会社員の方が、「起業しよう!」と考えたとしても、すぐに会社を退職して起業することには、大きなリスクがあります。
できれば、副業からはじめて少しずつ軌道に乗せ、うまくいき始めたところで会社を退職して起業したい、という考えの方が多いのではないでしょうか。
しかし一方で、副業・兼業が禁止されている会社も多いですし、副業や起業準備に精を出すあまりに、会社の仕事が手につかず、解雇されてしまっては元も子もありません。
中途半端な状況になって解雇されてしまえば、周囲からの評価も大きく下がってしまいます。
「副業から始める起業準備」を、労働法などの法律のルールにしたがって適切に行うには、どのようにしたらよいのでしょうか。
今回は、退職前の起業準備、副業からはじめる起業準備の正しい進め方について、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
目次
1. 副業はほんとに禁止?
まず、「副業から始める起業準備」を始めるとき、会社に在籍しながらにして副業することができるのかどうか、を検討しなければなりません。
「副業」から起業準備をしたいというサラリーマンのご相談には、次のようなお悩みがよくあります。
- 起業してうまくいく事業内容かどうかを試しておきたい。
- 最初から起業一本だと資金的な余裕が足りない。
「副業禁止」という会社のルールについて、弁護士が法律的な観点から解説していきます。
1.1. 副業禁止の会社の考え方
最近、次のような事情から、副業をOKとする会社が増えています。
- 少子高齢化により労働力人口が減ってきたこと。
- 女性、高齢者や、要介護者を抱える方などの労働力の活用が必要であること。
- 経営状況の悪化により会社の給与のみでは生計が立てられないこと。
しかし、日本の伝統的な雇用慣行からすれば、「終身雇用」の文化があり、兼業禁止が根強く残る会社も多くあります。
会社と雇用契約を結んではたらいている労働者の場合、「職務専念義務」があります。
「職務専念義務」とは、雇用契約で決められた所定労働時間中は、会社の仕事に専念しなければならないという義務です。
「職務専念義務」との関係で、副業を行うことが許されているとしても、「会社の仕事に迷惑をかけない範囲で」、ということが大前提となります。
1.2. 就業規則をチェック
会社内のルールは、「就業規則」に記載されています。
そこで、会社が副業・兼業についてどのように考えているかは、就業規則に記載された内容を読めば、理解することができます。
まずは、自分が行おうとしている起業準備を会社が許してくれるかどうか、兼業についての「就業規則」の記載事項をよく読むようにしましょう。
法律に違反していない限りは、「就業規則」が会社内のルールとなりますので、「就業規則」の記載には従う必要があります。
1.3. 副業・兼業は「自由」が原則
憲法上、すべての国民には「営業の自由が認められています。これは、どのような仕事をするか、雇用されるか独立するかなどは、個人の自由で決定することができるというものです。
憲法の条文には、次のように書いてあります。
憲法22条1項何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
法律上の原則では、本来的には兼業・副業は「自由」です。
しかし、雇用契約を締結し、給料をもらっている以上、会社の仕事をしっかりとしなければなりませんから、この「憲法上の自由」にも一定の制限があります。
この「制限」が、さきほど解説した「職務専念義務」です。
「職務専念義務」が効果を有する範囲は、あくまでも所定労働時間(ないし指示された残業時間)の範囲ですから、それ以上にプライベートの時間にまで「副業をしてはいけない。」と決めることできません。
例外的に、従業員が行う兼業が、会社に迷惑をかける場合には、「職務専念義務」の範囲外、つまり、プライベートの時間に行われる副業も禁止することができます。
例えば、ライバル企業の副業を行い、ノウハウが漏れる可能性があるなど、会社の業務に支障を与える兼業は禁止することが可能です。
1.4. よくある兼業禁止ケースと対応
兼業・副業が禁止されている会社には、全面的に禁止しているケース、条件付きで禁止しているケースの2パターンが考えられます。
副業を全面的に禁止しているケースで、所定労働時間外での副業も、一切の限定なく禁止をしている場合には、既に解説したとおり、法律的には文句をいって争うことも不可能ではありません。
条件付で兼業を禁止しているケースの例としては、たとえば次のようなルールがあります。
- 就業時間中は、他の会社の業務に従事してはならない。
- 兼業を許可制としている。
- 兼業を届出制としている。
- 同業他社での就業という兼業のみ禁止している。
- 風俗業など会社の名誉・信用を棄損する兼業のみ禁止している。
- 会社があらかじめ列挙した副業のみ許可している。
兼業・副業が禁止されている場合、発覚すると、懲戒処分とされたり、退職金を減額・没収されたりするおそれがあります。
どの程度の行為が許され、どこからが禁止となっているかは、会社内部で定めている兼業許可の基準などによっても、会社ごとに兼業・副業ルールはさまざまです。
1.5. 円満退職が鉄則!
