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従業員が逮捕された場合の会社の適切な初動対応

従業員が突然逮捕されることは、何も珍しいことではありません。

サラリーマンの労働者に、特に多い逮捕理由は次のようなもので、弁護士への相談ケースも多くあります。

 例 
  • 痴漢、盗撮などの性犯罪
  • 暴行、器物損壊などの酔っぱらった際の不用意な行動

従業員が逮捕された場合、身柄拘束を受け、有罪となるにせよ無罪となるにせよ、しばらくの間社会生活を送ることができなくなります。

会社としては、逮捕された従業員の人事について、どのような処遇とするか、犯罪の性質、悪質性、有罪か無罪か、反省の度合いなどによって、ケースバイケースの検討が必要となります。

プライベートで起こった犯罪について、懲戒処分、解雇など厳しい処分を下すときは、弁護士への事前相談が必須です。

今後の身柄拘束のスケジュール、刑事裁判の公判のスケジュール、想定される最終処分の内容などを予想しながら、適切な対応をとるようにしましょう。

今回は、従業員が痴漢や暴行などで逮捕された場合の、会社側の適切な初動対応について、企業法務を得意とする弁護士が解説します。

目次(クリックで移動)

1. 【原則】従業員のプライベートの問題

従業員が逮捕された場合、会社がまず大原則として頭にいれておかなければならないのは「私生活上の犯罪は従業員のプライベートの問題である。」ということです。

会社といえども、「仕事に関係する限り」で従業員に対して命令、指示できるだけであって、プライベートの問題については、従業員自身が弁護士を依頼し、刑事手続に対応しなければなりません。

他方で、会社が、従業員の逮捕、刑事手続で気にしておかなければならないのは、次の点です。

1.1. 身柄拘束(逮捕、勾留)で生じる業務の支障

身柄拘束が続くことにより、従業員は当然ながら出社ができなくなりますから、業務に支障が生じる場合には、刑事手続のスケジュールをきちんと理解して対応しなければいけません。。

重要な人材であるとか、プロジェクトに欠かせない従業員である場合には、早期解放、軽い刑罰となることが、会社の利益にもつながります。

逮捕された従業員しか知らない情報がある場合には、緊急の引継ぎのため、接見にいくことを検討すべきでしょう。接見の可否、対応時間などを、留置されている警察署の留置係に確認しておきます。

刑事弁護のスケジュールを理解し、早期釈放を目指して弁護士に依頼することも検討すべきです。

1.2. 人事上の処分は?

業務上の支障に加え、犯罪の種類や悪質性によっては、会社内でも人事上の処遇を検討しなければなりません。

原則としては、従業員の私生活上の出来事(プライベート)ですから、秩序違反への制裁である「懲戒処分」とすることはできないものの、会社の名誉に傷がつくなどの一定の場合には、懲戒処分や解雇とすることができます。

2. 刑事手続のスケジュール

ここまでで解説したように、従業員が逮捕されたときに会社が適切な手続を行うためには、刑事手続のスケジュール、特に、身柄拘束のルールを理解する必要があります。

つまり、従業員が逮捕された場合に、会社が一番気になるのが「いつ出てこれるのか?」ということです。

「身柄拘束」のルールという点から、刑事手続きの基本的なスケジュールを、弁護士が解説していきます。

2.1. 逮捕(72時間)

逮捕をされると、そこから48時間、警察に留置され、その後、検察官に送致され(送検)、あと24時間の身柄拘束を受けます。

この合計72時間の身柄拘束のうちに、検察官が、勾留請求をするかどうかを決め、裁判官が勾留決定をすると、次の段階、すなわち、勾留による身柄拘束に進みます。

この間に被疑者となった従業員が身柄拘束から解放されるのは、次のケースです。

  • 送検されずに微罪処分で終了するケース
  • 検察官が勾留請求をしないケース
  • 裁判官が勾留請求を却下するケース

勾留請求が却下されれば釈放されますので、有利な解決を勝ち取るために、次のような情状弁護を進める必要があります。

  • (被害者がいる場合)示談を行う。
  • 監督をしてくれる身元引受人を準備する。

万が一、勾留決定が出てしまった場合であっても、「準抗告」、「勾留取消請求」といった手続きによって争います。

2.2. 勾留(最大20日間)

