人事労務の分野には、法律問題が多く存在します。「社内の人間関係のトラブルに過ぎない」と甘く見てはならず、法律に密接に関連した重大事であることを意識しておかねばなりません。
労使のトラブルが拡大した場合、いち早く弁護士に法律相談すべきなのは当然。ただ、人事労務の問題は、未然に防止するのが基本であり、常日頃から弁護士に相談し、労務管理のミスが法的紛争を加速させぬよう、対策を講じるのが大切です。この点で、人事労務について弁護士に依頼することには大きなメリットがあります。
企業経営は「人」で成り立っているので、人事労務はまさに企業経営の根幹です。弁護士に相談するにせよ、社歴や勤続年数が長くなるほど資料は膨大になり、事前準備が欠かせません。必要な資料を収集し、準備を徹底すれば、弁護士のアドバイスを最大限に活用して、スピーディな解決に繋げられます。
今回は、人事労務の悩みを弁護士に依頼するメリットと、相談時のポイントを、企業法務に強い弁護士が解説します。
人事労務で弁護士に相談すべきケース
まず、人事労務の問題で、弁護士に相談すべきケースについて解説します。
人事労務とは「人事」と「労務」、つまり、社内における「人」の適正な処遇と、それに伴って生じる労使紛争への対応を主な内容とします。「社内の人間関係のトラブルに過ぎない」と軽視されがちですが、実際には重大な問題が隠れていることが多く、弁護士に相談すべき法律問題であることが多いです。
人事労務の相談をするにあたり、社会保険労務士と弁護士の違いを理解してください。
問題社員対応
社員とのトラブル対応は、人事労務の中でも、弁護士に相談すべき最も重要なケースです。
労使の信頼が崩れたとき、速やかに対応しないと悪化は避けられません。問題社員だと明らかになったとき、適切な対応を怠ると他の社員の士気が下がり、仕事のモチベーションが低下する危険もあります。そして、問題社員への対処は、法律や就業規則を守ってする必要があり、失敗すれば、不当な処分だとして争われる危険もあります。万が一に労働者側から争われても、裁判に負けないためにも、弁護士に相談すべき必要性は高いでしょう。
解雇をめぐる紛争
問題社員対応の最たる例が、解雇をめぐる紛争です。例えば、次のような相談が寄せられます。
- 解雇通知書、解雇理由書の作成
- 解雇前のリーガルチェック
- 不当解雇として争われた場合の紛争対応
非がある社員は会社から排斥すべきという考えはもっともですが、日本の労働法は解雇を制限しています。解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上の相当性のない解雇は、違法な不当解雇として無効となってしまいます(労働契約法16条)。
未払い残業代の問題
未払い残業代の問題についても、弁護士に相談できる人事労務のケースの1つです。
残業代の算出は、複雑です。そのため、社員から残業代請求をされたときは、労働基準法や裁判例に基づいた正しい計算方法によって再計算しなければなりません。また、残業代の問題は、全社的に波及するおそれがあるため、紛争への対応は特に慎重さを要し、未払いの指摘をされたら速やかに、給料体系の設計を変更するなどし、再発防止の努力をすべきです。
ハラスメントトラブル
セクハラ、パワハラなどのハラスメントへの対応も、人事労務に精通した弁護士に相談することができます。依頼できるのは、例えば次の内容です。
- 被害者からの慰謝料請求への対応
- 加害者の懲戒処分に関する判断
- 労災申請への対応
- 安全配慮義務を遵守した社内体制の構築
- ハラスメント防止規程の作成
- ハラスメント研修の実施
ハラスメントが社会問題化して久しく経ちますが、対策が十分でない会社は少なくありません。権利意識の高い社員がいると職場内の人間関係は悪化します。重大化すれば、うつ病や適応障害などのメンタルヘルスにかかった被害者から、会社が安全配慮義務違反の責任を問われることとなります。
労働組合対応
労働組合から、団体交渉を申し入れられ、労使紛争が激化するケースもあります。このとき、憲法、労働組合法の保障する労働組合の権利を理解し、慎重に対応しなければなりません。弁護士に相談すべき対応は、例えば次の通りです。
