働き方改革関連法が成立し、あわせて短期間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」と改称されます。)が改正され、同一労働同一賃金ガイドラインの内容も確定しました。
これに伴い、企業においても、今まで以上に「同一労働同一賃金」を意識し、就業規則の作成、変更、人事労務管理などの対応をすることが求められます。
そこで、今回は、「同一労働同一賃金」の基本的な内容と、企業が注意すべき労務管理の実務上のポイントなどを、企業の人事労務を得意とする弁護士が解説します。
なお、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」の施行日は、2020年4月1日です(中小企業については、2021年4月1日)。
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同一労働・同一賃金とは?
「同一労働・同一賃金」とは、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者等)間の不合理な待遇差の解消を目指す考え方です。
必ずしも、「全く同じにしなければならない」というわけではなく、許されないのは「不合理な」格差です。
労働条件に格差があるときに、その差が「不合理」であるかどうかは、最終的には下記のとおり、裁判所により決定が下されます。
不合理な格差があると認定された場合、就業規則や労働契約などに定めた労働条件が無効であると裁判で判断される可能性がありますので、企業は、以下のような判例を参考に、適切に対処する必要があります。
最高裁判例で示された「同一労働・同一賃金」の考え方
会社側(使用者側)が、実務上、同一労働・同一賃金の考え方を理解し、労働法違反とならないよう人事労務管理を進めていくためには、近時、最高裁判例が示した、同一労働・同一賃金に関する判断内容をご理解頂く必要があります。
そこで次に、同一労働・同一賃金について、最近下された最高裁判例について、具体的な内容を弁護士が解説します。
ハマキョウレックス事件(最高裁平成30年6月1日判決)
ハマキョウレックス事件(最高裁平成30年6月1日判決)は、有期雇用契約社員が、雇用主の株式会社ハマキョウレックスに対して、正社員にのみ諸手当等が支給される等の労働条件の格差は、労働契約法20条に違反する不合理な格差であるとして、正社員との諸手当等の差額の支払等を求めた事案です。
ハマキョウレックス事件における最高裁判所の判断は、次のとおりです。
ポイント
皆勤手当については、「皆勤手当は、皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであり、正社員と契約社員の職務の内容は異ならないから、出勤する者を確保することの必要性については、両者の間に差異が生ずるものではないし、異動の有無およびその範囲や人材登用の違いによって必要性が異なるものでもない。」等と判示して、有期雇用契約社員のみに支払われないのは不合理であると判断しています。
一方、住宅手当については、「住宅費用を補助する趣旨で支給されるものであり、正社員は転居を伴う配転が予定されているのに対し、契約社員は転勤が予定されていないことから、正社員は契約社員と比較して住宅費用が多額となる可能性が考えられるため、契約社員に住宅手当が支払われないのは不合理ではない。」とし、住宅手当の差異に関しては不合理ではないと判断しました。
長澤運輸事件(最高裁平成30年6月1日判決)
長澤運輸事件(最高裁平成30年6月1日判決)は、定年後に嘱託社員として再雇用されたドライバーにつき、定年後の賃金が20%以上減額されたことが、労働契約法20条の不合理な格差にあたるとして、損害賠償を求めた事案です。
長澤運輸事件における最高裁判所の判断は、次の通りです。
ポイント
「非正規社員と正社員との個々の賃金項目にかかる労働条件の相違が不合理かどうかを判断するには、両者の賃金の総額を比較するだけではなく、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」と判示した上で、
- 日本の長期雇用制度は、定年までの長期間雇用を前提としていること
- 定年後の再雇用については長期間の雇用が予定されていないこと
- 再雇用後は、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の受給が予定されていること
などの理由から、歩合給、賞与などの項目についての格差は、不合理とは言えないと判断しました。もっとも、精勤手当と時間外手当については不合理な格差とされました。
同一労働・同一賃金の、実務上の注意点は?
