コンサルティング契約は、受託者であるコンサルタントが、委託者であるクライアント(顧客)に、専門的な知識経験、ノウハウといった情報を提供し、指導、助言、アドバイスすることを内容とする契約。コンサルティング契約を書面化したのが、コンサルティング契約書です。
コンサルティングで提供される専門知識やノウハウには様々な種類があり、税務や法務、人事労務、資金調達、経営など、BtoBで提供されるサービスの多くがコンサルティング契約の側面を有します。特定の案件のスポットのコンサルティングもあれば、継続的アドバイスを前提とするコンサルティングもありますが、いずれも契約書の重要性には変わりありません。
そのため、コンサルティング契約書の記載は、内容によって多種多様で、作成時には、個別のケースに従った適切な内容となっているか、慎重に注意すべきです。コンサルティング契約は、他の契約類型と異なり、対象が「目に見えないサービス」のため、「契約内容と実態が異なる」という紛争の生じやすい契約類型です。
今回は、コンサルティング契約のトラブルを未然に防ぐために作成すべき、コンサルティング契約書のポイントについて、ひな形と共に、企業法務に強い弁護士が解説します。
コンサルティング契約書とは
コンサルティング契約書とは、冒頭で解説の通り、コンサルタントがクライアント(顧客)に対し、専門的な知識や経験、ノウハウなどを提供するコンサルティングのサービスを提供する際に作成、締結される契約書です。
コンサルティングとは、わかりやすくいえば「相談する」という意味です。特にBtoBの関係において、企業の抱える問題をアドバイスによって解決することを内容とするコンサルティング契約は多く締結されています。コンサルティングを依頼することによって、自社にはない幅広い知見を経営に活かしたり、第三者の異なった考え方を取り入れたりすることができます。
コンサルティング契約の法的な性質
一言でコンサルティング契約といっても、その内容は多種多様で、法的性質も、コンサルティング契約の内容によって変わります。コンサルティング契約の法的な性質を理解することで、コンサルティング契約書を作成する際の注意すべき法律上のポイントをわかりやすく押さえることができます。
一般に、コンサルティング契約と呼ばれる契約類型には、委任契約(準委任契約)と請負契約とがあります。
委任契約(準委任契約)となるコンサルティング契約
コンサルティング契約において、「コンサルタントがクライアントに対し、知識や技能を提供する契約である」と解釈できる場合、その契約の法的な性質は委任契約(準委任契約)です。委任契約は、民法の典型契約のうち、業務を委託する契約のこと。わかりやすくいえば「人が行為することを頼む契約」です。このうち、事実行為について委任する内容の契約を、「準委任契約」と呼びます。
コンサルティング契約の多くは、委託者であるクライアント企業が、事業において抱える課題を、受託者であるコンサルタントの専門的なアドバイスによって解決しようとします。その際に、「解決に必要となる知識の提供」という事実行為を委任する点で、コンサルティング契約は準委任契約の性質を持つわけです。
請負契約となるコンサルティング契約
コンサルティング契約で依頼される業務内容によっては、その法的な性質が請負契約であると解釈できるケースもあります。請負契約とは、民法の典型契約のうち、仕事の完成を目的とした契約類型のこと。委任契約との大きな違いは、委任があくまで「業務を遂行すること」を目的とするのに対し、請負は「仕事の完成」を目的としている点にあります。
コンサルティング契約における業務の内容が、コンサルタントによる知識の提供にとどまらず、技能や労力を提供し、一定の成果を上げたり、成果物を納品したりといった点にあるなら、そのコンサルティング契約は、請負契約の性質があります。
コンサルティング契約が請負契約となる場合、成果物の納品を伴います。そして、請負契約に関する民法のルールに従って、仕事が完成して初めて報酬を請求できます。
このような点から、成果物の瑕疵に関する責任、成果物に関する権利(著作権、特許権などの知的財産権)といった点を、コンサルティング契約書において明記し、トラブルを予防する必要があります。