以上で解説したとおり、法律的に戦った場合には、「副業から始める起業準備」が、会社に在籍している最中から押し通せる可能性は高いといえます。
とはいえ、会社を退職して起業することを検討しているのであれば、今勤めている会社とも、できる限り揉めないようにする方がよいでしょう。
在職中の会社から円満に退職して起業できれば、次のようなメリットがあります。
- 会社で得たノウハウ・知識・経験を、同業種での起業に生かすことができる。
- 在籍していた会社が将来の取引先、顧客となることが期待できる。
2. 起業準備中に注意すべき「お金」のポイント
以上の検討をもとに、副業による起業準備が可能となった場合、副業、起業準備の最中に注意しておくべきポイントについて、弁護士が解説します。
今後、起業して自分の会社を経営していくことを検討されているのであれば、副業の時点から、しっかりと知識をつけておきましょう。
特に、税金、費用など、「お金に関する知識」は非常に重要です。
2.1. 副業で得た所得の税金
会社の許可を得て副業をする場合であっても、副業で得た収入は、給料とは別となります。
税金の関係では、副業で得た収入について「確定申告」を自分で行わなければなりません。給与は会社が源泉徴収してくれますが、副業で得た収入は自分で納税しなければなりません。
起業をして自分の会社を起こすということは、「自分のことは自分でやらなければいけない。」ということです。
つまり、確定申告は、これまでの所得税の源泉徴収のように会社任せにできませんから、「起業準備」の一環と思ってしっかりと取り組んでおきましょう。
個人事業主の確定申告の要点は次の通りです。副業で得た収入がかなり高い方は、税理士に税務申告を任せるのがよいでしょう。
- 各年の1月から12月までに得た収入の申告を行う。
- 申告期限は翌年2月16日から3月15日。
- 申告先は管轄の税務署。
- 確定申告書に記載し、税務署に提出する。
- e-taxによって、オンライン申請が可能。
2.2. 副業収入は会社にバレない?
万が一、会社に許可を得ずにこっそり副業をしながら起業準備をしている方は、納税したことによって、会社に副業がバレないか心配になることでしょう(税務申告をしないと「脱税」となり、犯罪にもなりかねないためオススメできません。)。
副業をおこなっている事実が会社に発覚する一番のポイントは、「住民税の特別徴収」です。
住民税の徴収方法には「特別徴収」と「普通徴収」があり、「特別徴収」は、住民税を会社からもらう給与から天引きする方法、「普通徴収」は自分で納付する方法です。
住民税を特別徴収の方法によって給与から天引きしてしまうと、「他の社員と住民税の金額が違う!」ことにより、会社の経理の人が副業に気付いてしまいます。
住民税は収入に比例するので、給与分以外にも副業収入があると、住民税の金額が高くなるからです。
2.3. 起業準備の費用は「経費」
会社を設立して起業するためには、非常に多くの費用がかかります。
会社に在籍しながら副業によって起業準備を始めた場合でも同じことです。会社に在籍しているため、給与をもらうことができますから、ある程度資金には余裕があるでしょうが、無駄遣いはできません。
少しでも税金を減らすためにも「起業準備にかかった費用は、経費に計上できる。」という原則をおぼえておきましょう。
ただし、個人事業主として起業するか、会社設立をして法人として起業するかによって、開業費になるかどうかは少し基準が違ってきます。
具体的には、法人の場合には、法人の設立に要した「創立費」と、法人設立後に支出した「開業費」の2種類が経費計上できます。
- 設立準備のために賃借した事務所の賃料
- 設立登記に必要となる費用
- 設立準備のためのスタッフの給与
- 法人設立後の印鑑代・名刺代
- 法人設立後の挨拶状の費用
- 法人設立後の交通費
一方で、個人事業主の場合には、上の説明のうち「開業費」のみしか経費計上できませんが、開業後だけでなく、開業前のものも経費計上できます。