さきほど紹介しました2つの最高裁判例(ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件)をご覧いただければわかるとおり、非正規社員と、正規雇用労働者との相違が不合理かどうかには、比較の基準があります。
2つの判例が示すように、「正規雇用労働者との相違が不合理かどうか」、すなわち、「同一労働同一賃金の原則」の考え方に違反しないかどうかは、
- 賃金の費目ごとに
- その費目の目的に照らして
判断する必要があります。
そして、このことは、これらの判例を参考に規定された改正パートタイム及び有期雇用労働法の条文でも次のとおり、賃金の費目ごとに待遇の比較を行わなければならないことが明らかにされています。
改正パートタイム及び有期雇用労働法8条
「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において・・・当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」
会社側(使用者側)が、現在の給与などの労働条件が、「同一労働同一賃金の原則」に違反しないかどうかをチェックするにあたって、給与の費目ごとに次の注意点を検討してください。
基本給
就業規則等で、非正規雇用労働者であることを理由として不合理に低い基本給を定めることは、「同一労働同一賃金」の考え方に反して、違法となる可能性が高いです。
ただし、雇用形態によって役割、責任などが異なるのは当然のことであるため、これに比して基本給が異なること自体が違法となるわけではありません。
賞与
賞与に関しては、その定め方によって、「同一労働同一賃金」に違反するかどうかについての考え方を検討する必要があります。
まず、賞与査定の基準が業績への貢献度によって決まる賞与の定め方をしていた場合、会社への貢献度が同じであれば、正規雇用労働者であるか、非正規雇用労働者であるかによって賞与に差を設けることが違法となる可能性があります。
次に、賞与査定の基準が貢献度等によるものではなく、「基本給の〇か月分」というように基本給で決定されている場合には、そもそも非正規雇用労働者と正社員との間で基本給の金額が異なれば、賞与額が異なっても「同一労働同一賃金」の考え方に反するわけではありません。
正規雇用労働者に基本給の5か月分の賞与が支給される一方で、定年後の嘱託職員については不支給とした事例において最高裁は適法と判断しています(上記長澤運輸事件判決)。
精勤手当、皆勤手当
精勤手当、皆勤手当といった名称で支払われる手当は、労働者の出勤を奨励する目的で支給されていると考えるのが一般的です。
そして、この目的は、正規雇用労働者だけでなく、非正規雇用労働者にもあてはまることですので、非正規雇用労働者のみ不支給とすることには、合理的な理由がない場合が多いのではないでしょうか。
したがって、そのような内容が記載された就業規則等は、「同一労働同一賃金」の考え方に反して不合理であり、違法となる可能性が高いです(上記ハマキョウレックス事件判決等)。
家族手当・扶養手当
家族手当、扶養手当といった名称で支払われる手当は、家庭を持っている労働者への補助を目的としていると考えるのが一般的です。
そして、この目的は、正規雇用労働者のみならず、非正規雇用労働者にもあてはまることですので、非正社員のみ不支給とすることは、「同一労働同一賃金」の考え方に反して不合理であり、違法になります。
企業における適切な対応
最後に、同一労働同一賃金の実現に向けて、「ハマキョウレックス事件」及び「長澤運輸事件」の判示内容を参考にしながら、企業としてとるべき適切な対応について、弁護士が解説します。
賃金費目を整理する
さきほど解説したとおり、同一労働同一賃金を検討するにあたっては、基本給、賞与、各種手当、退職金など、賃金項目ごとに整理する必要があります。
この中で、古くからあるが形骸化してしまった手当や、手当の実質がなく基本給と同様すべての社員に与えられる手当などがある場合には、整理、統廃合が必要となります。
就業規則の見直し
同一労働同一賃金を考えるにあたって基準となる「賃金」およびその「支給基準」は、就業規則、賃金規程に記載してあるのが一般的です。
そのため、就業規則、賃金規程の見直しが必要です。
この際、正規労働者(正社員)、非正規労働者(契約社員・パート社員・派遣社員)によってそれぞれ別の就業規則がある場合には、誰にどの規定が適用されるのか、詳細にチェックする必要がありみあす。
労働条件の引下げは困難
同一労働同一賃金というと、賃金の低い非正規雇用の水準に、賃金の高い正規雇用の水準を「引き下げる」という対応を検討する会社もあります。
しかし、労働条件の引き下げを、労働者の同意なく行うことは困難です。
原則として、労働条件を引き上げることによって統一するのが原則ですが、これが難しい場合、労働者の同意を得て、均等であることを保ちながら引き下げ対応を検討する場合があります。
職務内容の見直し
同一労働同一賃金の下でも、職務内容が異なっており、合理的な理由付けが可能であれば、賃金額に差があること自体は許容されます。
そのため、各社員の職務内容をあらためて検討し、その賃金、手当などの支給額に見合った職務内容となるよう、見直しを図ることが対策となります。
合理的な差異が生じている労働者に対しては、あらかじめ、労働条件の差が生じている理由を説明しておかなければなりません。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
企業が就業規則の内容やその運用を見直す場合には、個々の労働者の待遇について、待遇の相違がその性質や目的に照らして合理性を有するかを適切に判断することが重要です。
その際には、判例及び裁判例の知識や改正法の知識等が必要となりますので、弁護士など専門家の意見を聞きながら行うことが大切です。
会社内の正規社員・非正規社員の労働条件の格差について、ご不安を感じる方は、ぜひ一度、企業法務に詳しい弁護士にご相談ください。
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