コンサルティング契約書のひな形
次に、コンサルティング契約書のひな形を紹介します。
あくまで、一般的なコンサルティング契約を想定したテンプレートのため、個別のケースに応じて修正をする必要があります。次章の各条項の解説をもとに、契約書のリーガルチェック、修正など、契約交渉の際に各自の立場に応じて参考にするようにしてください。
第1条(契約の目的)
本契約は、株式会社XXX(以下「クライアント」という。)と、株式会社YYY(以下「コンサルタント」という。)の間で締結される、コンサルタントのクライアントに対するコンサルティング業務の委託に関して定める契約書(以下「本契約書」という。)である。
第2条(業務の内容と範囲)
クライアントはコンサルタントに対し、以下に定めるコンサルティング業務(以下「本件コンサルティング業務」という。)の提供を委託し、コンサルタントはこれを受託した。
(1) クライアントの経営課題の解決に関するコンサルティング業務
(2) その他、これに付随する一切の業務
第3条(業務の期限)
1. コンサルタントはクライアントに対し、本件コンサルティング業務について以下の期限までに行う。
(1) 業務Aにつき、20XX年XX月XX日限り
(2) 業務Bにつき 20XX年XX月XX日限り
(2) 業務Cにつき 20XX年XX月XX日限り
2. 前項の定めにかかわらず、次の各号の一に該当する場合はコンサルタントとクライアントが協議の上、期限の変更を行うことがある。
(1) クライアントの都合により、前項の期限までに業務を遂行することが困難であることが明らかとなったとき
(2) 本件コンサルティング業務の内容に追加、変更があったとき
(3) 天災地変、その他不可抗力によりコンサルタントの業務遂行が困難となったとき
第4条(業務の報告)
1. コンサルタントはクライアントに対し、本件コンサルティング業務の報告を、毎月末限り、報告書の提出によって行うものとする。
2. 前項の定めにかかわらず、クライアントが報告を求めた場合は、コンサルタントはクライアントに対し、遅滞なく報告を行うものとする。
第5条(業務の報酬)
1. クライアントはコンサルタントに対し、月額XX万円を、当月分を翌月末日限り、コンサルタントの指定する金融機関口座に振り込む方法により支払う(振込手数料はクライアント負担とする)。
2. 前項の定めにかかわらず、次の各号の一に該当する場合は、コンサルタントは再見積もりを行い、報酬の変更を請求できる。
(1) コンサルティングを内容とする電話が、月XX回を超えたとき
(2) クライアントの都合により、前項の期限までに業務を遂行することが困難であることが明らかとなったとき
第6条(費用負担)
本件コンサルティング業務を遂行する際に要する交通費、会議費、飲食費などの経費は、原則としてコンサルタントの負担とする。ただし、クライアントの依頼によってXXXX円以上の費用負担が生じるときは、両当事者間で協議し、都度経費の負担者及び支払い方法を定める。
第7条(貸与品)
1. クライアントはコンサルタントに対し、その求めに応じて本件コンサルティング業務の遂行に必要となる自社の資料、情報などを無償で貸与する。
2. コンサルタントは、本件コンサルティング業務の終了時、前項で貸与された物品を、クライアントの指示にしたがってただちに廃棄もしくは返還する。
第8条(知的財産権の帰属)
1. コンサルティング業務の遂行において作成された著作物の著作権(著作権法27条、28条の権利を含む)、発明その他の知的財産権は、すべてクライアントに帰属するものとする。
2. コンサルタントは、前項の著作物について著作者人格権を行使しない。
第9条(成果物の利用)
クライアントは、本件コンサルティング業務の成果物について、自身の業務に活用する以外の目的に使用してはならず、コンサルタントの事前の書面による承諾を得ずに公表してはならない。
第10条(秘密保持義務)
コンサルタントは、クライアントの秘密情報を適切に管理し、本契約の遂行以外の目的のために使用してはならず、正当な理由なく第三者に漏洩してはならない。