- 団体交渉の申し入れへの対応
- 団体交渉への同席
- 労働協約の作成、締結のサポート
- 労働組合からの要求の適法性チェック
要求を断ると、団体交渉拒否の不当労働行為であると主張されるおそれがあります。すると、都道府県労働委員会で行う不当労働行為救済申立事件といった手続きに移行し、更に紛争が拡大してしまいます。
労働基準監督署への対応
労働基準法、労働安全衛生法など、労働者を保護する最低限度の法律に違反する企業では、労働基準監督署からの指導を受けるリスクがあります。残業代未払いや労災事故などのケースは指導を受けやすく、従わないと最悪は、逮捕されたり送検されたりといった刑事事件化する危険もあります。
労働基準監督署から連絡を受けた場合、人事労務の対応中でも特に、弁護士に相談すべき緊急性の高いケースといえます。
コンプライアンス体制の整備
コンプライアンス体制を整備し、法令を遵守した正しい企業経営をサポートするのも、人事労務における弁護士の役割の1つです。これにより個別の労使紛争を減らし、リスクをなくせます。コンプライアンスの面における弁護士のサポートは、例えば次の通りです。
- 就業規則の作成、修正
- 雇用契約書の作成、チェック
- 労働基準法などの法令違反がないかのチェック
- 社内研修、管理職研修の実施
- 企業の不祥事への対応
人事労務の分野では特に、就業規則の作成が重要です。就業規則は、会社全体に適用されるルールを定めるもので、労使紛争においては会社にとっての大きな「武器」となります。また、社員10名以上の事業場では、就業規則を労働基準監督署に届け出るのが義務となっています。
人事労務を弁護士に依頼するメリット
次に、人事労務について、弁護士に依頼するメリットを解説します。
労使紛争を未然に防止できる
人事労務を、弁護士に日常的に相談することで、労使紛争が深刻化する前に、未然に防止できるメリットがあります。
企業で起こる人事労務の問題は、未然に防止するのが最善の対応と心得てください。労働法の中には、労働者を保護し、社員の権利を守る目的のものも多くあります。問題が顕在化してからの対応では、使用者に有利な「武器」が少なく、いわば「マイナスからのスタート」となりかねません。
弁護士から内容証明が届いたり、社員から労働審判や訴訟を起こされてからの対応は後手に回りがちです。会社に有利な反論を準備する間もなく、証拠収集も不完全となってしまいます。
法律知識に基づき事実確認できる
人事労務を弁護士に相談することで、事情聴取と証拠収集の段階から、法律知識に基づいた正確な事実確認をできるメリットがあります。このことは、社内の専門知識、リソースが不足するケースでは特に大きな利点となります。
人事労務に精通した弁護士は、裁判の専門家でもあります。トラブルの原因が法律問題にあるならば、行き着く「最終地点」は裁判による解決です。裁判所の審理は証拠が重要視されるため、「証拠によって事実を認定する」という考え方を基礎に、正確な事実確認を進めなければなりません。
法的なトラブルを解決できる
人事労務のトラブルは、最初は話し合いからスタートしますが、交渉が決裂した場合には法的手続きに移行します。社員側が、交渉によっては目的を実現できないと判断した場合、労働審判を申し立てたり、訴訟を提起してきたりするため、会社が戦うことを選択するならば、受けて立たなければなりません。
法的なトラブルを解決するには、法律の専門家である弁護士のサポートが有益です。人事労務の分野においても、どのような証拠が重視され、法的に正しい考え方をもとに検討して、有利な解決を目指すことができます。
人事労務を依頼する弁護士の選び方
次に、人事労務について任せるのに適した弁護士の選び方を解説します。
弁護士の得意分野は様々であり、人事労務について豊富な知識経験を有する弁護士を選ぶべきです。ただし、専門用語ばかり多用するのでなく、法律知識のない素人にもわかりやすく丁寧に説明してくれる弁護士かどうか、初回の法律相談で見極めるのが良いでしょう。
人事労務の解決実績が豊富
