「働き方改革関連法」では、労働者の健康と安全について定める「労働安全衛生法(労安衛法)」も改正されました。
具体的には、安全衛生管理体制において産業医の権限が強化され、また、健康の保持増進のための措置において、医師による面接指導規定が整備されました。
これにより、今後一層、会社側(使用者側)は、労働者の労働時間を適正に把握して、長時間労働の可能性があるときに、産業医の指導を得ながら対応していくことが求められます。
今回は、「働き方改革関連法」のうち、労働安全衛生法の改正について、企業の労働問題を得意とする弁護士が解説します。
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労働安全衛生法(労安衛法)とは?
労働安全衛生法(労安衛法)は、昭和47年に成立した法律です。
労働者の安全と衛生についての最低基準を設定するとともに、最低基準を超えた快適な職場環境と労働条件の改善を目的とする法律です。
「労働条件の最低基準を定める法律」としては、労働基準法(労基法)が有名ですが、労働安全衛生法は、もともと労働基準法で定めていた事項のうち、安全と衛生について、別の法律に切り出したものです。
このように、労働者のために守るべき最低基準を定めていることから、違反に対しては刑事罰(懲役刑・罰金刑)が科されています。
「働き方改革関連法」による労働安全衛生法(労安衛法)の改正点は?
「働き方改革関連法」では、長時間労働の是正など、労働者の健康の維持・確保が、重要なキーワードとされています。
そのため、労働者の安全と衛生に関する最低基準を設定している、労働安全衛生法(労安衛法)でも、重要な改正がされています。
会社側(使用者側)において、早急に対応しておくべき、「働き方改革関連法」による労働安全衛生法(労安衛法)の改正について、弁護士が解説します。
産業医の権限強化
「働き方改革関連法」が成立する以前から、「常時50人以上の労働者を使用する事業場」では、少なくとも1人の産業医を選任する義務があります。
「常時50人以上」の中には、日雇い労働者やアルバイト、派遣労働者も含まれます(派遣労働者は、派遣元、派遣先いずれでもカウントされます。)。
産業医を事業場ごとに選任して、健康管理を実効的に行うために、産業医について定める労働安全衛生法(労安衛法)が、次のとおり改正されました(改正部分は、マーカー部分です。)。
労働安全衛生法13条
1. 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。
2. 産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識について厚生労働省令で定める要件を備えた者でなければならない。
3. 産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない。
4. 産業医を選任した事業者は、産業医に対し、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の労働時間に関する情報その他の産業医が労働者の健康管理等を適切に行うために必要な情報として厚生労働省令で定めるものを提供しなければならない。
5. 産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない。
6. 事業者は、前項の勧告を受けたときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該勧告の内容その他の厚生労働省令で定める事項を衛生委員会又は安全衛生委員会に報告しなければならない。
まず、4項によって、健康管理に必要となる情報を産業医に提供する義務が、会社側(使用者側)に課されることになりました。
特に、「長時間労働の是正」という働き方改革の趣旨からして、労働者の労働時間を把握した情報の提供が、会社の対応としてはとても重要になります。
更に、5,6項において、労働者の健康確保の必要があるときは、産業医が「勧告」を行うことができ、会社側(使用者側)は、この産業医による勧告を尊重しなければならないということが定められました。
情報提供義務、勧告のいずれも、産業医の権限を強化し、産業医による社内の労働環境の整備を、より実効的に行うことができるようにするためのものです。
産業医選任義務のない職場の努力義務
以上のとおり、「働き方改革関連法」による労働安全衛生法の改正で、産業医の権限が強化されたわけですが、産業医の選任義務がある職場は、「常時50人以上」と、ある程度の規模以上に限られます。
しかし、産業医の選任義務のない、中小企業やベンチャー企業などこそ、長時間労働が蔓延して労働者の健康被害が深刻なこともあります。
そこで、産業医の選任義務のない職場でも、医師などに労働者の健康管理を行わせるよう努める「努力義務」が、会社側(使用者側)に課されることとなりました。
ベンチャー企業やスタートアップ企業など、全ての企業に対して義務とすると、産業医選任のための費用を負担できない会社にとって酷となるおそれがあるため、あくまで「努力義務」とされています。
労働安全衛生法13条の2
1. 事業者は、前条第一項の事業場以外の事業場については、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師その他厚生労働省令で定める者に労働者の健康管理等の全部又は一部を行わせるように努めなければならない。