第11条(責任制限)
本件業務の遂行があくまでもノウハウの提供であって、いかなる結果をも確定的に保証するものではない。
第12条(競業避止義務)
コンサルタントは、本件コンサルティング契約の期間中は、クライアントと同一ないし類似の業種を営む事業者(ただし、東京23区内に本店の所在する法人ないし個人事業主に限る。)に対し、本件コンサルティング業務と同一ないし類似のコンサルティング業務を提供してはならない
第13条(再委託)
コンサルタントは、その責任において、本件コンサルティング業務の全部または一部を第三者に再委託することができる。この場合、コンサルタントは、再受託者の行為について、一切の責任を負う。
第14条(権利義務の譲渡禁止)
本契約の当事者は、事前に相手方の書面による承諾を得た場合を除き、本契約に基づく一切の権利義務を、第三者に譲渡してはならない。
第15条(契約の期間)
1. 本契約の期間は、契約締結日からX年間とする。
2. 前項の期間の満了のXか月前までに、本契約の当事者のいずれからも解約の意思表示のない場合、本契約は同内容で更にX年間更新され、その後も同様とする。
第16条(契約の解除)
本契約の当事者は、相手方が次の各号の一にあてはまる事情のあるとき、本契約を解除することができる。
(1) 本契約の条項に違反し、XX日前に催告しても、違反が是正されないとき
(2) 支払停止に陥り、又は、仮差押えを受け、もしくは、破産・民事再生・会社整理・会社更生の手続きを開始したとき
(3) 公租公課の滞納処分を受けたとき
(4) 手形交換所にて取引停止処分を受けたとき
第17条(損害賠償)
本契約の当事者が、相手方当事者に損害を与えた場合、その損害を賠償する。
……(以下、略)……
コンサルティング契約書の条項の書き方
次に、コンサルティング契約書を作成するとき、盛り込むべき条項の書き方を解説します。
以下では条項ごとに、前章のひな形の書式に従い、その他の記載例なども示し、注意すべきポイントを説明します。
契約書の題名
契約書の題名は、単に「コンサルティング契約書」とするもののほか、より正確に「コンサルティング業務委託契約書」「コンサルティング業務基本契約書」などと記載するケースもあります。
題名によって性質が変わることはなく、具体的な条項を実質的に検討する必要があります。また、前述のように法的性質が委任なのか請負なのか、コンサルタントがどのような責任を負うのかといった点についても、契約書の題名ではなく、定めた条項の内容によって決められます。
契約の目的
まず、コンサルティング契約の目的を定めます。いわゆる契約の目的条項とは「その契約書に書かれた契約が、どのような内容の契約なのか」という「概要」を記載したものです。この目的条項そのものには法的効果はないものの、契約書全体の解釈の指針を示す点で重要な意味を持ちます。
目的条項には、コンサルティング契約書を締結する当事者が記載されます。どちらの当事者がクライアント(委託者)で、どちらの当事者がコンサルタント(受託者)なのか。わかりやすく記載してください。コンサルタント側が契約書を作成し、提案する場合には、顧客先の会社名を先に表記するのが通例です。
コンサルティング業務の内容と範囲
次に、コンサルティング業務の内容と範囲を定めます。この条項には「その契約書に書かれたコンサルティングの内容がどのようなものか」ということ、つまり、提供されるサービスの範囲を記載します。
コンサルティング契約が、「目に見えないサービス」の提供を内容とするため、業務の範囲は特に明確に区切らなければトラブルのもとです。「ある業務をコンサルティングの範囲に含むか(つまり、支払ったコンサルティング料の報酬の中で頼めるのか」が曖昧だと、クライアントにとって予期せぬ不利益が生じます。サービス内容を具体化し、可能な限り特定してコンサルティング契約書に記載する条項が、後の紛争予防につながります。
クライアント側の立場では、できる限り広い範囲のサービスを同一の報酬内で受けられるよう、包括的な記載をするよう修正を求めることがあります。上記のひな形にあるように「その他これに付随する一切の業務」といった条項の定め方です。
