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残業代請求の労働審判で、会社側が主張すべき4つの反論と、答弁書のポイント

「残業代請求」とは、「1日8時間、1週40時間」という所定労働時間を越えて労働した場合に、労働者が会社に対して「残業代」を請求する労働トラブルをいいます。

残業代の問題は、「ブラック企業問題」として、ニュースで頻繁に取り上げられるなど、企業イメージにも大きく影響する重大な問題です。

労働審判で残業代を争うことが適切かどうかについてはいろいろな考えがあるものの、労働審判を申し立てられてしまった会社としては、適切な反論を答弁書に記載することが必須です。

今回は、残業代請求の労働審判で、会社側(使用者側)が主張すべき反論と答弁書のポイントを、企業の労働問題(人事労務)を得意と弁護士が解説します。

「労働審判」の法律知識まとめ

目次(クリックで移動)

残業代請求についての労働審判の流れ

労働者からの「残業代請求」を、労働審判で争うときの、労働審判手続の流れについて、まずは解説します。

労働審判によって、残業代をはじめとする未払い賃金を請求する事件は、年々増加しています。

一般的な労働審判の流れ

一般的な労働審判の流れは、残業代請求を争う「賃金請求事件」の労働審判の流れでもあてはまります。

会社側(使用者側)の立場で残業代請求の労働審判を戦うときは、まずは一般的な流れを理解する必要があります。

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労働審判による残業代請求は不適切?

労働審判の制度ができた当初、残業代請求を「労働審判」で行うことは、不適切だという考え方もありました。

労働審判は、労働者を保護するために、訴訟よりもスピーディかつ柔軟に解決するための制度であるところ、残業代をきちんと算出するためには、1日1日の労働時間を調査する必要があり、時間がかかるからです。

とはいえ、次でも解説するとおり、労働審判では、ある程度ざっくりとした、柔軟な解決を話し合いによって行うことができるため、残業代請求の労働審判は、労働者側で現在も多く利用されています。

労働問題の一括解決

労働者側が、労働審判で残業代請求を申し立てるとき、それ以外の労働問題についても争いとなっていることが少なくありません。例えば、不当解雇、パワハラ、セクハラ、労災といった例です。

労働審判では、残業代請求だけでなく、付随する労働問題を、一括して金銭によって解決することができます。

会社側の反論と、答弁書

以上の、「残業代請求」の労働トラブルについて、労働審判手続の流れをご理解いただいた上で、会社側(使用者側)が主張すべき反論について、弁護士が解説していきます。

答弁書の一般的な注意

一般的な労働審判の答弁書に関する注意事項は、「残業代請求」を争う労働審判でも当然注意しなければなりません。

したがって、残業代請求の答弁書を準備するときは、労働者の主張を分析した上で、適切な法的主張を選択する必要があります。

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残業代の計算方法を理解する

残業代請求の労働審判への答弁書を準備するにあたっては、残業代の正しい算出方法を理解してください。

残業代には、次の3種類があり、それぞれ、通常の賃金よりも多い「割増賃金」を支払う必要があります。

残業代の種類 意味 割増率
時間外割増賃金 所定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働 1.25倍
休日割増賃金 法定休日(1週1日)を超える労働 1.35倍
深夜割増賃金 深夜時間(午後10時~午前5時)の労働 1.25倍

※なお、月60時間を超える残業がある場合には、時間外割増賃金の割増率が「1.5倍」となるのが原則です。

労働者の健康に配慮する

最後に、残業代請求の労働審判が、労働者側から申し立てられたということは、「未払い額が存在するかどうか。」はさておき、ある程度の長時間労働があることが予想されます。

会社における長時間労働の結果、労働者の健康、生命に危険が及ぶと、会社は「安全配慮義務違反」という責任によって、残業代とは別に損害賠償請求を受けるおそれがあり、注意が必要です。

このことは、労働者の請求する残業代に未払いがない会社でも同様です。

【反論1】 雇用していない

残業代は、労働法の専門用語では「割増賃金」といいます。割増賃金の支払義務が会社にあることを定めている法律は「労働基準法(労基法)」です。

労働基準法(労基法)は、労働者を保護するための法律であり、労働者として雇用していない場合には、そもそも適用されません。

① 「請負」と判断してもらう基準

残業代が発生する「雇用」ではないとすると、会社と従業員(社員)との関係は、対等な個人との契約ということになります。

法律的にいえば、個人事業主との間の「請負契約」、もしくは「委任契約」となります。次の要素があれば、「請負契約であり、残業代は発生しない。」とされる可能性があります。

  • 諾否の自由があること(指示された仕事を断ることができること)
  • 会社からの具体的な指揮命令がないこと
  • 勤務時間の拘束が少ないこと
  • 勤務場所の拘束が少ないこと

② 会社側に有利な解決

「そもそも労働者ではない。」ということになれば、労働審判での解決自体ができないこととなる可能性もあります。

また、「個人事業主との請負契約である。」とまでは言わないまでも、会社の具体的指示が少ないほど、認定される残業代も少額になります。

【反論2】 残業代の計算方法が異なる

労働者が労働審判申立書で主張する残業代の計算方法が、会社が「就業規則」、「賃金規程」で定めている残業代の計算方法とあっているかどうか、検討してください。

特に、「就業規則」や「賃金規程」の周知が十分でなかったり、退職した労働者からの請求であったりといったケースでは、労働者側に有利な残業代の計算方法となっている場合があります。

