取引先や顧客から突然「支払いを猶予してほしい」と要請されて戸惑う人もいるでしょう。
支払猶予の申出は、事業において決して珍しいものではありません。頭ごなしに断れば関係が悪化し、将来的な損失に繋がるおそれがあります。しかし、安易に応じれば債権の回収は困難になり、最悪の場合、取引先の資金繰りが悪化し、倒産してしまう危険もあります。
支払猶予は、取引先企業の「危険信号」と理解し、速やかに対応しなければなりません。この際、取引先との信頼の維持と、債権が未回収となるリスクの両面を考慮すべきです。
今回は、支払い猶予の意味と、要請を受けた際の正しい対処法について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- 支払猶予の要請を受けたら、応じるか判断するための資料入手が最優先
- 支払猶予に応じる場合は、書面による合意がリスク回避のために必須
- 支払いを猶予するかどうかは、情に流されず、経営リスクで判断する
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支払猶予とは
支払猶予とは、債権者と債務者の合意により、支払期日を後ろ倒しすることです。
支払猶予によっても、支払義務は消滅せず、「一定の期限まで待ってもらう」に過ぎません。支払猶予の内容や期限は当事者間の合意で決まりますが、後にトラブルとならないよう、合意書や覚書などの書面を取り交わすことが大切です。
支払猶予と似た言葉に、支払免除や債務整理があります。
- 支払免除との違い
支払免除は、債権者が支払いを完全に免除することです。債務は消滅し、債権者にとっては債権の回収不能が確定します。 - 債務整理との違い
債務整理は、債務者の経済的な再建のための、任意整理や民事再生、破産のことです。弁護士が関与し、債務の減額やリスケジュール、免責の交渉を行います。
支払猶予は、債権回収(支払い)の余地を残しながらも、債務者の事情に配慮し、両者の利害を調整する柔軟な対応です。業種や業態、企業規模を問わず、ビジネスで幅広く活用されます。
よくある支払猶予のパターンには、次の例があります。
- 売掛金の支払日の後ろ倒し
- テナント賃料の支払延期
- ローンやリース料の支払スケジュールの変更
また、税金や社会保険料、公共料金といった公的な支払いについても、業績悪化や収入減少を理由として支払猶予の交渉がされることがあります。最近では、コロナ禍を理由とした公的な支払いの猶予が広範に認められたことも記憶に新しいでしょう。
支払猶予を要請されたときの対応フロー
次に、支払猶予を要請されたときの対応フローについて解説します。
支払猶予の要請は、突然の電話やメール、対面でされることがあります。経営状態の悪化を理由とするケースも多く、初動対応を誤ると、債権が未回収となるリスクが高まります。
冷静に状況を把握する
最初に、事実を正確に把握することが大切です。
支払猶予を要請された背景には、資金繰りの一時的な悪化、突発的な事故や災害、経営不振といった様々な事情があるでしょう。相手の経済状況を把握することは、「猶予に応じるべきか」の重要な判断材料になります。
以下の項目について、丁寧に確認してください。
- 支払猶予を要請するに至った理由
単に「資金繰りが厳しい」というだけでなく、不足額や必要な猶予期間など、具体的に掘り下げてください。 - 決算書などの会計資料の提出
業績悪化を理由に支払猶予を要請されたら、将来の回収可能性を説明するための資料開示を求めるべきです。 - 他社への支払い状況
自社だけが猶予し、債権回収リスクを高めることは避けるべきです。他社への支払い状況も把握し、平等で公平な対応を要求しましょう。 - 資産状況(在庫、売掛金、不動産など)
いざというときの担保となる資産の状況も把握しておきましょう。 - 売上・取引の回復見込み
あくまで一時の猶予なので、業績改善の見通しも確認してください。一時的な資金難か、構造的な経営難かによって対応方針が異なります。
「債権回収の失敗」の解説

支払猶予の書面を求める
支払猶予は、債権回収の初期段階として、非常に深刻な事態と受け止めるべきです。口頭での軽々しい要請に応じては甘くみられてしまいます。「支払猶予をお願いしたい」と口頭で告げられたとしても、正式な申出を文章で行うよう要求しましょう。
社内協議と、顧問弁護士への相談
