債務者である取引先が債権を全く支払ってくれないとき、「社長はお金があるのに・・・。」「役員は豪華な生活をしているのを知っている。」というケースがあります。
債権が未払となるような状況にまで経営悪化させたことについて、役員や社長の責任を追及したいというケースです。
しかし、たとえオーナー社長といえども、法的には、会社それ自体とは法人格が別であり、会社の債権回収を、社長、役員に対して責任追及はできないのが原則です。
もちろん、社長が連帯保証をしていれば、社長から債権回収できますが、そのようなケースばかりではありません。
会社の経営悪化、債務の未払について、役員、社長は、債権者に対してどこまで責任を負うべきなのでしょうか。特に、会社は倒産したけれど、社長の個人資産は非常に多いという場合に問題となります。
今回は、債権回収で、社長、役員の責任を追及する際に、注意すべきポイントを、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 役員を連帯保証人に!
まず、債権が未払になってからでは「身も蓋もない。」ことではありますが、債権の成立時に、未払となる可能性が高いのであれば、会社役員を連帯保証人にしておくことを検討すべきであったといえます。
特に、中小企業、ベンチャー企業のように、「社長の信用力=会社の信用力」であって、経営の安定感もそれほど高くない場合には、社長の連帯保証人を依頼するべきケースです。
連帯保証人として社長に連帯保証契約を締結してもらう場合には、事後にトラブルとならないよう、面前で、自筆での署名と押印をもらうことを原則と考えてください。
しかし、社長だからといって、会社の債務を個人保証しなければならないわけでは全くなく、連帯保証人とならなければいけない法的義務もありません。
したがって、連帯保証人を依頼したとしても、断られるケースもあります。
2. 取締役が負うべき義務は?
債権回収を行う際に、取締役に対して、「どのような責任を追及できるか?」ということは、裏返すと、すなわち、「取締役はどのような義務を負っているか?」ということです。
役員、社長は、取締役に任命された時点で、会社法上、一定の義務を負っており、その義務に違反した場合には、責任を負うこととなります。
したがって、まずは、会社法において定められた、取締役が負う「義務」について解説します。特に、債権回収の責任を追及するにあたっては、取締役の善管注意義務違反となるか、が重要です。
2.1. 善管注意義務・忠実義務
取締役は、一般的に、会社の業種や規模、会社の事業内容を考慮して、善良なる管理者としての注意義務を負います。
これを、取締役の「善管注意義務」といいます。どの程度の注意義務を負うかは、会社の業態、内容に応じて異なります。
更に、会社法では、この善管注意義務を具体化した「忠実義務」が定められています。これは、取締役が会社のために、法令、定款、総会決議を遵守し、会社のために忠実に職務を遂行すべき義務のことをいいます。
2.2. 他の取締役の監督義務・内部統制システム構築義務
すべての取締役は、他の取締役の業務執行を監視する義務を負っています。これを取締役の「監督義務」といいます。
したがって、他の取締役の義務違反行為があった場合に、これを知っていながら止めなかった取締役もまた、責任追及の対象となります。
また、取締役は、会社の業務を執行する期間として、株式会社の業務の適正を確保するための体制整備の責任を負います。
2.3. 取締役のその他の義務
その他、債権回収には直接的に関係はしませんが、取締役は、「利益相反取引に関する義務」、「競業避止義務」を負っています。
「利益相反取引」、「競業行為」について、取締役が無制約に行うことができるとすると会社の利益を害するため、一定の制約が課されています。
また、取締役は、会社の経営状況を正しく伝える義務があり、貸借対照表・損益計算書などの会計書類に虚偽の記載をしたり、虚偽の公告、登記をした場合には、取締役に対する責任追及をすることが可能です。
債権債務を契約によって負う場合、債務者となる会社の経営状態を調査しているのが通常ですから、この調査の際に参考にした会計書類や登記に虚偽記載がないかどうかも検討しておきましょう。
3. 取締役から債権回収をする方法は?