① 残業代の正しい計算方法

残業代の正しい計算方法は、次の計算式によります。これは、労働基準法で定められており、他の計算方法で計算することはできません。

残業代(割増賃金)の計算式
残業代(割増賃金) 月額所定賃金 ÷ 1年間の月平均所定労働時間 × 残業時間 × 割増率

この式のうち、割増率の表を、再度示しておきます。

残業代の種類 意味 割増率
時間外割増賃金 所定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える労働 1.25倍
休日割増賃金 法定休日(1週1日)を超える労働 1.35倍
深夜割増賃金 深夜時間(午後10時~午前5時)の労働 1.25倍

残業代の計算では、労働者側よりも会社側の方が多くの情報を持っているのが通常ですから、労働者側に有利な計算方法を修正するためには、会社側が労働審判の場で、積極的に証拠提出をする必要があります。

② 会社側に有利な解決

残業代の計算式は、労働基準法で決められているため、これを変えることはできませんが、「月平均所定労働時間」や、賃金にどのような手当が含まれるかは、会社によって異なります。

したがって、これらの点で労働者側に一方的に有利な主張の場合、答弁書で反論し、証拠提出することにより、会社側に有利な計算式とすることができます。

注意ポイント

会社側に有利な残業代の計算方法は、「就業規則」や「賃金規程」などの会社規程類に定められていることが一般的です。

しかし、「就業規則」や「賃金規程」が適切に労働者に周知されていなければ、労働審判でその有効性を認めてもらうことができないおそれがあります。

【反論3】 労働時間の認識が異なる

さきほど解説しましたとおり、残業代請求をする計算式に「労働時間」をあてはめて計算する必要があります。

労働時間を把握する義務は会社にありますが、残業代請求の労働審判を申し立てる場合、労働者が把握している労働時間を基礎に申立をします。

そのため、労働審判で主張されている労働時間が会社の把握しているものと異なる場合、答弁書で反論、修正を求める必要があります。

① 労働時間が争いとなるケース

「労働時間」については、これを証明する証拠は、会社側の方が多く保管していることが通常です。「タイムカード」がその典型例です。

労働審判において、「労働時間」が労使間の争点となるのは、次のようなケースです。

  • タイムカードの打刻漏れ、ミスの取り扱いが異なる。
  • 休憩時間を取得できていたかについて、労使の認識が異なる。
  • 会社からの指示なく労働者が勝手に残業を行っていた。
  • 労働時間の前後に、準備時間、居残り時間があった。
  • 自宅での持ち帰り残業を指示されていた。

残業代請求の労働審判で、「労働時間」を立証する責任は労働者側にありますが、資料を保管しているのが会社側である以上、会社側(使用者側)に有利な証拠は積極的に提出するようにしましょう。

② 会社側に有利な解決

そもそも「労働時間」にあたらない時間なのであれば、残業代は不要です。

したがって、労働者が主張する「労働時間」のうち、労働時間ではない時間があるという点を答弁書において適切に反論することによって、残業代を減額することが期待できます。

【反論4】 残業代が不要なケースである

原則として、労働者を保護する労働基準法の考え方から、「労働者」である限り、残業代を支払わなければなりません。

しかし一方で、労働時間による労務管理が適していない労働者もいます。そのため、労働基準法でも、残業代を支払わなくてもよい例外的ケースが定められています。

① 管理監督者である

労働審判で残業代を請求した労働者が、労働基準法に定める「管理監督者」である場合には、残業代は不要となります。

「管理監督者」であるという判断を労働審判で勝ち取るためのハードルは高く、会社で「管理職」、「役職者」であったというだけでは足りません。「管理監督者」の判断基準は次の通りです。

「管理監督者」の判断基準

  • 経営者と一体的立場にあること
  • 出退勤に裁量があること
  • 管理職手当など、残業代がなくても賃金が相当程度であること
  • 人事、労務管理の権限を有していること

ただし、「管理監督者」であっても深夜労働をした場合には、深夜残業割増賃金(深夜手当)が必要となります。

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② 裁量労働制である

高額の給与をもらい専門的な業務を行っている労働者に対して、一定の時間はたらいたものとみなすのが「裁量労働制」です。

この制度をとっているという反論によって、裁量労働によって働いた期間の残業代を支払う必要がなくなります。

③ 事業場外みなし労働時間制である

外回りの営業マンなど、労働時間を会社が把握することが適切でない労働者に対して、一定の時間はたらいたものとみなすのが「事業場外みなし労働時間制」です。

この制度をとっているという反論によって、会社が労働時間を把握できない範囲は、残業代を支払う必要がなくなります。

④ 固定残業代を支払済みである

「基本給の一部を残業代にあてる。」、「手当を残業代にあてる。」という制度を、「固定残業代制度」といいます。既に支払った固定額について、残業代から引くことができます。

ただ、固定残業代は、ブラック企業の典型的な制度であることから、労働審判で会社側の反論を認めてもらうためには、ハードルは非常に高いと言わざるを得ません。

「人事労務」は、弁護士にお任せください!

今回は、労働者から、労働審判申立によって残業代を請求された会社が、会社側(使用者側)に有利に進めるための反論と、答弁書のポイントを解説しました。

労働審判では、第1回期日前の準備と第1回期日の対応が最重要であり、そのためには、残業代請求に対する適切な反論を、答弁書にすべて記載しなければなりません。

労働者から残業代請求をされてお悩みの会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に、お早目にご相談ください。

「労働審判」の法律知識まとめ

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