これに対し、コンサルタント側の立場では、あまりに多くの業務を依頼されると割に合わないこととなるため、業務範囲を限定するよう求める必要があります。
コンサルティング業務の範囲を限定する際にも、当事者間で争いが生じないよう、次の工夫を検討してください。
- 具体的な数字で業務の範囲を特定する
「コンサルティングによる売上X%アップを目標とする」「訪問は月に1回までとする」など - 業務の種類を限定する
「コンサルティング業務に関する連絡はメール・チャットで行い、電話による連絡は含まれない」「財務、税務に関する業務は含むが、その他、人事や経営に関する事項のコンサルティングは行わない」など - 時間制限を付す
「コンサルティング業務(XX時間程度の業務量を目安とする)」「コンサルタントの定める営業時間内の連絡に限られる」など - 別料金となるサービスが予定されるなら、特別に注意事項を記載しておく
「〜に関する業務は本コンサルティング業務には含まれない」「〜の業務を追加で依頼する場合は、当事者が別途協議の上、契約を締結する必要がある」など
コンサルティング業務の期限
次に、コンサルティング業務の期限について定めます。委託した業務の進め方について、期限が存在する場合、契約書に定めておかなければ必要な期限に目標を達成することができなくなります。これは、一定期間の間アドバイスをし続ける業務よりも、スポットの契約によく定められる条項です(例えば「業務A→業務B→業務C」と進むコンサルティング契約で、それぞれの中間的な期限をコンサルティング契約書に定める例があります)。
あわせて、期限通りに進まなかったときに柔軟に対応できるよう「期限の変更」についても記載します。特に、コンサルティング業務において成果物の納品が予定されているとき、期限を厳格に定める必要性は高いです。
コンサルティング業務の報告
コンサルティング業務の進め方は、専門的な知見を持つコンサルタントに任され、幅広い裁量が与えられるケースが多いです。その分、適時の報告をしなければ、コンサルティング契約書の通りに業務が進んでいるか、クライアントの把握が困難になってしまいます。この弊害を防止するため、コンサルティング契約書には、業務報告に関する条項を定めておきます。
コンサルティング契約書における業務報告は、「毎月」や「定例報告会ごと」など定期的に行う報告のほか、「クライアントが求めた場合は遅滞なく報告する」などとする書式があります。クライアントは気になるタイミングで速やかに報告を希望する一方、コンサルタント側では、報告の手間を減らしたいという利害対立があり、契約交渉にて調整が行われます。
コンサルティング業務の報酬(報酬額・支払方法・支払期限)
次に、コンサルティング業務の報酬について定めます。コンサルタントにとって、納得のいく報酬を受領することは契約において最重要であり、コンサルティング契約書においてとても大切な条項です。
報酬の決め事は、報酬額、支払方法、支払期限を必ず定めます。BtoBの契約の場合、金融機関への振込送金とし、振込手数料は振り込みする側(クライアント)負担とするのが通例です。報酬の支払方法について、コンサルティング契約書によく記載される類型は「タイムチャージ方式」「定額方式」「プロジェクト方式」などの種類があります。それぞれの類型ごとに条項の書式を紹介します。
タイムチャージ方式
タイムチャージ方式の報酬は、「コンサルティングサービスを提供する時間×単価」で算出される料金体系です。そのためどのような時間がサービスを提供している時間と解釈されるのか、その定義をコンサルティング契約書に明記する必要があります。特に、出張や移動を伴うコンサルティング業務では「移動時間がサービス提供時間に含まれるか」が争点となります。
夜間、土日など、対応時間によって単価が異なるなら、そのことをコンサルティング契約書の条項に定めます。
第5条(コンサルティング業務の報酬・タイムチャージ方式)
クライアントはコンサルタントに対し、次の単価にサービス提供時間を乗じた金額を、当月分を翌月末日限り、コンサルタントの指定する金融機関口座に振り込む方法により支払う(振込手数料はクライアント負担とする)。
