制執行の効力が備わっているのです。
2.2. 支払督促のデメリット
支払督促のデメリットは、次の通りです。
2.2.1. 利用できない債権がある
支払督促の対象は、法律上「金銭その他の代替物または有価証券の一定数量の給付を目的とする請求」に限られています(民事訴訟法382条)。
そのため、これ以外の債権、例えば、「取引先に対して不動産の明渡しを請求したい。」などといった場合には、支払督促の手続きを利用することはできません。
2.2.2. 「異議」が出そうな場合
支払督促の場合、債務者が「異議」を申立てると通常訴訟へ移行します。
通常訴訟の場合、原則として「取引先の本店所在地」を管轄する裁判所で裁判が行われますので、場合によっては管轄裁判所が遠隔地となることをあらかじめ想定しておくことが必要です。
以上のことから、話し合いや催促の段階で、債務者から異議が出そうな場合、例えば、債務者が債務の存在を否定している場合、債権額に争いがある場合といった場合には、支払督促の手続きを利用するメリットが乏しいと考えざるを得ません。
3. 支払督促の申立て
次に、「支払督促を利用すべきかどうか。」という点を理解していただいた上で、実際に支払督促を利用する場合の申し立て方法について解説していきます。
3.1. 支払督促の申立に必要な書類
支払督促は、「取引先企業の所在地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官」に対して、申立てを行います。
仮に、督促しようとする債権が、取引先企業の支店などの業務によって発生する場合には、その支店を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官にて申立てる必要があります。
支払督促の申立てに必要な書類は以下のものです。
- 支払督促申立書
- 当事者目録:関係当時者の一覧
- 請求の趣旨や原因:申立の理由等
- 戸籍謄本
- 資格証明書
- 委任状(弁護士が代理人となる場合)
支払督促を申し立てる時点では、既に解説しましたとおり、証拠の収集、提出などは必要ないため、形式的な申し立ての要件を満たしているか、という観点から、慎重にチェックしていきましょう。
3.2. 支払督促の申立費用
支払督促を申し立てる際の申立費用としては、申立手数料の収入印紙代と、送達費用の郵券切手代がかかります。
申立手数料は、通常の訴訟の半額の金額になります。
また、請求をする債権の金額によって、支払督促の申立てにおける手数料も変動します。例えば、100万円以下の場合には「10万円ごとに500円」100万円超、500万円以下の場合には「20万円ごとに500円」となります。
送達に必要となる郵券切手代は、未払い債権の債務者の数により変動します。
3.3. 簡易裁判所書記官による支払督促申立書の審査
簡易裁判所の書記官は支払督促の申立てを受けますと、申立書の形式的な審査を行い、形式面が整っていれば督促を発付します。
証拠によって事実関係を調査したり、債権者・債務者に対する面接は行われません(民事訴訟法386条参照)。
3.4. 申立人への支払督促の発付通知と債務者に対する支払督促正本の送達
債務者に対して支払督促が送達される(民事訴訟法388条1項)とともに、申立人(債権者)に対しては「債務者に対して支払督促が発付されたこと」が通知されます。
なお、支払督促の効力の発生時期は、債務者に送達された時点です(民事訴訟法388条2項参照)。
3.5. 取引先が支払督促を受領した後
上記の送達を受けた取引先は、請求の内容に争いがあるなど、「異議」があれば、支払督促正本の受領後「2週間以内」に異議申立書を裁判所に提出します。
異議申立があれば、通常の民事訴訟に移行します。仮に、相手方が支払督促の受領後2週間以内に異議申立てをしなければ、申立人は「仮執行宣言」の申立てをすることができます。
このことは、御社が債務者として支払督促の送達を受けた場合も同様ですので、期間制限を意識しながら、適切な対応を行ってください。
4. 仮執行宣言の申立て
支払督促が成功した場合には、仮執行宣言の申し立てをすることによって仮執行宣言を付し、これによって、強制執行を行い、債権回収をすることとなります。
したがって、支払督促だけではあまり債権回収の効果がなく、その後の仮執行宣言の申し立てによってはじめて、債権回収の実益を得ることとなります。
そこで、次に、支払督促後に行われる、仮執行宣言の申立てについて解説します。
4.1. 仮執行宣言の申立に必要な書類
支払督促の申立が受理されますと、裁判所書記官より支払督促が発令されます。その後、取引先からの異議申立がなければ、引き続いて、できる限り早めに仮執行宣言の申立て手続きに入りましょう。
なお、ちなみに、支払督促発令後に取引先が支払いに応じた場合、そこで支払督促は終了となります。
仮執行宣言の申立てに必要な書類は以下のものです。
- 仮執行宣言の申立書
- 当事者目録
- 請求の趣旨及び原因
- 仮執行宣言付支払督促の正本を受領した旨の承諾書
4.2. 仮執行宣言の申立費用
仮執行宣言の申立ての際に必要となる申立費用は、郵便切手代のみとなります。支払督促の申立てと異なり、収入印紙代はかかりません。
