労働組合との団体交渉の結果、労使間で合意が成立したときは、「労働協約」という書面を締結します。
合意が成立したにもかかわらず、会社側(使用者側)が理由な労働協約の作成を拒否することは、不当労働行為となるおそれがあります。また、会社側にとっても、労働協約によって約束事項を証拠化し、その他に債権債務のないことを確約する条項(清算条項)を結ぶことにメリットがあります。
労働協約は、「法律違反」はできないのは当然ですが、就業規則、雇用契約書(労働契約書)よりも優先する、とても強い効力を持つため、労働組合から出された労働協約の書面案は、慎重に検討する必要があります。
そこで今回は、労働協約に関する基礎知識と、締結時に会社側(使用者側)が注意すべきポイントについて、弁護士が解説します。
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団体交渉の終結時の対応
会社には、労働組合からの団体交渉申入れがあった場合に、義務的交渉事項についての申入れであれば、応じる義務があります。正当な理由なく応じなければ、団交拒否(不誠実団交)の不当労働行為となります。
団体交渉に応じることは、労働組合の要求に応じることを意味しませんので、誠実交渉義務を尽くした結果、議論が平行線となり、団体交渉が打ち切りによって終了する場合もあります。
しかし、団体交渉が無事、労使の合意成立によってまとまる場合には、労働組合から「労働協約を締結しましょう。」という提案がなされます。
労働協約の締結
団体交渉合意締結後に、労働組合と会社(使用者)との間で締結される、労働条件その他団体交渉の議題に関する合意を定めた書面を、労働協約といいます。
労働協約は、書面で作成され、労使双方の当事者が署名押印します。団体交渉の終結時に締結される労働協約は、労働組合が文案を作成し、提案してくることが通常です。
書面の題名が「労働協約」というタイトルではなく「確認書」、「合意書」、「覚書」といった題名であっても、労働組合との間で締結した書面は、「労働協約」の性質を持ちます。団体交渉の議事録の形であっても、合意の内容が読み取れ、両当事者の署名押印があれば、労働協約としての効果を認められることがあります。
労働協約を結ぶと、会社側(使用者側)に対してとても強い拘束力を持ちますので、注意が必要です。
合意成立後、労働協約を拒否すると?
労働協約は、今回の解説でも説明する通り、とても強力な効力を持つため、会社側(使用者側)では、「労働協約の締結を拒否したい。」というご相談を受けることがあります。
しかし、団体交渉において労働組合との間で合意が成立した場合に、特に合理的な理由なく、労働協約の締結を拒否することは、団交拒否(不誠実団交)の不当労働行為となる場合があります。
団体交渉で合意したにもかかわらず労働協約を締結しないのであれば、団体交渉における話し合いが無に帰すからです。
ただし、これはあくまでも団体交渉において合意が成立した場合のお話です。団体交渉で合意が未だ成立したとはいえない状態であれば、会社側(使用者側)が労働協約の締結を拒絶することは当然であり、不当労働行為にもなりません。
団体交渉における「合意成立」は裁判例でも厳しく判断されており、会社側(使用者側)が、たとえ労働組合に迎合的な発言をしたとしても、それだけで合意成立とはなりません。
会社による協約締結の拒否が、不当労働行為にあたらないと判断した2つの裁判例(文祥堂事件・最高裁平成7年1月24日判決、石塚証券事件・東京地裁平成5年1月21日判決)を紹介します。
文祥堂事件
団体交渉において労使間に合意が成立したというためには、特段の事情のない限り、当該交渉事項の全体について確定的な意思の合致があったことが必要であって、仮に当事者の一方が団体交渉の過程で交渉事項の一部について相手方の主張に合致するような見解の表明を行ったとしても、右見解の表明が、全体的な合意の成立を条件とする暫定的ないし過程的な譲歩にかかわるものであるときは、これをもって、個別的な事項について労使間の合意の成立があったとすることはできないというのが相当である。
石塚証券事件
本件団体交渉は、怒声や罵声の中で一方的に進められたにすぎず、相互に議論を尽くして合意に達したものとはいえず、また、原告の回答の根拠が同業他社の協約状況に関する誤解に基づくものである以上、それによって得られた合意は誠実な団体交渉の成果であるとは言い難い。
労働協約の締結時の注意点
労働協約は、団体交渉において労使間の合意がまとまりそうなときに、その内容の交渉とともに、労働組合側から書面案が提出されることが一般的です。
会社側(使用者側)としては、団体交渉において未だ合意が成立していないと考えるとき、締結を拒否することは当然のことですが、合意が成立していると考えられる場合であっても、その合意内容が、正確に協約案に反映されているかどうか、慎重に検討しなければなりません。
労働協約で定める内容は、「協約自治の原則」といって、締結当事者の判断に委ねられています。労働組合にとても有利な内容であっても、合意したら、実行しなければなりません。
