投資家から投資を受ける場合に、会社に対して、取締役を派遣する権利を求められるケースがあります。
投資をして株式を保有し、会社の経営に大きな影響力を持つことができたとしても、投資家自身が経営を行うことができるわけではありません。
株式会社の場合「所有と経営の分離」といって、株式を持つ株主と、経営を行う取締役は明確に区別されているからです。
そこで、取締役会における意思決定に影響を与え、他の取締役を監督し、会社の経営状態をチェックするため、投資家は、自分の息のかかった取締役を派遣することを求めるわけです。
今回は、投資家から取締役の派遣を求められたベンチャーがどう対応すべきかを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. なぜ取締役の派遣が求められるの?
なぜ、投資家が、会社へ取締役を派遣させるように求めるのでしょうか。
エンジェル投資家やVC(ベンチャーキャピタル)が投資をする際に、取締役を派遣することを求める場合があるのは、主に次のような理由からです。
1.1. 経営に対する監督
株式会社の経営は、主に取締役会(もしくは取締役)によって行われます。
取締役会が設置されている場合、経営に関する重要な決定事項は、「取締役会の過半数」の賛成によって決められます。
株式会社は、「所有と経営の分離」といって、取締役会設置会社の場合には、株主総会で決定することとなっている一定事項についても、取締役会の決議で代替できるようになります。
そのため、投資家がその出資によって株式を保有していたとしても、過半数の株式をもって取締役を「解任」する以外には、取締役会の決議を左右することはできなくなります。
たとえ、投資家が自分の息のかかった取締役を送り込んだとしても、取締役会の過半数を占めることができなければ、結局は取締役会の決議を左右することができないことに変わりはありません。
しかし、派遣する取締役が1名のみであったとしても、次のような重要な意味があります。
- 少数派の反対意見を付することによって、注意喚起、警告を行う効果がある。
- 反対意見を無視して無謀な経営を行った場合、善管注意義務違反(経営判断の原則違反)の責任を追及しやすくなる。
投資家から派遣される取締役が、取締役会の過半数に満たない人数であったからといって軽く見ることなく、慎重に検討しなければなりません。
1.2. 会社情報の把握
取締役の義務として、他の取締役の業務執行を監督する義務があります。そのため、取締役は、他の取締役の業務執行など、会社の経営に関する重要な情報を、取締役はすべて知り得る地位にあるわけです。
そのため、取締役を派遣するということは、会社の経営に関する重要な情報を知ることができるということを意味します。
投資家が、会社の重要情報について、「適切なタイミングで知りたい。」という要望を満たすために、取締役の派遣を希望する意味があります。
ただし、取締役は、会社に対する「善管注意義務」を有しているため、取締役に派遣されたからといって、取締役自身がその地位に基づいて知った情報を投資家に対して無条件に知らせてよいわけではありません。
投資家が派遣した取締役から情報の開示を受けるためには、その都度会社の同意を得るか、「投資契約」において会社の同意を定めておくことが必要となります。
2. 取締役の派遣を受け入れるべきか?
エンジェル投資家やVC(ベンチャーキャピタル)など、投資する側が、ベンチャー企業に対して取締役を派遣することを要望する理由は、十分ご理解いただけたのではないでしょうか。
では、この取締役派遣の希望に対し、ベンチャー企業は応じるべきでしょうか。それとも、拒絶するべきでしょうか。
その投資家による出資の経営に与える影響や重大性によってもケースバイケースであり、一概にはいえませんが、一般的には、ベンチャー側としては、取締役の受け入れには慎重になるべきです。
例えば、次のような代替手段によって、上記の目的「経営に対する監督」、「会社情報の把握」を達成することができないか、投資家を説得することができないかを検討してみてください。
- 取締役会にオブザーバーとして参加してもらう。
:いずれにしても投資家側の取締役のみで過半数を占めることができず、意見を言って注意喚起をすることに意味がある場合には、オブザーバーとしての参加でも十分な効果があります。 - 投資契約を締結し、情報開示請求権を与える。
:取締役を派遣しなくとも、投資家が会社の情報を把握しておくことは必須であり、投資契約上に定めた権利で対応することが可能です。
3. 取締役の派遣を受け入れるときの注意ポイント
以上のことを検討した上で、「投資家からの『取締役を派遣する。』という要望を受け入れる。」という決断をベンチャー側が行った場合、これをより慎重に進めるため、次の注意ポイントを念頭においてください。