企業法務に強い弁護士であっても、特に人事労務に注力している弁護士を選ぶべきです。
人事労務についての知識、経験が豊富かどうかは、解決実績によって判断するのがお勧めです。自社の陥っているトラブルと同種のケースについて、どのように解決した実績があるのかを質問すれば、過去の実績を知ることができます。業界特化型の弁護士もいるため、特殊な業種のケースでは頼ってみるのも良いでしょう。
レスポンスのスピードが速い
人事労務を初めとした企業法務の問題は、レスポンスのスピードが重要です。というのも、企業経営は、瞬時の判断を求められるタイミングも多く、アドバイスの遅い弁護士の意見は、参考にできないからです。
初回の法律相談を予約した際に、相談日時までにどれほどの期間がかかるか、依頼後であれば、弁護士にメールや電話で質問をしてから、回答までにかかる時間の長さなどにより、その弁護士のスピード感を計ることができます。
使用者側視点で説明してくれる
人事労務の法律知識は、労使の立場によって解釈が大きく異なる場面があります。そのため、会社が依頼すべき弁護士は、使用者側視点でわかりやすく説明できる人でないと務まりません。
一方で、難解な法律用語を多用し、説明のわかりづらい弁護士も避けるべきです。
弁護士は、メリット、デメリットやリスクを説明するに過ぎず、最終的な意思決定は会社がしなければなりません。このとき、法律問題のみの理解では足らず、経営判断に関わるケースもあります。
このような使用者側に特有のポイントに理解ある弁護士でないと、意思決定を誤る危険があります。
人事労務について弁護士に相談する方法
次に、人事労務について弁護士に相談する方法を解説します。人事労務トラブルをはじめ、企業の法律問題を弁護士に相談し、解決するには特有の注意点を知る必要があります。
人事労務のトラブルの解決には、事実の調査が決定的に重要です。弁護士への相談前に、社内で情報収集しましょう。弁護士は法律の専門家ですが、社内事情には精通しておらず、以下の事情は、相談事に整理して説明する必要があります。
- 人事労務トラブルの経緯
- 関連する当事者のヒアリング結果
- 責任の所在
- 業界、業種に特有の知識
事実関係を正確に把握するには、現地調査も大切です。複数の事業所がある会社において、全社的な調査を要する場合には長期化するおそれもあります。責任逃れや隠蔽など、関係者が非協力的なケースは、ヒアリングの段階から弁護士に依頼し、同席してもらうことも検討すべきです。
当事者や目撃者の証言、防犯カメラ映像、報告書など、証拠の収集も欠かせません。
必要な資料が手元にない場合や、十分かどうか不安なときも、速やかな相談を優先し、弁護士のサポートを受けながら進めるのがお勧めです。資料が大部で、全てを持参できないなら、一覧表を作成しましょう。
使用者側に有利な問題解決のために、次の資料が役立ちます。
- 就業規則、賃金規程
- 労働協約
- (問題となる社員の)雇用契約書、労働条件通知書
- 労使協定
- 注意指導、懲戒処分の記録
- 労働時間を示す資料(タイムカードなど)
社員10名以上を使用する事業場では、就業規則を労働基準監督署に届け出る義務があります。法律上の義務である資料を作成していなくても、弁護士には隠し立てせず、正直に話してアドバイスを求めるべきです。
弁護士が、相談時に事案を把握しやすいよう、情報の整理のために時系列表を作成しておきます。
時系列表では、事実のみ淡々と記載し、会社の主張や反論は書かない方が理解しやすいです。人事労務のトラブルは、労使いずれも感情的になり、法的に無意味な争いに終始すると、長期化しかねない点に注意すべきです。
準備が整ったら、法律事務所へ連絡し、相談日程を調整します。人事労務の相談では、社内の関係者の日程調整も必須です。現場責任者など、問題について弁護士に説明できる人物も同席させた方がよいからです。
予約日に法律事務所を訪問し、弁護士のアドバイスを受けます。人事労務の問題解決に有意義な相談とするには、事前に質問を用意し、基本的な法律知識を得ておくと良いでしょう。