勾留をされると、まずは10日間を上限とした身柄拘束が行われます。

その後、10日間の勾留が満期となると、検察官が勾留延長の請求をし、裁判官が勾留延長の決定をする場合には、最大で10日間、勾留が延長されます。

そのため、合計で、最大20日間の期間、勾留によって身柄拘束が可能となります。この20日間の期間に、検察官は、起訴をするかどうかを決定します。

勾留による身柄拘束から解放されるのは、次のケースです。

  • 示談が成立するなど、勾留の途中で不起訴とすることが決まったケース
  • 勾留満期時に、不起訴とすることが決まったケース
  • 勾留満期時に、略式起訴とすることが決まったケース

略式起訴の場合には、罰金のみが刑罰として科されることから、これ以上の身柄拘束はなくなります。とはいえ、罰金も「前科」になります。

2.3. 起訴から判決まで

起訴されると、判決までは「起訴後勾留」として身柄拘束が続くのが原則です。

公判期日が1回のみで終了したとしても、1か月以上身柄拘束が続く場合も多く、起訴されてしまうと身柄拘束はかなり長引きます。

ただし、起訴後は、「保釈請求」が可能であり、保釈が認められれば、保釈金と引き換えに、身柄拘束から解放してもらうことができます。

この期間に身柄拘束から解放されるのは、次のケースです。

  • 保釈が認められたケース
  • 判決の内容が、執行猶予を付するものであったケース

3. 初動対応のポイント

従業員が逮捕された場合、ここまで解説したとおり、「身柄拘束」にはそれぞれ期間の制限があることから、期間が満了するまでにスピーディに対応しなければ、有利な釈放は望めません。

そのため、逮捕をはじめとする刑事手続きへの対応は、「スピードが命」となり、機動力の高い弁護士に依頼する必要があります。

最後に、従業員が逮捕されたときの、会社ができる初動対応のポイントを、弁護士が解説します。

3.1. 【ポイント①】事実を正確に把握する

「逮捕」の初期段階では、従業員の家族は、「病気にかかった。」「家族の不幸があった。」といった嘘によって、会社に対して逮捕の事実を隠そうとするケースが少なくありません。

痴漢などの性犯罪の場合には、「懲戒解雇」などの厳しい処分が予想されるため、特に隠す傾向にあります。

会社としては、従業員の逮捕について、正確な情報を得なければ適切な対応をすることができません。

まず、逮捕をされたことが判明した場合には、警察や家族に対し、次の点を正確に情報収集するようにしましょう。

  • 犯罪行為の内容
  • 従業員自身が犯罪行為を認めているかどうか
  • 弁護人選任の有無
  • 想定される今後のスケジュール(特に身柄拘束からの解放)

家族が犯罪行為を隠そうとする場合にも、会社としての判断を決めるにあたって、隠すことが逆に不利にはたらくこと、いずれ発覚する可能性が高いことを説明し、理解を求めるようにします。

3.2. 【ポイント②】従業員を支援するか(特に顧問弁護士の対応)

事情把握の結果、まだ弁護人が選任されていなかったとき、会社として弁護人選任に協力をするかどうかは、慎重に判断しなければなりません。

特に、会社の顧問弁護士に従業員の刑事弁護を対応してもらうことは、非常に例外的なケースであるとお考えください。

逮捕された従業員が非常に重要な人材であり、早期釈放を実現するために、最も迅速に行動してくれることが期待できる顧問弁護士に接見の依頼をするのは当然です。

しかし、顧問弁護士が「刑事弁護」までをも担当してしまうと、会社と従業員との間に利益相反が生じた場合、すなわち、会社が逮捕された従業員に対して懲戒処分、解雇などの厳しい処分を行う場合に、顧問弁護士が会社の相談に乗れないという事態となります。

