起業すると、オフィスを契約することとなります。このとき必要な契約が、賃貸借契約です。
オフィスを契約するのには、様々な選択肢があります。通常の賃貸オフィスを借りる以外に、シェアオフィスやコワーキングスペースを借りるケースや、自宅開業してSOHO(自宅兼事務所)として活用する方法もあります。自社オフィスを有する会社であることは、顧客に信頼感を与えるとともに、落ち着いた作業環境で仕事でき、業務効率の上昇にもつながります。
一方で、オフィスを契約するには初期費用や賃料など、費用がかかります。オフィスの契約条件は、当事者の合意で決まりますから、少しでも有利になるよう、条件交渉は欠かせません。オフィス契約の条件交渉は、ひいては、賃貸借契約書のリーガルチェックにも反映されます。自社にとって許容できる内容か、一方的に不利な内容でないか、条件を精査してください。
今回は、オフィスを契約する会社が知るべき、有利に交渉するポイントを、企業法務に強い弁護士が解説します。
- オフィス契約の際、借主側でも、臆せず条件交渉をするのが成功のポイント
- オフィス契約にかかる費用(賃料、保証金、仲介手数料など)の減額交渉を行う
- 金銭面の契約条件以外でも、貸主に受け入れてもらいやすい条件を提案する
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オフィスを契約するとき、貸主の言うなりにならない
オフィスの契約は「賃貸借契約」という基本的な契約。賃貸借は、民法でも定められる典型契約の1つ(民法601条)で、貸主が使用及び収益を約束し、借主が賃料の支払いと、契約終了時の返還を約束することを内容とします。マンションやアパートなど住居を借りる場合だけでなく、オフィスの契約もまた賃貸借の性質となります。
民法が基本的なルールを定めるほか、弱い立場の借主を保護するため、借地借家法による特則が適用されます。
民法601条(賃貸借)
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
民法(e-Gov法令検索)
賃貸借という基本的な契約内容であっても、契約書は相当に専門的で、大部となることが多いです。それほど、賃貸借に潜在するリスクは大きく、契約書による対処が必要とされているのです。このとき、オフィスを契約する側が甘く見て、契約書の細部をチェックしないと、賃貸借から生じる思わぬリスクを背負うこととなります。
企業経営においては、多くの契約書のリーガルチェックを行うこととなります。起業直後にオフィスを借りるときの賃貸借契約書は、そのスタート地点といってよいもの。オフィスの契約に慣れた不動産会社や仲介会社、オーナーが契約書を示すケースが多いですが、借主側でもよく精査してください。貸主に有利な内容、借主に不利な内容が明らかなら、今回の解説を参考に、条件交渉をする必要があります。
起業初期にオフィスを契約するなら、かかる費用について厳しい目で見る必要があります。オフィスの契約に無駄金を使えば、今後の企業経営を円滑に進める支障となります。
事務所を借りるときの契約の流れは、次に解説しています。
オフィスの契約について交渉すべき理由
オフィス契約の借主が、交渉のカードとして検討できる事情について解説します。ケースに応じてこれらの事情を指摘することによって、有利に契約交渉を進めることができます。
オフィスの契約で、締結前に交渉すべき理由は、借主側にとっても交渉のカードが十分にあるからです。起業当初のベンチャーだと、経験不足から弱気な態度になり、条件交渉をしない会社もありますが、適切な対応とはいえません。ビジネスでは、設立年数などにかかわらず、全ての当事者が対等な立場で交渉すべきです。
空室リスクを指摘する
不動産の所有者にとって、空室は大きなリスクです。空室のままテナントが入らないと、その期間は全く収益が生じない状態だからです。空室のまま放置するより、賃料を下げてでも入居させようと考える貸主も少なくありません。
周囲の相場と比較する
周囲の相場と比較して条件が悪いときにも、交渉するチャンスがあるかもしれません。というのも、近接した立地に、同程度の築年数、面積の空き物件があると、比較対象となり、より条件の悪い物件は選ばれないからです。