なお、サービス提供時間とは、本件コンサルティング業務の遂行にかかった時間をいうものとし、両当事者が合意する場合を除いて移動時間を含まない。
(1) 平日業務時間内:X万円/時間
(2) 平日業務時間外:X万円/時間
(3) 休日対応を要する場合:X万円/時間
定額方式
定額方式の報酬は、コンサルティング契約を締結した期間に応じて、一定の期間に対して固定の報酬を支払うことを内容とする報酬体系です。例えば「顧問契約」のように、月額定額の報酬とするのが典型例です。
定額方式だと、コンサルタントにとって「業務量が増えても報酬が増えない」という事態に陥る危険が想定されるため、他の報酬体系にもまして業務範囲の定めが重要となります。コンサルタント側の立場では、報酬の中でできる業務について回数制限、時間制限を付けるなどの工夫を要するケースも多いでしょう。
第5条(コンサルティング業務の報酬・定額方式)
1. クライアントはコンサルタントに対し、月額XX万円を、当月分を翌月末日限り、コンサルタントの指定する金融機関口座に振り込む方法により支払う(振込手数料はクライアント負担とする)。
2. 前項の定めにかかわらず、次の各号の一に該当する場合は、コンサルタントは再見積もりを行い、報酬の変更を請求できる。
(1) コンサルティングを内容とする電話が、月XX回を超えたとき
(2) クライアントの都合により、前項の期限までに業務を遂行することが困難であることが明らかとなったとき
プロジェクト方式
プロジェクト方式の報酬は、特定のプロジェクトについて、その開始から終了までコンサルティングを行う際に、必要な報酬を総額で決定する方法であり、スポットのコンサルティング契約に向いています。トラブルを避けるには、コンサルティング契約書においてそのプロジェクトの内容、かかる期間の目安などを詳細に明記しておくべきです。
プロジェクト方式では、プロジェクトの総費用に対して一定の割合をかけた金額を、コンサルタントの報酬額と決めるケースもあります。いわゆるレベニューシェア方式に近い考え方であり、報酬のうち一定割合を成功報酬制とする場合、コンサルティングによるプロジェクトの成功・不成功の基準も明らかにしておかなければなりません。
第5条(コンサルティング業務の報酬・プロジェクト方式)
1. クライアントはコンサルタントに対し、本件コンサルティング業務の内容であるプロジェクトの遂行にあたり、同プロジェクトの総費用のXX%を報酬として支払う。
2. クライアントはコンサルタントに対し、前項の報酬のうちXX%を20XX年XX月XX日限り、コンサルタントの指定する金融機関口座に振り込む方法により支払う(振込手数料はクライアントの負担とする)。本項の報酬は、コンサルティング業務の結果にかかわらず返金されない。
3. クライアントはコンサルタントに対し、第1項の報酬の残額を、XXプロジェクトの終了時に支払う。支払方法は、前項と同様とする。
コンサルティング業務にかかる費用負担
次に、コンサルティング業務にかかる費用負担についての条項では、交通費、宿泊費、通信費、郵送代など、業務遂行にかかる費用をコンサルタント(受託者)とクライアント(委託者)のどちらが負担するかを定めます。
少額の実費のみならコンサルタント報酬に含むこともありますが、高額なほど、クライアント負担とするよう協議されるのが通常です。この場合、費用を負担するクライアント側では、負担すべき費用の定義を正確に定め、負担の範囲が広くなりすぎないようコンサルティング契約書に定めておかなければなりません。
「思いもよらない過大な実費請求を受けた」といった紛争を避ける配慮を要する一方、あまりに少額な実費までクライアントの同意なく支出できないと、コンサルティング業務が停滞するおそれがあります。例えば、次の工夫を検討してください。
- 一定額以上の支出はクライアントの承諾を条件とする
「コンサルティング業務に要する実費はクライアントの負担とする(ただし、月XX万円を超える支出についてはクライアントの承諾を要するものとする)」など - 費用の種類によって負担者を区別する