したがって、犯罪が重い場合、企業内で処分を検討している場合には、顧問弁護士に刑事弁護を依頼することは控えてください。

3.3. 【ポイント③】逮捕中の社内処理

今後、厳しい処分を会社において行うかどうかはともかくとして、「逮捕中の期間をどのように処理するか。」についても検討しておく必要があります。

具体的には、他の従業員に対して、どのように説明するか、という点です。

「欠勤扱い」とするのが原則ですが、従業員が望む場合には、有給休暇として処理することも可能です。

なお、従業員が起訴された場合に備えた「起訴休職」の制度がある場合には、制度の適用をするかどうかも決めておきます。

有給休暇、起訴休職など、欠勤とならない理由が特に存在せず、身柄拘束の長期化によって欠勤期間がかなり長期間となった場合には、「欠勤」を理由として普通解雇をすることを検討します。

4. 従業員の逮捕を理由とする懲戒処分を行う場合

従業員の逮捕が私生活上の行為を理由とする場合、「懲戒処分の対象としてよいかどうか?」は、慎重に検討しなければなりません。

私生活上の行為を理由として会社で処分をすることは、むしろ否定されるのが原則であり、裁判で争われたときに有効性が認められるのは例外的なケースに限られるからです。

特に、懲戒解雇など厳しい処分を下す場合には、必ず、事前に弁護士に相談しましょう。

4.1. 懲戒処分の理由が必要

懲戒処分を行うためには、就業規則に、懲戒処分の「理由」と「効果」が、定められている必要があります。

また、懲戒処分の定められた就業規則は、作成されただけでは足りず、従業員に対して「周知」されていなければなりません。

したがって、犯罪行為を行ったことが、就業規則上、懲戒処分の理由として定められているか、御社の就業規則を確認してください。

4.2. 懲戒処分の時期に注意する

懲戒処分は、会社の判断で行うものであって、裁判官の判断で下される「刑罰」とは意味合いが異なります。

そのため、刑事手続きが進行中であっても、理論的には、会社の判断で懲戒処分を行うことは可能です。

しかし、刑事手続き上、判決で有罪が確定するまでは、「無罪の推定」といって、無罪であるものとして取り扱われます。

事後的に労働審判、訴訟などで懲戒処分が無効であるとして争われないためにも、懲戒処分などの社内での処分を行う場合には、刑事手続きの結果を注視すべきです。

4.3. 懲戒処分の量定

懲戒処分を行う場合には、その量定を慎重に判断してください。

「懲戒処分」と一言でいっても、その重さは、在職を前提とする「けん責」「戒告」といった軽いものから、退職を前提とする「諭旨解雇」「懲戒解雇」といった非常に重いものまでさまざまです。

特に、懲戒解雇ともなると、労使関係における「死刑」にも例えられるほど、従業員に与える不利益の程度は大きいですから、裁判などで争われると、無効となる可能性もあります。

4.4. 事情聴取の方法

懲戒処分を行うにあたっては、適正な手続にしたがって進めなければなりません。

会社は、懲戒処分の対象となる事実を正確に聴取して行わなければなりませんし、懲戒解雇などの重い処分とする際には、従業員の言い分を聞く機会(弁明の機会)を設けなければなりません。

懲戒処分を行うのが、刑事手続きの終了後である場合には、従業員自身や、弁護人に事実を聴取し、判決書、不起訴処分告知書など、最終処分を証明する客観的な証拠を収集します。

「性犯罪」などの破廉恥犯であるかどうか、会社名が報道されたかどうかなど、会社に及ぼす影響の大小によっても対応を変えるべき場合があります。

5. まとめ

従業員が逮捕によって身柄拘束を受け、会社の業務や信用に支障を生じる場合であっても、私生活上の行為を理由とする以上、原則としては会社内での処分は行わないこととなります。

ただ、初動対応が非常に重要であることは変わらず、また会社に大きな不利益のある一定の場合には、会社内での処分も検討せざるを得ません。

初動対応を誤れば、従業員との間で、労働審判、団体交渉、訴訟などのトラブルが拡大するおそれがあり、注意が必要です。

従業員逮捕の一報を聞いてお悩みの経営者の方は、企業法務に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。

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