他の募集情報を示して交渉すれば、相場の目安程度まで条件を引き下げるよう交渉できる可能性があります。
事業の将来性をアピールする
貸主としても、オフィスを契約するのに、信頼性の高い借主を探したいと考えています。業績が悪化し、賃料を払えなくなる可能性ある借主は、審査で回避しようとします。オフィスの保証金が住居より高額なのも、事業に失敗した際の未回収のリスクを避けるのが目的だからです(事業内容によっては未払い賃料だけでなく、原状回復費用も高額になります)。
オフィスの契約では、自社と契約するのが貸主にとって得だと示す必要があります。本業が順調なのをアピールし、事業の将来性を示せば、「オフィス契約してほしい」と希望してもらえて有利に条件交渉を進められます。起業当初のベンチャー、スタートアップほど、将来性を積極的にアピールしなければ信用を得られません。
オフィスの契約を借主側に有利に交渉するポイント
以上の交渉のカードとなる事情を用い、借主にとって有利な条件となるよう交渉していきます。このとき、どのような点が有利・不利を左右し、交渉のポイントとなるのかを理解しておくのが有益です。
オフィス契約は、交渉事ですから、自社側にとって有利な内容を強く押し付けるだけでは、合意に至ることはできません。すると、折角見つけたオフィスを契約できなくなってしまいます。貸主にとっても過大な負担とならず、交渉を受け入れてもらえるよう配慮するのが、交渉成功の大切なポイントです。
賃料の減額を交渉する
真っ先に行うべきなのが、賃料の減額交渉です。賃料は、オフィスを契約後、退去まで毎月かかる費用なので、少しでも安いに越したことはありません。長期間そのオフィスに居続けるなら、月あたり少額の減額でも馬鹿にならない金額になります。
賃料減額の交渉は、坪単価を目安として行うのが通例です。オフィスを契約するときの賃料は、「坪単価(1坪X.X万円)×面積(XX坪)」といった計算方法で算出されているからです。
家賃を滞納すると、明け渡しを請求される危険があります。
フリーレントを付けてもらう
フリーレントとは、一定の期間、無料でオフィスを貸してもらうという条件です。フリーレントを認めてもらえれば、その間は賃料が発生しないため、借主の得は大きいです。オフィス契約では、内装に期間を要したり、移転の場合には前オフィスの解約の事前通知期間があったりといった理由で、フリーレントを交渉しやすい傾向にあります。
すぐに埋まる物件だとフリーレント交渉は難しいですが、空室期間の長い物件ならチャンスはあります。フリーレントの期間中の賃料は発生しないものの、契約すればその後は確実に賃料を得られるからです。ファンド所有の投資物件など、利回りを意識すべき物件だと、賃料減額の交渉よりもフリーレントのほうが受け入れてもらいやすいです。
仲介手数料の減額を求める
オフィスの契約には、仲介手数料が無料となるケースもあります。仲介手数料は、オフィスを探す不動産会社に払う報酬であり、貸主であるオーナーに払うものではないので、節約できるに越したことはありません。
無料にしてもらうのが難しい場合でも、値下げを求めて交渉するのがよいでしょう。なお、宅地建物取引業法46条において、仲介手数料の上限は、賃料1ヶ月分(+消費税)を限度とすることが定められています。
保証金を減額してもらう
オフィスを契約するときには、住居用物件よりも高額な保証金がかかるのが通例です。契約するオフィスの規模にもよりますが、小規模な物件でも賃料3〜6ヶ月分、大規模な物件だと賃料1年分といった保証金がかかります。オフィスの保証金が高額になるのは、事業に失敗し、倒産する可能性があり、その際の未回収リスクを避けるためです。
一方で、オフィスの契約における保証金には法律のルールはなく、明確な相場もありません。交渉次第では、減額できるケースもあります。また、保証金の一部を返却しない「償却」についても、できるだけ償却額を減額するよう交渉すべきです。
居抜き入居を交渉する
居抜き入居は、前に入っていたテナントが原状回復をせず、内装や造作をそのまま残置したところに入居すること。居抜き入居は、前テナントに原状回復が不要となるメリットがあるだけでなく、これからオフィスを契約する会社も、内装の必要性がなくなるメリットを享受できます。