「交通費、郵送費はクライアント負担とし、その他の実費はコンサルタントの負担とする」など
コンサルティング業務遂行時の貸与品など
コンサルティング業務をスムーズに進めるには、クライアントからコンサルタントに、一定の情報を提供すべき場面が多いです。情報だけでなく、会社概要、パンフレット、サービス資料などの資料提供をすることもあります。また、コンサルタントがクライアントの社内に常駐して業務を進めるケースでは、事務所の鍵・セキュリティカードなどの大切な動産を貸与する場合もあります。
貸与品がある場合、有償か無償か、コンサルティング契約終了時の貸与品の扱い(返還または廃棄などの処分)も条項に定めておきます。
知的財産権の帰属
コンサルタントの固有の知識、技術、ノウハウを保護するために、知的財産権の帰属に関する条項を定めておく必要があります。コンサルタントの提供する無形のアドバイス自体に価値があるため、知的財産権によって保護する必要があるからです。
報告書など、コンサルティング業務の遂行によって当然予想される成果物の著作権はクライアントに帰属すると定める例が多いです。なお、著作権については、「(著作権法27条及び28条の権利を含む)」と記載しなければ、この2つの権利(「翻訳権・翻案権」「二次的著作物の利用に関する権利」)は移転しないこととされます。
また、著作者人格権は権利譲渡できないため「著作者人格権を行使しない」と記載すべき点に注意が必要です。
成果物の利用
コンサルティング業務によって生じる成果物には、コンサルタントの重要なノウハウ、技術が含まれます。そのため、クライアントに対し、自社の業務に活用する以外の目的で成果物を利用することを禁止する場合があります。コンサルタント側からすれば、背信行為ともとれる行為は、コンサルティング契約書で厳しく禁止すべきです。
したがって、クライアントといえど、自社の業務に活用する以外の目的で、成果物を利用してはならないと定める必要があります。また、成果物を公表されて他社で利用されてしまわないよう、公表についてコンサルタントの事前の承諾を要すると定めるのが通例です。
秘密保持義務・個人情報
コンサルティング契約書を締結すると、顧客情報、売上、ノウハウ、製品の製造方法など、多くの企業秘密や個人情報を、コンサルタントに開示する必要があります。そのため、企業秘密、個人情報が漏洩したり、目的外に使用されたりして損失を被らないよう、コンサルティング契約書には秘密保持義務に関する条項が定められます。
重要な契約では、万全を期すため、コンサルティング契約書と別に秘密保持契約書を締結するケースもあります。
秘密保持契約書については、次の解説をご覧ください。
コンサルタントの責任制限
コンサルティング業務によって発生した問題や、期待した効果が上がらなかった場合についての受託者であるコンサルタントの責任を明記します。委任契約の性質を有するコンサルティング契約では、コンサルタントは、結果についての責任を負わないとするのが基本となります。
したがって、例外的に保証を伴うコンサルティング契約の場合、保証内容(例:返金保証、目標達成率、成功報酬など)を契約書に明記しなければ、未達成に終わった際に紛争化するおそれがあります。特に、返金保証の条件、成功報酬における成功の基準などは、コンサルティング契約書において一義的に明らかにすべきです。
コンサルティング開始時の営業トークなどにより、クライアントの期待値が上がりすぎるとトラブルが起きやすくなるので、結果を確定的に保証するものではないことを注意書きとして記載しておくのがよいでしょう。
競業避止義務
クライアント(委託者)にとって、競争相手である同業者にもアドバイスが与えられては、コンサルティング契約を締結した意味を失ってしまいます。これを気にして「1業種1社」とするコンサルタントもいます。クライアントの立場では、コンサルティング業務の遂行により得られたノウハウ、経験、実績やデータを競合他社に漏洩されるのは避ける必要があります。
