最近、「求人票」をめぐるトラブルが増えています。
特に、「求人票に記載してあった労働条件と、実際の労働条件とが異なる。」という労働者側からの不満が訴訟に発展するケースです。
平成27年度、ハローワークにおける求人票に対する労働者からクレームは、合計1万937件もあり、その中で「求人票の内容が実際と異なる。」という申出は、3926件(36%)を占めています。
実際、民間の職業紹介事業者へのクレームなども含めれば、これは氷山の一角でしょう。労働者からの不満は、次の通り、多岐にわたります。
- 「正社員だと言われたのに、契約社員であった。」
- 「賃金が残業代込の表示であった。」
- 「口頭で約束された賞与が出なかった。」
労働審判、団体交渉などのトラブルとなれば、金銭的、時間的なコストは、経営者側に重くのしかかります。
今回は、「求人票」の労働条件をめぐるトラブルを避けるため、企業が注意すべきポイントを、企業の労働問題に詳しい弁護士が解説します。
1. 求人票の法的規制
冒頭で解説したとおり、「求人票」の労働条件をめぐっては、労働者の側から多くの苦情、申出がされている現状を踏まえると、「求人票」の作成には、会社側として細心の注意を払わなければいけません。
そこで、まずは「求人票」を作成するときの法律上の規制について、弁護士がまとめました。
1.1. 職業安定法のルール
会社が求人を行う場合には、職業安定法の定めにしたがって、「労働者の募集に当たり」労働条件を明示しなければなりません。
これは、ハローワークで求人をする場合であっても、民間の職業紹介事業者を通じて募集をする場合であっても同様です。
ただし、入社した際の確定的な労働条件を示すことまでは必要なく、現時点での予想される賃金額で構いません。
なお、入社の時点で労働基準法15条1項にしたがって示さなければならない労働条件は、実際に入社したときにその労働者に適用される労働条件を示す必要があります。
- 「労働者の募集」時点の「労働条件」の明示:現行の労働条件で足りる。
- 「労働契約の締結に際し」ての「労働条件」の明示:当該労働者の労働条件を示す必要。
職業安定法で、募集の際に労働者に明示しなければならないとされる労働条件は、次の内容です。
これらの労働条件の明示は、書面または電子メールによってわかりやすく行わなければなりません。
募集の方法には、文書募集、直接募集、委託募集の3つがありますが、文書募集の場合はもちろん、その他の方法であっても、これらの労働条件の明示は、文書等で行うこととなります。
- 労働者が受持すべき業務の内容に関する事項
- 労働契約の期間に関する事項
- 就業の場所に関する事項
- 始業及び就業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間及び休日に関する事項
- 賃金(臨時に支払われる賃金、賞与等を除く)の額に関する事項
- 健康保険、厚生年金、労働者災害補償保険及び雇用保険の適用に関する事項
1.2. 職安法指針のルール
職業安定法に定められた労働条件の明示を行うためには、さらに細かく「職安法指針」に決められたルールにしたがう必要があります。
厚生労働省が定めた指針のルールは、次のようなものです。
- 虚偽または誇大な内容としないこと。
- 求職者等に具体的に理解されるものとなるよう、労働条件等の水準、範囲等を可能な限り限定すること。
- 求職者等が従事すべき業務の内容に関しては、職場環境を含め、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。
- 労働時間に関しては、始業及び就業の時刻、所定労働時間を超える労働、休憩時間、休日等について明示すること。
- 賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。
- 明示する労働条件等の内容が労働契約締結時の労働条件等と異なることとなる可能性がある場合は、その旨を合わせて明示するとともに、労働条件が既に明示した内容と異なることとなった場合には、当該明示を受けた求職者等に速やかに知らせること。
- 労働条件等の事項の一部を別途明示することとするときは、その旨を合わせて明示すること。
1.3. 若者雇用促進法のルール