猶予に応じることで、自社にどのようなリスクが生じるかを検討する必要があります。一般には、次のようなデメリットがあります。
- 支払いがないまま時効が進行する。
- 他の債権者よりも優先されなくなる。
- 支払猶予が債権放棄であると誤解される。
- 未払いのまま債務者が破産してしまう。
これらのリスクを顕在化させないためにも、支払猶予に応じる際は、時効が進行してしまわないよう管理し、債権放棄と誤解されないような文面とするなどのポイントに注意してください。
法的なリスクを回避するには、顧問弁護士の関与が極めて重要です。
猶予の可否を判断する
収集した情報をもとに猶予の可否を判断してください。
安易に相手の説明を鵜呑みにして支払猶予に応じれば、債権回収に失敗する危険があります。業績悪化は事実でも、まだ余力はあり、他の債権者と比べて軽くみられただけの可能性もあります。全く支払い余力がなく倒産間近だったとしても、やはり猶予に応じるのは得策ではありません。
一方で、支払猶予を要請されたからといって必ずしも経営が破綻するとは限らず、合理的な返済計画であれば回収の確実性が高いケースもあります。
次の事情を考慮して、慎重に検討してください。
- 債権額と支払期限
- 債権の種類
- 担保の有無(連帯保証人、抵当権など)
- 取引先の重要度
- 今後の関係が継続するか
- 連鎖倒産が起こる可能性
- 債権回収の見込み
支払猶予をするかどうかを決めるのに、最も重要なのが「今後の債権回収の見通しが立つかどうか」という点です。回収可能性が低いと判断する場合には、支払猶予に応じるのではなく、早期に債権回収のプロセスを進めるべきケースもあります。
「債権回収の裁判の流れ」の解説

条件を提示して交渉する
支払猶予に応じるべきであると判断したら、次に条件交渉をします。
応じるにしても、一方的に相手の言い分を受け入れるのではなく、対案を提示するなどして、自社にとって有利な条件とする努力をしましょう。
例えば、取りうる手段には、次のような選択肢があります。
- 分割払いとする(支払額・支払期限を交渉する)。
- 一定額の頭金を支払わせる(一部弁済)。
- 利息や遅延損害金を定める(法定利率以上の合意をする)。
- 期限の利益喪失条項(1回でも遅延すれば全額請求可能)を盛り込む。
- 新たな担保を取得する(抵当権、連帯保証人、債権譲渡担保など)。
これらの交渉内容はいずれも、支払猶予後の合意を債務者が守らなかった場合のペナルティを設定することによって、自社のリスクを抑える手段となります。
書面(合意書・覚書など)を締結する
支払猶予への対応の最終段階として、書面による合意を取り交わします。
口約束では、後に言った・言わないの水掛け論になってトラブルに発展します。特に、自社が支払猶予を要請された側の場合、「猶予に応じる」という譲歩をするわけですから、その約束が必ず守られるよう、書面による合意は不可欠です。
書面に記載しておくべき項目は、例えば次の通りです。
- 対象債権の金額・発生日・支払期限
- 支払猶予後の期限や、新たな支払スケジュール
- 遅延損害金や利息の取扱い
- 担保・保証の有無
- 分割払いと期限の利益喪失条項
- 解決に至らない場合の対応(訴訟など)
合意書の文言においても、債権の「放棄」や「免除」であると誤解されるような文言は避け、時効期間にもくれぐれも注意しましょう。
合意内容を公正証書としておけば、取引先が約束通りに支払わなかった場合に、訴訟を経ず、強制執行によって直ちに財産を差し押さえることができます。
支払猶予に応じる際の注意点
次に、支払猶予に応じる際に、トラブルを防ぐための注意点を解説します。
相手の事情に配慮し、柔軟に対応するのが支払猶予ですが、債権者にとっては債権が未回収となるリスクを伴うので、慎重な対応が必要となります。
回収不能リスクを検討する
支払猶予に応じることは、約束通りに支払われなかった事実を容認したことを意味します。
猶予期間中に債務者の経営が悪化し、最終的に支払不能となれば、債権は回収できず、損失が確定します。債権者が多数であったり、債務が多額だったりすると、自社が支払猶予に応じたところで、倒産を回避できないケースもあります。
回収不能を防止するには、相手の信用状態を再評価する必要があります。支払猶予に応じるとしても、長期化や慢性化は避け、段階的な分割払いを基本とするよう注意してください。
「入金遅延の対応方法」の解説

情報収集のラストチャンスである