一方で、コンサルタント(受託者)の立場では、同業種の業務を多く経験すれば専門性を高めることができます。そのため、競業避止義務をつけないか、もしくは時間的・場所的な範囲を制限するなどの限定を要望するケースがあります。また、少なくともコンサルティングの期間中は同業他社の業務を受けないなどの縛りを設ける例もあります。
再委託
コンサルタントが、第三者に業務を再委託できるかどうかのルールを定める条項です。
コンサルタント(受託者)側の立場では、専門領域以外の業務を第三者に外注しなければならないことがあります。コンサルタントは専門家ですから、その判断の下、必要なときには自由に第三者を利用し、その責任はコンサルタントがとると定めるケースがあります。
第13条(再委託・コンサルタントに裁量のある例)
コンサルタントは、その責任において、本件コンサルティング業務の全部または一部を第三者に再委託することができる。この場合、コンサルタントは、再受託者の行為について、一切の責任を負う。
しかし一方、クライアントとコンサルタントの信頼関係に基づいて成立するコンサルティング契約では、クライアントが「すべての業務をコンサルタント自身で行ってほしい」と要望し、再委託を禁止する例もあります。折衷案として、原則的には再委託禁止とし、クライアントが事前に承諾することを条件に、再委託できると定めるコンサルティング契約書が多いです。「承諾の有無」が争いにならないよう、承諾は「書面による」と定め、再委託者の行為の責任はコンサルタントが負うと定めるのが通例です。
第13条(再委託・承諾のある場合に限り許す例)
本件コンサルティング業務の再委託は禁止とする。ただし、コンサルタントは、クライアントの事前の書面による承諾がある場合には、本件コンサルティング業務の全部または一部を第三者に再委託することができる。この場合、コンサルタントは、再受託者の行為について、一切の責任を負う。
権利義務の譲渡禁止
コンサルティング契約は、コンサルタントの能力、クライアントの事業などに依存するため、契約上の権利義務が譲渡されることを予定していないケースが多いです。この場合、コンサルティング契約書に、権利義務の譲渡を禁止する旨を定めます。
コンサルティング契約の期間
コンサルティング契約が委任契約の場合には、一定の期間を定めた継続的な契約とするのが通例です。この場合、「仕事の完成」などコンサルティング契約の終了事由が予定されないときは、契約期間を定める必要があります。コンサルタント、クライアントのいずれの立場でも、契約の長期継続を望むなら、期間満了後も自動更新を可能とする条項を検討してください。
契約書における契約期間の定め方は、次に解説します。
コンサルティング契約の解除
コンサルティング契約に違反があった場合、契約を解除できることを定めておきます。あわせて、相手方が破産したり、支払不能となったりするなど、コンサルティング契約書通りに債務を履行するのが困難である一定の要件がある場合も、契約を解除できると明記しておくべきです。
損害賠償
契約上の債務の不履行や、不法行為により相手に損害を与えた場合、賠償請求が問題となることがあります。損害賠償請求は、契約書に定めなくても民法の定めに従って行えますが、注意のため、コンサルティング契約書に確認的に定めておくのが一般的です。
コンサルタント(受託者)側としては、クライアントの事業規模やコンサルティングの内容が大きなものになるほど、高額の損害賠償請求を受けるリスクが高まります。しかし、アドバイスしかしない状態で、結果に対する責任を負わされるのはリスクが高すぎ、負いきれないおそれがあります。この場合、コンサルティング契約書において損害賠償請求の範囲を限定する例があります。
例えば次の書式のように、直接の損害に限定する方法、損害額の上限をコンサルティング報酬とする方法があります。
第17条(損害賠償)
コンサルタントもしくはクライアントが、契約の相手方当事者に損害を与えた場合には、その直接の損害に限り、賠償する。ただし、コンサルタントが賠償する損害額は、コンサルタントの受領した報酬額を上限とする。
契約書における損害賠償条項の定め方は、次に解説します。
反社会的勢力の排除