2. 前条第四項の規定は、前項に規定する者に労働者の健康管理等の全部又は一部を行わせる事業者について準用する。この場合において、同条第四項中「提供しなければ」とあるのは、「提供するように努めなければ」と読み替えるものとする。
一般労働者の面接指導要件の緩和
労働安全衛生法では、会社は労働者に対して、定期的に健康診断を受診させ、その結果を通知するとともに、異常所見がある場合には、医師の意見を聞く必要があります。
医師の意見を聞いた結果、必要があると認めるときは、就業上の措置(就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少など)を行うこととなります。
このことは、会社が労働者に対して負う「安全配慮義務」の一環です。面接指導だけでなく、ストレスチェックの義務も同様です。
この点について、「働き方改革関連法」による労働安全衛生法の改正により、長時間労働者のうち面接指導の対象となる労働者の範囲が緩和されました。
具体的には、面接指導の対象となるのに必要とされる労働時間が、「100時間」から「80時間」に短縮されました。これにより、より多くの労働者から、面接指導が申し出られる可能性があります。
研究開発事業従事者に対する面接指導義務
「働き方改革関連法」では、労働基準法(労基法)の改正により、36協定に定められる労働時間の上限規制が、法律に定められました。
この労働時間の上限規制について、「研究・開発」の事業に従事する労働者は、規制の対象外となるという「適用除外」も定められています。
そのため、研究開発事業に従事する労働者は、労働時間の上限規制による健康確保が難しいため、別途、面接指導の義務が、労働安全衛生法に定められることとなりました。
具体的には、研究開発事業に従事する労働者が、1か月100時間を超える時間外労働があるときは、労働者の申出を要さずに、面接指導を行わなければならないことが、会社の義務とされました。
「研究開発事業従事者に対する面接指導義務」の条項は、違反した場合には「50万円以下の罰金」という刑事罰が科されます。
なお、研究開発事業従事者も、一般労働者と同様、1月あたりの時間外労働が80時間を超え100時間に至らない場合、労働者の申出に応じて面接指導を行います。
労働時間を適正に把握する義務
ここまで解説しました、産業医などによる面接指導義務は、時間外労働がどの程度かによって変わります。つまり、「月80時間」、「月100時間」という区切りが、とても重要です。
そのため、会社側(使用者側)が、労働者の実労働時間を適切に把握することが、医師による面接指導を効果的に実施するために不可欠です。
「働き方改革関連法」で改正された労働安全衛生法では、適切な方法による労働時間の状況の把握を、会社側(使用者側)の義務とし、あわせて、規則において適切な方法を定めています。
労働安全衛生法55条の8の3
第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。
労働安全衛生法施行規則52条の7の3
1. 法第六十六条の八の三の厚生労働省令で定める方法は、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。
2. 事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、三年間保存するための必要な措置を講じなければならない。
労働時間の適切な把握方法については、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」という厚生労働省のガイドラインを参考に、同様の方法おを定めています。
これによれば、労働時間は、原則として現認またはタイムカード、ICカードなど、客観的な方法を用いて把握するものとされています。
また、事業場外での労働や、直行直帰の場合など、やむを得ず、労働者の自己申告制によって把握する場合にも、「労働時間」についての正しい理解のもとに実労働時間を把握すべきであることとしています。
高度プロフェッショナル制に対する面接指導義務
「働き方改革関連法」による労働基準法(労基法)の改正で、あらたに導入された「高度プロフェッショナル制(高プロ)」の提供を受ける労働者に対しての面接指導も義務とされました。
高度プロフェッショナル制度は、一定の年収(年収1075万円以上)と高度な専門性を要件として、労働時間についての規制を適用除外とするものであり、労働者の健康確保がとても重要だからです。
そのため、研究開発事業従事者と同様に、本人の申出がなくても100時間を超える労働時間がある場合には、医師による面接指導が必要であり、違反の場合には「50万円以下の罰金」という刑事罰が科されます。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、「働き方改革関連法」によって導入された健康確保の措置のうち、労働安全衛生法の改正について、弁護士が解説しました。
労働安全衛生法は、労働者の健康・安全についての最低基準を定める法律であり、違反に対しては刑事罰もある、重要な法律です。そのため、法改正について、速やかに対応が必要となります。
労働安全衛生法の改正に対応せず、産業医設置義務、面接指導義務などを怠った結果、労働者が健康を害してしまった場合、「安全配慮義務違反」の責任を追及されるおそれもあります。
労働安全衛生法をはじめ、「働き方改革関連法」への対応に不安のある会社は、ぜひ一度、人事労務に詳しい弁護士にご相談ください。
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