4.3. 仮執行宣言付支払督促正本の送達
仮執行宣言付支払督促が発付されると、債権者と債務者の双方に送達されます(民事訴訟法391条2項)。
仮執行宣言が付与されますと、支払督促は「裁判の判決と同一の効力」を持ちます。
その意味は、申立人は、これを債務名義として強制執行を行うことができるということです。
仮執行宣言付支払督促は極めて効力の高い債務名義です。
というのも、仮執行宣言の付いた支払督促に対しては、異議を申し立てるだけではなく、執行停止の申立てを行わなければ、強制執行の手続きを止めることができないからです。
4.4. 支払督促の確定
送達を受けた取引先は、異議があれば、受領後2週間以内に異議申立書を裁判所に提出します。
この場合、通常の訴訟に移行するのは、支払督促の場合と同様です。
仮執行宣言付支払督促の正本が取引先に送達されてから2週間が経過した場合、取引先は支払督促に対して督促異議の申立てを行うことができなくなり、支払督促が確定します(民事訴訟法393条、396条)。
4.5. 強制執行
債務者から異議申立てがなく2週間が経過した場合、債権者はこれに基づいて晴れて強制執行、すなわち、差押え等を申し立てることができます。
なお、既に解説したとおり、取引先が強制執行をストップさせるためには、裁判所に「執行停止の申立て」をする必要があります。
5. 仮執行宣言付支払督促を取得するため、注意すべき4つのポイント
最後に、非常に効力の高い仮執行宣言付支払督促を取得する際に、注意すべきポイントを解説します。
非常に効力が高いとはいえ、既に解説してきましたとおりデメリットも多く存在しますから、次の3つのポイントにはくれぐれも注意してください。
5.1. 支払督促の対象となる債権は限定されている
支払督促では「金銭・その他の代替物または有価証券の一定数量を目的とする請求」が対象の債権となっていますので、売掛金債権や貸付債権などの金銭債権などを目的とする請求しかできませんので、注意が必要です。
支払督促手続きは、実質審理を行わないため、万が一請求に誤りがあった場合に、損害賠償請求しやすくし、取引先企業を保護するためです。
支払督促の対象としては以下のようなものが代表的です。
- 売掛金
- 貸付金
- 立替金
- 売買代金
- 請負代金
- 賃料、地代
- 保証金
- 有価証券
そのため、これらの対象とならない債権については、通常訴訟を提起することが一般的です。
5.2. 異議申立によって通常訴訟に移行する場合がある
債務者には「支払督促の申立後」と「仮執行宣言申立後」の計2回、督促異議の申立てを行う機会があります。
ただし、督促異議には期限があり、1回目の申立の期限は、支払督促の送達後から2週間以内、2回目の申立の期限は、仮執行宣言付支払督促の送達から2週間以内です。
取引先が異議申立てをした場合は、通常訴訟に移行します。したがって、通常訴訟に移行すれば、支払督促よりも多くの手間と費用がかかることとなります。
なお、民事訴訟は、紛争の対象金額が「140万円以下」の場合は簡易裁判所で、「140万円を超える」場合は地方裁判所で行われます。また、仮執行宣言付支払督促の送達後も督促異議を申し立てることはできます。
ただし、仮執行宣言付支払督促による強制執行をストップさせるには、別途、執行停止の申立てを行う必要があることは既に説明したとおりです。
このように、仮に取引先から督促異議を申し立てられた場合、支払督促ではなく訴訟にて解決しなければならず、思いのほか手間と費用がかかることとなるので、注意が必要です。
5.3. 取引先相手方の所在地が不明の場合には一考しましょう
支払督促の場合、債務者の所在が何らかの理由により不明の場合は手続きの利用はできません。
通常訴訟の場合、相手方が行方不明であっても、「公示送達」という方法を利用することによって、有効に送達を行うことができますが、支払督促の場合は、この公示送達を利用することができません。
支払督促の申立てが裁判所から受理されたとしても、債務者の所在地が変わっており、受け取ってもらえなかった場合、「2か月以内」に再び相手側の住所を特定した上で申し出をしないと支払督促の手続き自体が無効になってしまい、せっかくの申立てが無駄になってしまいます。
ただし、仮執行宣言付支払督促の正本を送達する場合には公示送達が可能です。
5.4. 仮執行宣言の申立には期限があります
仮執行宣言の申立には期限があります。
支払督促発令後「30日以内」に申立てる必要があります。申立ての手続きが完了しないまま期限が過ぎてしまった場合、支払督促自体が無効となってしまいますので気をつけましょう。
6. まとめ
支払督促には、手続きが簡単で迅速であり、コストが抑えられる、というメリットもありますが、他方で、決して見落とすことができない注意点が数多くあります。
企業経営者の皆さんにとって、今回の債権回収にあたり、支払督促手続きを選択することが果たして適切かどうかを判断することは容易なことではありません。
債権回収ごとに、適切な方法を選択するためにも、まずは御社の事情を顧問弁護士によく説明し、相談すること、場合によっては書類作成を依頼することが効果的です。