「若者雇用促進法」が施行されることとなり、この法律にしたがって、固定残業代などについて正しい記載をしなければ、ハローワークで求人票を不受理とされるおそれが出てきました。
まず、青少年が応募する可能性のある募集または求人について、「固定残業代」を採用する場合、固定残業代に関する次の事項の明示が必要となります。
- 固定残業代の計算方法
- 固定残業代を除外した基本給の額
- 固定残業時間を超える時間外労働について割増賃金を支払うこと
また、特に、新卒者の保護を強めるという目的から、新卒者の募集については、次の「青少年雇用情報」の提供が努力義務とされています。
-
1.募集・採用に関する状況
- 直近3事業年度の新卒採用者数・離職者数
- 直近3事業年度の新卒採用者数の男女別人数
- 平均勤続年数
- 研修の有無及び内容
- 自己啓発支援の有無及び内容
- メンター制度の有無
- キャリアコンサルティング制度の有無及び内容
- 社内検定等の制度の有無及び内容
- 前年度の月平均所定外労働時間の実績
- 前年度の有給休暇の平均取得日数
- 前年度の育児休業取得対象者数・取得者数(男女別)
- 役員に占める女性の割合及び管理的地位にある者に占める女性の割合
2.職業能力の開発・向上に関する状況
3.企業における雇用管理に関する状況
ただし、これら全てを明示しなければならないわけではなく、3つの類型ごとに、それぞれ1つ以上の情報で構わないとされています。
2. 求人票と異なる労働条件で雇用する場合には?
とはいえ、「求人票」で明示した労働条件は、あくまでそのときの現行の労働条件を示しているだけですから、その後の経営状況や、労働者個別の状況によって、雇用する際の実際の労働条件は異なるというケースもあり得ます。
求人票に記載された労働条件はあくまでも目安であって、個別の雇用契約の申込みとはいえません。そのため、実際に雇用契約を締結する際の労働条件が、これと異なること自体は、違法ではありません。
ただし、次の裁判例のように、あえて求人票に良い記載をして労働者をだまし、好条件をエサにして労働者を入社させることは許されません。
千代田工業事件(大阪高裁平成2年3月8日判決)求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容となる。
したがって、具体的な状況や説明の内容によっては、求人票が労働契約の内容となると判断されるリスクも十分にあるということです。
実際、求人票どおりの労働条件とした場合の差額について、慰謝料請求を認めた裁判例も存在しますので、注意が必要です。
「求人票どおりの労働条件でなければ雇いたい!」という場合には、面接などの際に労働者に十分な説明を行い、同意を得る必要があります。
3. 悪質な求人票へのペナルティ
以上で解説したとおり、求人票をめぐる労働問題が非常に多くなっていることを受け、問題のある悪質な求人票に対するペナルティは、厳しくなっています。
悪質な求人票へのペナルティについて、弁護士がまとめました。
3.1. 行政上の取扱い(求人票の不受理)
行政上の取り扱いでは、特に公共職業安定所(ハローワーク)における取扱いが重要です。
これまでは、ハローワークは、掲載依頼のある求人情報をすべて掲載していました。
しかし、平成28年3月1日以降は、労働基準法などの労働関係法令に違反していたり、是正勧告を受けたり、企業名公表されたりした場合には、新卒者等を条件とした求人を不受理とする取扱いとなりました。
この結果、労働条件の明示義務違反などがある会社は、ハローワークで無制限に求人を行うことができなくなりました。
3.2. 刑事罰
職業安定法に定める、募集時点での明示義務違反自体には刑事罰は存在しませんが、虚偽の内容の求人を行った場合、職業安定法により「6月以上の懲役または30万円以下の罰金」となります。
ただし、あくまでも募集時点で明示される労働条件は、目安に過ぎないものであることから、入社後の実際の労働条件と異なる労働条件を明示すること自体が禁止されるわけではありません。
求職者保護の流れの強まる中、どの程度の行為が罰則の対象とされるかは、今後の動向に注目が必要です。
4. 求人票を記載するときの注意ポイント