支払猶予を要請されたタイミングは、取引先の情報を収集できるラストチャンスです。
というのも、更に業績が悪化して倒産に向かう場合、弁護士に依頼されれば代表者や担当者と直接連絡を取って交渉することはできませんし、最悪は「夜逃げ」されるケースもあります。支払猶予に応じてもらいたい相手は、こちらの要求もある程度飲まざるを得ないので、必要な資料や情報を、可能な限り引き出しておきましょう。
この段階で入手した資料は、今後の債権回収において、他社に先んじて債権の回収を図る際の「武器」にもなります。
再度の猶予は特に慎重に検討する
再度の猶予の申出があった場合は、初回以上に慎重になってください。
一度目の猶予は、相手の事情を理解して柔軟に応じたとしても、その約束すら果たせない場合、相手の支払能力や誠実さを疑わざるを得ません。一度目の分割払いや期限の延期は、「猶予すれば払える」という見通しに基づいて設定しているはずです。猶予の申出が繰り返されるようでは、もはや信頼は損なわれ、債権回収の可能性も低下していると見るべきです。
再度の猶予は、倒産に向けた「時間稼ぎ」に過ぎない可能性も大いにあります。したがって、よほど説得力のある資料や根拠が示されたり、相当額の頭金や担保提供などが提示されない限り、「拒否するのが原則」と考えるべきです。
債務者の事情に同情する気持ちがあっても、自社の経営を最優先に考えるべきです。
支払猶予を断る場合の対応
最後に、支払猶予を断る場合(応じない場合)の対応についても解説します。
支払猶予の申出に、常に応じなければならない義務があるわけではありません。むしろ、債務者の支払い能力が明らかに欠如している場合や、猶予によって債権回収が危うくなると予想される場合、断固として断るのが正しい判断です。
断る際に重要なポイントは、次の通りです。
断る理由を説明する
支払猶予の申出を断るとしても、これまで取引先や顧客であったなら、理由を説明しておいた方が無難でしょう。今後も取引関係が続くなら、関係性に配慮しなければなりません。
例えば、次のような説明が考えられます。
【支払猶予の理由が乏しい】
- 支払猶予の申出の理由が曖昧である。
- 理由の根拠が十分示されていない。
- 過去にも複数回の猶予があり誠実な履行が期待できない。
- 単なる先延ばしであると疑われる。
【回収不能となるリスクが高い】
- 他社にも多くの未回収債務がある。
- 自社の債権が後回しにされている。
- 既に資産の差し押さえが実行された。
- 既に事業が停止していて、新たな収益の見込みがない。
このような状況下で猶予を安易に認めることは、債権の回収可能性を低下させるだけであって、経営判断として適切とは言えません。
速やかに債権回収に着手する
支払猶予に応じない場合、すぐにでも債権回収に着手した方がよいでしょう。
まずは内容証明で請求し、催告をしましょう。この際、「指定した期限を過ぎた場合は法的措置に移行する」ことを明記して警告します。弁護士名義で送付すれば、大きなプレッシャーになります。次に、債務者に財産(預金、不動産、売掛金など)があるときは、訴訟に先立って財産を保全する、仮差押えの申立を行っておくのがよいでしょう。
特に、債務者が他の債権者からも請求を受けている可能性があるときは、先手を打つために、財産の保全処分を検討してください。
まとめ

今回は、取引先から支払猶予の要請があった際の対応について解説しました。
支払猶予は、取引先や顧客との信頼関係を維持しながら、一方で債権の保全を図らなければならない重要な局面です。要請を受けたら、感情的に対応するのではなく、相手の事情を汲み取り、支払い能力や未回収となるリスクを見極めた上で冷静に判断しなければなりません。
支払猶予の要請に応じる場合は、口頭の約束で済ませるのでなく、合意事項は必ず書面化しておくことが大切です。また、相手の要請に応じて譲歩するなら、担保の取得や違約金条項の追加など、有利な条項を交渉しておくべきでしょう。
支払猶予を求められる万一の場面でも慌てないよう、事前に知識を備えておくことは、リスク回避の役に立ちます。判断に悩むときは、ぜひ弁護士に相談してください。
- 支払猶予の要請を受けたら、応じるか判断するための資料入手が最優先
- 支払猶予に応じる場合は、書面による合意がリスク回避のために必須
- 支払いを猶予するかどうかは、情に流されず、経営リスクで判断する
\お気軽に問い合わせください/