そこで、労働協約の書面案のチェックポイントについて、会社側が注意すべき点を弁護士が解説します。よくある労働問題についての労働協約案の書式・ひな形を示しておくので、参考にしてください。
合意内容が正確に反映されているか
団体交渉において労使で合意した内容が、正しく協約案に反映されているか、チェックしてください。特に、労働組合の作成する労働協約案には、法律の専門用語が多く使われており、一般人にはその効果がわかりづらいこともあります。
また、労働協約案の内容が、団体交渉の交渉内容を反映していなかったり、合同労組・ユニオンなどの労働組合側に有利な条項が入っている場合もあります。
もちろん、労働組合がわざと会社を騙して、誤った協約案を提案しているケースばかりではありませんが、故意がなくても、交渉内容に関する労使の認識にギャップがあることは少なくありません。
特に、労働協約は、会社側(使用者側)が、労働組合や労働者に対して、何らかの義務を負うこととなる場合が多いため、注意が必要です。
労働協約の締結当事者
労働協約の締結当事者は、会社(使用者)、労働組合と、その団体交渉で中心となった労使紛争の当事者である労働者の3名となることが一般的です。
労働協約の末尾に、会社(使用者)、労働組合、労働者がそれぞれ、連名で署名押印(もしくは記名捺印)を行い、労働協約を完成させます。
既に記名が印字されている場合、会社名、代表者名などに誤記がないかチェックしてください。
本来、労働協約は、会社と労働組合との間で作成する書面です。ただ、個別の労働者の未払残業代、不当解雇などの労働問題が議題となったとき、事後的なトラブル防止や、折角団体交渉で定まった合意内容の蒸し返しのないよう、問題の中心人物である労働者も、締結当事者とすることが通常です。
参考
労働協約の当事者は、「労働組合」と「使用者」です。
労働協約の締結当事者となる労働組合は、労総組合法5条の要件w満たす組合である必要はないものの、民主的に組成された団体である必要があります。
労働組合の上部団体も、その限りで労働協約の締結当事者となります。
労働組合側の代表者に、労働協約を締結する権限が与えられていない場合には、その労働協約は無効となります。
労働協約の期間
労働組合法によって、労働協約の有効期間は、最大3年間と定められています。そして、3年間を超える期間を定めた労働協約の有効期間は、3年間となります。
また、有効期間を定めていない労働協約や、有効期間を定めずに自動延長された労働協約は、90日前までに相手方に予告することによって、解約することができます。
労働協約は、定められた有効期間を満了すると、効力を失います。
清算条項
清算条項とは、労働協約を作成するときに、労働協約上に規定された債権債務以外に、締結当事者間に債権債務(権利義務関係)が存在しないことを相互に確認する条項です。
団体交渉において合意し、労働協約によって労働問題を解決する場合に、交渉の手間を無に帰すような紛争の蒸し返しを防ぐためにも、会社側(使用者側)としては、必ず清算条項を挿入すべきです。
口外禁止条項(守秘義務条項)
口外禁止条項(守秘義務条項)とは、労働協約の合意に至る過程(団体交渉の過程)や合意内容について、第三者に対して正当な理由なく口外しないことを約束する条項です。
相互的に定められることが多く、会社(使用者)も、労働組合も、労働者も、等しく守秘義務を負います。
会社側(使用者側)にとって、労働問題が外に漏れた場合に、他の労働者が同様の理由で団体交渉を申し入れて来たり、社会的信用が低下したりといったマイナスが考えられるため、重要な条項です。
人事同意条項・協議条項
労働協約の「人事同意条項」とは、組合員を対象とした人事上の処遇を行う場合に、労働組合の同意を得なければならないことを定める労働協約の規定のことです。「人事協議条項」というと、「同意を得なければならない」のではなく、「協議しなければならない」ことを意味します。
労働組合に有利な条項であり、この条項があると、これに違反して、会社側(使用者側)が一方的に、組合員を解雇したり、異動させたりすることができなくなります。
ただし、「明らかに解雇を正当化する重大な事由があるのに労働組合が同意しない、協議しない」、という場合には、同意権の権利濫用となり、同意がなく解雇をしても、労働協約違反とはならない場合があります。
平和義務条項
労働協約の「平和義務」、「平和条項」とは、労働協約の有効期間中、労働組合側が争議行為(ストライキ)を行わないことを約束する条項のことです。
「平和義務」には、相対的平和義務と絶対的平和義務の2種類があります。
- 相対的平和義務
:労働協約に明文の規定がなくても発生し、一定の有効期間を設定して合意された以上、その期間中は、協約条項の改定を求める争議行為は行わないことの暗黙の合意が含まれる、と考えることで生じる義務 - 絶対的平和義務
:労働協約の明文で規定された、有効期間内は争議行為を行わない義務
労働組合側が、労働協約における平和義務に違反して争議行為(ストライキ)を行った場合には、会社側(使用者側)はロックアウトにより対抗することができます。また、損害賠償請求や、争議差止の仮処分なども検討できます。
労働協約の効力とは?