では、このような法律のルール、ペナルティを適切に守るため、企業として求人票を記載するときに注意しておかなければならないポイントはどのようなものでしょうか。
4.1. 意図しない不一致を避ける
まず、故意に求職者をだますような悪質な「求人票」は問題外としても、会社が意図しないうちに、募集時に明示した労働条件と実際の労働条件に差を生じさせてしまっている場合があります。
例えば、次のような原因で不一致が生じてしまっているケースです。
- 古い労働条件を更新せずに使いまわしていた。
- 求人担当者が経営陣と話合いを行っていなかった。
- 「年俸制なら残業代を支払う必要がない。」など労働法を理解していなかった。
- 採用担当者が現場の労働環境を把握していなかった。
意図しない不一致の例は、会社が事前に予防することによって、回避することが可能です。
そして、意図しない不一致であっても、間違った労働条件が募集時に示されていた場合には、行政上の制裁を受けたり、労働者から損害賠償請求を受けたりするリスク<が十分あります。
4.2. わかりやすい明示を心がける
求職者は、まだ御社の業務を担当したことがないわけですから、なかなか具体的なイメージが沸きづらい場合が多いでしょう。
会社内では当然の常識であっても、外部の第三者にはわかりづらい用語も多く存在するはずです。
特に、業務内容は、求職者が最も重視すべき事項であり、トラブルの火種ともなりやすいポイントです。
そのため、求職者が内容をイメージしやすいよう、わかりやすく、かつ具体的に記載し、丁寧に説明することを心がけてください。
また、1つの業務内容しか記載しないと、「配置転換の可能性はない!」すなわち「職種限定」の雇用契約であるという勘違いを招くおそれがあるため、将来の変更の可能性がある場合、その点も明示しておくのが親切です。
4.3. 正社員かどうかは決定的に重要
「正社員であるかどうか」は、非常に重要です。というのも、日本では「解雇権濫用法理」によって、正社員の解雇が非常に困難だからです。
安定を目指す求職者にとっては、解雇のハードルが高い正社員であるのか、それともそれ以外(契約社員、アルバイトなど)であるのかは、決定的な判断材料となります。
しかし、一方で、「正社員」と一言でいっても、その定義は法律にしっかりと決められているわけではありません。
特に、最近では「多様な正社員」「限定正社員」という提案されており、無期契約でありながら、業種、時間、就業場所などの労働条件に一定の制限があるという雇用形態を設置している会社も増えてきました。
そのため、求職者と会社との認識を一致させる意味でも、雇用形態については、「正社員」「無期」などという定型的な記載だけでなく、できる限り丁寧に記載すべきであるといえるでしょう。
4.4. 固定残業代についての注意
「固定残業代制度」を導入する場合、求人票の記載には特に注意が必要となります。
「固定残業代」によって賃金額を実際よりも多く見えるように偽り、求職者の興味を引き、実際には残業代を労働基準法通りには支払わない、という悪質なケースが社会問題化したからです。
御社が、悪質行為を繰り返すブラック企業であるというイメージを抱かれてしまえば、企業イメージが低下し、経営に悪影響を与えかねません。
「固定残業代」の有効性は非常に難しい問題で、判例・裁判例も分かれていますが、次の点には最低限注意が必要です。
- 基本給と固定残業代などの各種手当を分けて記載する。
- 定額で支払われる手当に固定残業代が含まれる場合には、両者を分けて記載する。
- 超過分が追加で支給されることを明確にする。
5. まとめ
今回は、特にご相談の多い、「求人票」をめぐるトラブルについて、労働者との紛争を事前に回避するためのポイントについて解説しました。
重要なことは、「実際よりも良い見せかけをして労働者をエサで釣ろう!」という不当な考えを持たないことです。
ありのままに、わかりやすく記載をすれば、労働者とのトラブルになる可能性も低いですし、行政からの制裁を受けることもありません。
「ブラック企業」とのイメージを持たれれば、結果として求人は大失敗に終わる可能性が高く、求人票の記載に注意をしなければ、リスクは非常に大きいといえます。
自社で作成した「求人票」を使いまわしている場合には、一度、人事労務を得意とする弁護士にチェックしてもらうことをオススメしています。