法律相談の結果を社内に共有し、関係者の意見を聞くのも大切です。社長や人事など、弁護士との窓口となっている一部の人のみの考えで判断するのは危険です。人事労務のトラブルは、実際に起こった事実が重要なので、直接経験した現場の社員の意見も汲み取るのが、解決への近道です。
人事労務の課題の解決策は、「戦う」か「和解」かの選択をしなければなりません。
正しい決断をするために、法律相談では、会社が譲歩可能なラインを明確にする必要があります。弁護士のアドバイスをもとに、徹底抗戦する場合のリスクを正確に見積もることが、方針決定に大きく影響します。
人事労務のトラブルは、窮地を脱したからとて安心できません。全社的な未払い残業代請求など、会社の制度を原因とする紛争では再発防止が急務です。他の社員から同じ争いを起こされると被害は増大します。
労働法をはじめとした法律違反については、顧問弁護士として継続的な関与を求め、コンプライアンスを徹底するのが有益です。
人事労務を弁護士に相談するのにかかる費用
最後に、人事労務を弁護士に相談するときにかかる費用について解説します。
なお、費用が安い弁護士もいますが「安かろう悪かろう」では意味がありません。企業の法律相談は特に、求められる知識が、個人の法律相談に比べ広範囲なこともあり、十分な経験を有する弁護士でないと対応困難なケースもあります。
相談料
相談料は、弁護士に法律相談する際にかかる費用です。相談にかかった時間に応じて支払うのが通常であり、人事労務をはじめ、企業法務の法律相談では、相場は1時間1万円が目安となります。個人の法律相談では、初回相談を無料で実施している法律事務所もありますが、企業の相談の場合には少ない傾向にあります。
着手金・報酬金
具体化している人事労務トラブルへの対応を依頼する場合など、スポットの案件に対応するとき、着手金・報酬金方式を採用することがあります。これは、問題解決のスタート時に着手金として一定額を支払い、解決した後に、その成功の度合いに応じて報酬金を払うというやり方です。
平成16年4月より弁護士費用は自由化された現在もなお、以下の旧日弁連報酬基準の相場が参考とされます。
請求額 | 着手金 | 報酬金 |
---|---|---|
300万円未満 | 経済的利益×8% | 経済的利益×16% |
300万円以上3000万円未満 | 経済的利益×5%+9万円 | 経済的利益×10%+18万円 |
3000万円以上3億円未満 | 経済的利益×3%+69万円 | 経済的利益×6%+138万円 |
3億円以上 | 経済的利益×2%+369万円 | 経済的利益×4%+738万円 |
タイムチャージ
タイムチャージは、弁護士による問題解決の実行に要した時間に応じて、弁護士費用を決めるやり方です。予防法務における紛争の抑止など、経済的利益が必ずしも明らかでない場合に用いられる方法です。
人事労務をはじめ、企業法務を取り扱う弁護士のタイムチャージは、1時間あたり3万円〜5万円が相場の目安です。
顧問料
顧問弁護士として、社内の人事労務について日常的に相談する場合には、顧問料がかかります。顧問料の相場は、会社の規模、担当する業務量によっても異なりますが、月5万円〜10万円が相場の目安です。顧問契約をすれば、人事労務以外の経営にまつわる法律問題についても、迅速に相談することができます。
顧問弁護士を継続的に利用することで、社内の実情を知ってもらい、自社に合わせたサポートが期待できます。また、他の企業や労働者よりも優先して相談を聞いてもらうことが可能となり、早期解決に役立ちます。
まとめ
今回は、人事労務のトラブルを、弁護士に相談する前にすべき準備と、依頼の方法を解説しました。
人事労務のトラブルは、予防が原則となりますが、企業経営の現場では軽視され、後回しにされがちです。いざ、紛争が顕在化したときに慌てるのではなく、常日頃から、弁護士に人事労務に関するアドバイスを得ておくのが大切です。日常の労務管理が万全ならば、万が一争いが起こっても、速やかに証拠を収集し、事実の調査をすることができます。
人事労務に不安を感じる場合、それはトラブルの予兆かもしれません。労使間での問題が起こりそうな予感がするとき、できる限り早めに弁護士に相談ください。