反社会的勢力の排除に関する条項は、一般に「暴排条項」と言われます。暴力団排除条例(暴排条例)により、反社会的勢力と関与してはならないと決められています。コンサルティング契約書においても、契約の各当事者が反社会的勢力ではないことを表明し、万が一反社会的勢力であった場合にただちに契約を解除できることを定めます。
反社会的勢力の排除に関する条項は、次に解説します。
協議条項・合意管轄
最後に、コンサルティング契約に定めのない事項や、契約の解釈が争いとなった際、円満に協議をすることを定める協議条項、万が一訴訟になった場合に「どの裁判所で争うか」に関するルール(合意管轄)を定めます。紛争を管轄する裁判所が複数存在する場合、「その裁判所でしか争いたくない(他の裁判所では争いたくない)」という場合は「専属的合意管轄」と明記する必要があります。
コンサルティング契約書を作成するときの注意点
コンサルティング契約書の条項を定めたら、次に、契約当事者間でリーガルチェックを行い、締結へと進みます。このとき、条項の文案を作成する側はもちろん、提案された側においても、各条項をよく検討し、自社に不利でないか精査するようにしてください。
そこで最後に、コンサルティング契約書を作成するときに注意すべきポイントを解説します。
コンサルティング契約のメリットを理解する
「契約」は口頭でも成立するため、契約書の存在は必須ではありません。では、「なぜ契約書を締結しなければならないのか」というと、「後にトラブルとなることを防止する」という重要な目的があるからです。特に、コンサルティングというサービスは目に見えないので、契約書を締結せずに始めると、当事者の認識のズレが生じやすくなってしまいます。
特に企業が、コンサルティングサービスを検討するとき、そのメリットをよく理解し、必要性のあるサービスか、精査する必要があります。コンサルティング契約には次のメリットがあります。
- 自社に不足する専門知識、経験を補うことができる
- 社内のリソース不足を補うことができる
- 外部の第三者による客観的な視点を導入できる
- コンサルタントの幅広い知見を経営に活かすことができる
これらのメリットが、コンサルティング報酬に対して採算が合うと感じるとき、コンサルティング契約を締結すべきです。
書式・ひな形は修正が必要
今回、コンサルティング契約書の書式・ひな形を示し、記載例をあげながら解説をしました。しかし、これらはあくまでも一般的な例にすぎません。そのため、条項の内容は、個別のケースにあわせて修正する必要があります。
契約書のひな形は、トラブル回避のために、契約当事者の一方の視点に立って作成されます。そのため、ポイントを理解せず、自社にとって不利な書式、ひな形を利用すると、思わぬ不利益を被るおそれがあります。
コンサルティング契約に印紙は不要
コンサルティング契約書を作成する際は、印紙を貼る必要はありません。
印紙税法において、一定の課税文書については印紙を貼る必要があるものの、コンサルティング契約書の性質が委任契約であれば、課税文書に該当せず、印紙は不要です。ただし、コンサルティング契約書の性質が請負契約の場合には、例外的に課税文書に該当し、印紙税がかかる場合があります。
まとめ
今回は、コンサルティング契約書について、その作成時、締結時に注意すべきポイントを解説しました。コンサルティング契約書には、一定のひな形はあるものの、コンサルティングする内容によって追記、修正を行う必要があります。
コンサルティングは、つまりは知識の提供であり、元手が不要なため、起業直後の個人事業主やスタートアップ、ベンチャーでもコンサルティング契約書を作成すべきタイミングがよくあります。しかし、コンサルティング契約書がビジネスにおいてよく登場する初歩的な契約であるにもかかわらず、「目に見えないサービスを提供する」という性質からして、その成果の決め方、対価の支払方法や責任の所在など、トラブルの火種が多く潜んでいます。
将来の紛争リスクを予防し、安心してコンサルティング契約書を締結するために、契約書を用意するコンサルタント側は当然、提案を受けるクライアント側も、コンサルティング契約書のリーガルチェックについて弁護士に相談するのが有益です。