労働協約とは、労働組合と会社との間の合意のことです。その性質は、一種の契約と同様ですが、労働協約であるがゆえの特殊な効力があります。
労働協約の特殊な効力は、労働組合に認められた労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)という強い権利を保障するためのものです。
労働協約は、労働組合、会社(使用者)との間に、様々な権利義務を生じさせるだけでなく、組合員である労働者の労働条件に影響が及ぶため、無用な紛争を防ぎ法的安定性を担保すべく、書面によることが効力要件とされています。
労働組合法14条
労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる。
労働協約の「債務的効力」
労働協約の「債務的効力」とは、通常の契約などの合意と同様に、当事者間において債権債務関係を生む効果のことをいいます。
ユニオン・ショップ協定、争議条項、平和条項などの当事者間の約束に債務的効力があるのはもちろんのこと、次に解説する「規範的効力」をもつ労働条件に関する定めについても、同時に「債務的効力」も併せ持っています。
労働協約の「規範的効力」
労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となります。
そして、労働協約に反して無効となった労働契約の部分については、労働協約の基準の定めが適用されます(労組法16条)。また、労働契約に定めのない部分についても、労働協約が補完的に適用されます。
この労働協約の特別な効果を「規範的効力」と呼びます。「規範的効力」は、次の「強行的効力」と「直律的効力」に分けられます。
- 強行的効力
:労働協約に定める基準に反する労働条件を定める労働契約部分を、無効にする効力 - 直律的効力
:強行的効力により無効となった労働条件について、労働協約で定めた基準によって補完する効力
労働協約は、通常の当事者間の合意で成立する「契約」とっは異なる特別な効力を有しているのです。
参考
なお、労働協約を上回る条件の労働契約(雇用契約)を締結することが許されることを「有利原則」といいますが、この「有利原則」は裁判例によって否定されています。
「有利原則」を許すと、会社側が、ある組合員にだけ有利な条件を提示して労働組合から抜けさせ、組合を弱体化させるということが起こるおそれがあるためです。
したがって、労働協約がある場合、労働協約より不利な条件の労働契約はもちろん、労働契約より有利な条件の労働契約も、いずれも無効となり、労働協約通りの条件となります。
労働協約の「一般的拘束力(非組合員への拡張適用)」
労働協約は、協約の締結当事者となる労働組合の組合員にのみ適用されるのが原則です。「協約自治の原則」によって自由に締結可能なため、組合員以外を拘束する理由がないためです。
労働組合に保障された団結権を強化、労働条件の統一などの目的のため、労組法17条の要件を満たす場合には、労働協約の効力は、労働組合の組合員以外の社員に対しても、拡張的に適用されます。これを、労働協約の「一般的拘束力」といいます。
つまり、1つの事業場の社員の「4分の3」が労働協約の適用を受ける場合には、その他の社員にも、労働協約の効果が拡張適用されるものとされています。
労働協約の「余後効」
労働協約の有効期間満了後も残る効力を、「余後効」といいます。
労働協約の有効期間は、最大3年とされており、3年を超える有効期間を定めた場合には有効期間が3年となること、有効期間を定めなければ90日の予告をもって解約できること、というルールがあります。
有効期間を満了すれば、効力も失うのが原則ではありますが、労働協約が終了し、新たな協約が締結されない結果、労働条件の引き下げがなされてしまうようなケースでは、終了後の旧協約に一定の効果を持たせ、組合員を保護する説が有力です。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、団体交渉の終結時に、会社が労働組合との間で締結する重要な書面である「労働協約」について、弁護士が解説しました。
団体交渉で合意に至ったにもかかわらず労働協約を締結しないと、不当労働行為になるだけでなく、会社側にとって有利な妥結条件についても、事後的に紛争の蒸し返しが起こるおそれがあります。
重要な書面であるからこそ、労働協約を締結するときは、間違いのない正確な内容となっているかどうか、会社側(使用者側)にとって思わぬ不利益がないかどうか、専門家である弁護士のチェックが必要です。
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