3.1. 取締役会の過半数の議決権を確保しておく
取締役会の決議は、「過半数の賛成」によって決まります。
そのため、過半数の議決権を、投資家から派遣された取締役が占めることは、回避すべきことです。
平常時は、過半数の議決権をベンチャー側が握っていたとしても、次のような特別な事情によって、投資家から派遣された取締役が、取締役会の過半数を占めることもあり得るため、注意が必要となります。
- 会社側が選任した取締役に内紛が起こり、寝返りが発生した。
- 会社側が選任した取締役の一部が、利害関係を有する取締役として決議に参加できない。
投資家の選任した取締役が過半数に満たないようにするためには、余裕をもった人数構成とする必要があります。
なお、投資家が、会社の発行株式の過半数を有している場合には、取締役の選任・解任によって取締役会の過半数を、自分の意見に賛成する取締役に変更することも可能です。
ただ、このように投資家が株式の過半数を有する場合であっても、次の事情から、スピーディに取締役会の人数を調整することは困難です
- 株主総会を招集するためには、取締役会の決議が必要となる。
- 株主総会を招集するためには、一定期間前の招集通知が必要となる。
- 株主総会によって取締役を解任するとしても、正当な理由がない限り損害賠償が必要となる。
したがって、投資化が株式の過半数を有する場合であっても、やはり平常時から、過半数を意識した人数調整が必要です。
3.2. 利益相反が生じないようにする
エンジェル投資家やVC(ベンチャーキャピタル)などの投資家から派遣をされた取締役であっても、その投資家の利益のためだけに業務執行、監督を行ってよいわけではありません。
取締役は、会社との間に委任契約を締結しており、会社に対して「善管注意義務」を負っています。
そのため、取締役は、会社の利益のために業務執行、監督を行わなければなりません。
しかし、会社全体の利益と、1人の投資家の利益は、時として相反するときがあります。
例えば、当該投資家の株式持分割合を希釈化する追加の資金調達に関する取締役会のケースなどが、この「取締役の利益相反」のケースにあたります。
会社としては、取締役会の決議が不適切なものとならないよう、利益相反の生じるおそれのある取締役の取り扱いを、慎重に検討する必要があります。
3.3. 経営に対する責任の程度を明確にする
投資家から派遣された取締役も、他の取締役と同様、経営に対する責任を負っています。
自身が賛成した議案によって会社に損害が生じた場合には、「取締役の責任」として損害賠償責任を負うおそれがあります。
また、この議案に、投資家が派遣した取締役が賛成した場合には、その投資家もまた、少なくとも議案について黙認したものと評価されるケースが少なくありません。
会社法では、定款の定めに基づいて、業務執行を行わない取締役と会社との間で、「責任限定契約」を締結し、取締役の責任を限定することができます。
3.4. 取締役の人選に注意する
投資家から派遣される取締役について、会社側としても、「誰でも良い。」というわけにはいきません。
取締役として取締役会に参加する以上、会社のメンバーとして加わるわけで、会社側としても適切な人選がなされていなければならないからです。
取締役の派遣を受け入れること自体には同意していたとしても、経営に悪影響を与えるような人物が取締役に加われば、会社の成長がストップしかねません。
4. 投資家の派遣する取締役を選任する方法
投資家の派遣する取締役が、無事、取締役と選任される権利を担保するためには、次のような方法があります。
- 議決権の過半数を有する株主との間で、投資契約において、取締役を選任する権利があることを定めておく方法
- 種類株式を発行し、取締役選任権を定め、特定の種類株主の総会で取締役が選任できるようにしておく方法
なお、「選任」について規定しておくと同時に、「解任」についても、その取締役を指名した投資家の同意を要件とする旨を定めておきましょう。
5. まとめ
エンジェル投資家、VC(ベンチャーキャピタル)等の投資家は、ベンチャー企業に投資する際、その経営に関する監督に実効性を持たせるため、かつ、会社の重要な情報について適時適切に取得できるようにしておくため、取締役の派遣を求める場合があります。
ベンチャー企業側としては、投資家の意図をくみ取り、取締役の派遣以外の方法によって目的を達成することができないかどうかを、まず検討してください。
また、取締役の派遣を受け入れる場合であっても、上記で解説した注意ポイントを念頭に置き、また、適切な選任方法を踏む必要があります。
投資家から派遣されているとはいえ、あくまでも会社の取締役として業務執行、監督を行うわけです。
会社の成長にとって「取締役の受け入れ」という選択肢が良いかどうか、十分吟味が必要です。