したがって、起業準備中であっても、支出した費用は、すべて領収証をとっておくようにしてください。領収証が発行されない経費も、支払伝票に記載して経費計上できます。
3. 有給休暇を消化して起業準備ができるか
副業からはじめた事業が好調で、「そろそろ退職して起業しようかな?」と考えるとき、気になるのが「有給休暇の消化」です。
有給休暇は、労働基準法において、労働者に対して与えられた権利です。一定以上働いた労働者に、給料をもらいながら休むことのできる休暇を与えるという制度です。
ある程度の期間働き続けた場合には、退職して起業しようと思い立ったときには、相当日数の有給休暇が、未消化のまま残っていることもあるでしょう。
有給休暇の取得は、会社の許可が必要なものではなく、退職直前の消化であれば、他の日にとることもできないため、まとめて消化することが可能です。
ただし、注意しなければならないのは、有給休暇中であって、起業の準備をしていたとしても、退職するまでは労働者のままであるということです。
したがって、ライバル会社での副業など、労働者として認められない行為は、「まだ行ってはならない。」ということです。
4. 退職時の注意ポイント
ここまでで、在籍中の起業準備がほぼ完了して、あとは退職するのみです。しかし、ここで気を抜いてはいけません。スタートはここからなのです。
退職時にも、法的に注意しておかなければならないポイントがあります。退職時につまづいてしまうと、順風満帆で起業のスタートをきることは難しいと言わざるを得ないでしょう。
4.1. 違法な引抜き行為に注意
退職して起業をするタイミングとなると、担当していた取引先の会社などへあいさつ回りをすることが通常です。
しかし、起業後の事業の過度な宣伝をすることは、在籍中の会社から「顧客引き抜きである。」という理由でトラブルとなるおそれがありますから、慎重な対応が必要です。
なお、次のようなケースでは、退職あいさつの際の引き抜きにあまり注意する必要はありません。むしろ、現在在籍中の会社と、起業後も円満に、助け合える関係が築けるかもしれません。
- 全く競合しない他事業での起業を考えているケース
- 在籍している会社が、一部顧客の引継ぎを認めてくれているケース
競合する事業を行う場合、あなたの起業後の会社か、現在の会社か、いずれと取引をするかは、資本主義の日本においては「自由競争」です。つまり、顧客の自由です。
しかし、過度な働きかけを行うことは、不法行為として損害賠償請求を行われてしまうおそれや、不正競争防止法違反となるおそれもありますので、十分注意してください。
4.2. 退職時の誓約書に注意
退職時、一般的に、「誓約書」とか、「秘密保持契約書」といった内容の書面にサインをさせる会社が多いのではないでしょうか。
この退職時の書面で会社が求めてくるのは、次の2つが多いです。
- 秘密保持義務
- 競業避止義務
在職中に知った会社の秘密を漏らしてはならないという「秘密保持義務」は、書面にしなくても当然のことであり、書面は確認程度のことが一般的です。
これに対して、「競業避止義務」は、本来であれば自由である憲法上の「営業の自由」を制限する内容であり、起業のさまたげとなるおそれがあります。
起業のさまたげとなるような、一方的に不利な内容の書面には、サインをしては絶対にいけません。
サインを強要されたり、サインをしないと退職時にトラブルが予想されたりする場合には、起業前に弁護士へ相談するのがよいでしょう。
5. まとめ
いざ起業を思い立ったとしても、資金的な都合上、すぐに退職して会社設立できるケースばかりではありません。
できる限りリスクを少なく起業するためにも、「副業」から始めるためには、円満にスムーズに行わなければなりません。
法律上、副業・兼業を正しく進めるためにはどのようにしたらよいか、基本的な知識を理解しておいてください。
新しいビジネスを始める場合、開業、起業前であっても、弁護士にこまめに相談しておくと、起業後に順調に経営を進める助けになります。