タイミング次第とはなってしまいますが、前テナントの内装、造作が活用できるなら、居抜き入居を交渉することで、オフィスを契約する際の費用を抑えることができます。
工事区分を交渉する
オフィスを契約後の工事には、大きく分けてA工事、B工事、C工事という区分があります。
- A工事
所有者の費用負担で、所有者の指定する業者がする工事。ビルの躯体そのものや共有部分など、管理のために必要な工事が該当する。 - B工事
賃借人の費用負担で、所有者の指定する業者がする工事。空調や防災、電気設備といったビルの設備に関する工事がこれに該当する。 - C工事
賃借人の費用負担で、賃借人の指定する業者がする工事。居室内の内装、什器備品、家具の設置などがこれに該当する。
施工業者を選択できないために、一般に、B工事のほうが、C工事よりも割高となることが多いです。そのため、オフィス契約をするときの交渉のポイントとして、できる限りの工事をC工事扱いで施工させてもらえるよう確認すべきです。工事区分は、各建物ごとの区分表によって示されますが、交渉可能なケースも少なくありません。
オフィス設備の修繕を求める
築年数の古い物件では、古い設備が残ったままのオフィスもあります。このとき、貸主の負担で修繕してもらえないか、交渉すべきです。空調設備や水回りが古くなっていると、目に見えない不具合が生じ、入居後のトラブルのもととなります。
オーナー負担で新しい設備に交換してもらえるのが最善ですが、交渉の結果、修繕し、費用の一部を負担してもらうといった折衷案も検討すべきです。顧客の訪問を頻繁に受ける職種ほど、オフィスの綺麗さが信用を左右します。
解約の事前通知期間を短縮してもらう
オフィスの契約だと、住居に比べて、中途解約の事前通知期間が長く設定されるのが通常です。住居だと、1〜3ヶ月前の告知によって解約できるのが一般的ですが、オフィスだと6ヶ月前の通知が必要となるケースも少なくありません。住居よりもオフィス物件のほうが、流動性が低いからです。
オフィスを契約する借主側として、ずっと同じ場所に居続ける場合ばかりではないでしょう。将来の移転を検討しているのに、事前通知期間が長すぎると、賃料の二重払いが生じる危険が高まります。したがって、オフィス契約時に、事前通知期間を短くするよう交渉しておいてください。
契約期間と、中途解約条項について、次の解説を参考にしてください。
原状回復の範囲を制限してもらう
オフィスを契約する際には、解約時のことも考えた交渉が必要です。賃貸借の終了時、原状回復をめぐる問題は、最もトラブルの火種となりやすいです。オフィス契約の際に、賃貸借契約書において、原状回復のルールをできるだけ具体的かつ明確に定めておかなければなりません。
退去時の原状回復について、通常の居住に伴う破損、損耗や経年劣化は、貸主の負担とされるのが原則。これに対して、借主側の過失による破損、損耗は、借主負担で修繕しなければなりません。オフィスの契約では、本来は貸主負担とすべき経年劣化などについて、借主負担とする特約のあるケースも多く、条件交渉は欠かせません。
まとめ
今回は、オフィスを借りるときの交渉のポイントを解説しました。
ベンチャー、スタートアップで起業するとき、最初にチェックするであろう賃貸借契約書。スタート地点だからこそ、不利のないよう慎重に対応してください。多くのケースでは、貸主から提案されるオフィスの賃貸借契約書は、貸主側にとって有利な内容を前提としていますが、借主側にも交渉のカードは残されています。できるだけ有利な条件となるよう交渉しなければ、許容範囲を超えた重いリスクを背負うことともなりかねません。
契約書の意味が難解なとき、内容をよく理解せずに契約を結ぶのは避けてください。条件交渉の前提となる知識が不足するときや、貸主が条件交渉に一切応じてくれないときには、弁護士に相談するのが有益です。
- オフィス契約の際、借主側でも、臆せず条件交渉をするのが成功のポイント
- オフィス契約にかかる費用(賃料、保証金、仲介手数料など)の減額交渉を行う
- 金銭面の契約条件以外でも、貸主に受け入れてもらいやすい条件を提案する
\お気軽に問い合わせください/