取締役が、以上のような義務を果たさないことを、「任務懈怠」といいます。任務懈怠による責任追及として、債権が未払となった責任を追及することができるのでしょうか。
裁判例は分かれており、実際、悪質なケースでは、債務が未払となってしまったことについて、取締役の任務懈怠責任を認めたケースもあります。
基本的には、「悪意または重過失」が要件ですから、取締役の責任追及によって債権回収を行うことは、非常に難しいケースではあるものの、最後の手段として十分検討しておく必要があります。
3.1. 取締役の第三者に対する責任
会社法429条では、取締役が任務懈怠によって、第三者に対して損害を負わせた場合には、取締役が悪意・重過失の場合、第三者が被った損害を賠償する責任を負うことを定めています。
この取締役の第三者に対する責任について、債権者による取締役に対する訴訟によって責任追及することが可能です。
例えば、会社が倒産してしまったことによって債権が回収できなくなってしまった債権者が、倒産させてしまったことについて取締役の責任を追及するといったケースが典型的です。
3.2. 債務未払の責任が認められやすいケース
例えば、次のようなケースでは、会社の債務が未払となっていることについて、取締役の任務懈怠責任が認められる可能性があるといえるでしょう。
- 経営の継続が困難である状況を明らかに認識していた。
- 代金支払いの見込がないことを知りながら在庫を仕入れた。
- 破綻の危機であることを知りながら投機的な経営を行った。
ただし、次で説明する「経営判断の原則」との関係で、どの程度の危機的状況を認識していれば、取締役の責任ありといえるかについては、ケースバイケースの慎重な判断が必要です。
3.3. 決議に賛成した取締役に責任追及
取締役会で賛成したすべての取締役は、以上の任務懈怠の責任を負う可能性があることから、決議に反対する取締役は、議事録にその旨の異議をとどめておくこととされています。
したがって、いざ債権者が、取締役に対して債務未払となってしまった責任を追及しようとする場合は、議事録に異議をとどめていない全ての取締役を相手とすることを検討します。
3.4. 名目的取締役への責任追及
「名目的取締役」といって、いわゆる名義貸し的な状態で名前を記載させていただけの人物についても、監督義務を怠ったとして責任追及の対象とすることを検討してください。
名目的である、ということが、むしろ、監督義務を怠っている事情を裏付けることになります。むしろ、取締役に名前を載せるということは、それだけの覚悟をしなければならないということです。
3.5. 任務懈怠責任の消滅時効
取締役の負うべき任務懈怠責任の消滅時効は、損害発生時から10年間とされています。したがって、損害発生から10年経過した場合には、取締役に対する責任追及も不可能になります。
なお、取締役を退任したとしても、当時取締役であったころの任務懈怠の責任は、引続き追及することが可能です。
4. 取締役が責任を負わない「経営判断の原則」
取締役の経営判断には、一定の裁量が認められるべきです。というのも、どのような場合であっても経営が失敗したら結果責任をとらなければならないとすれば、経営が委縮してしまうためです。
これを「経営判断の原則」といいます。
経営判断の原則では、次の2点を基準として、取締役の任務懈怠責任を判断します。
- 判断の前提となった事実認識に不注意な誤りがないこと
- 判断の過程・内容に著しく不合理なものがなかったこと
したがって、取締役による経営判断の誤りによって債権が回収不可能な状態に陥ったと主張し、取締役の責任追及を行う場合には、「経営判断の原則」に照らして責任追及が可能かどうかを検討する必要があります。
5. まとめ
今回は、会社の債務が未払となったとき、極端な例をいえば、会社が倒産してしまったとき、取締役の責任を追及することによって債権回収を実現することができるかどうか、について解説しました。
「経営判断の原則」という、取締役の経営責任を限定する法理はあるものの、取締役の行為が悪質であると考える場合には、取締役に対して責任追及をすることによって債権回収を図ることを検討されてはいかがでしょうか。
- 到底支払が無理な状況で契約をし、その結果、債務が未払となっている。
- 会社は倒産したのに、社長が贅沢な遊びばかりしている。
- 債務が支払えないといいながら、実際は止めるべき事業を継続している。
といったケースでは、企業法務、債権回収を得意とする弁護士へ相談し、取締役に対する責任追及を検討すべきであるといえるでしょう。