解雇を行ったけれども、労働者から「不当解雇だ!」と争われて就業規則を見たら、解雇理由の記載が不十分だった、という法律相談が少なくありません。
会社の基本的なルールを定める就業規則が、そもそも存在しないという会社は、早めに就業規則を作成することをオススメします。
解雇もまた、就業規則にしたがって行うのが原則ですが、就業規則に十分な解雇理由が書いていなかったとき、「普通解雇」、「懲戒解雇」などの解雇が可能なのでしょうか。
今回は、就業規則に書いていない解雇理由で解雇をすることについて、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。
1. 就業規則に書いていない理由で普通解雇
まず、解雇は、「普通解雇」、「懲戒解雇」、「整理解雇」に大きく分けることができます。
「普通解雇」と、それよりも重い「懲戒解雇」とでは、就業規則に書いてない理由で解雇できるかどうか、という問題についても、判断が異なります。
まずは、「普通解雇」の場合から解説していきます。
1.1. 普通解雇とは?
「普通解雇」とは、雇用契約によって労働者が会社に対して負う義務を、労働者が果たしていないことを理由として行う解雇のことです。
「懲戒解雇」よりも、その有効性が裁判所ではゆるやかに判断されるものの、「解雇権濫用法理」の適用を受けるため、合理的な理由がなければ、「不当解雇」として無効になります。
1.2. 就業規則に普通解雇理由がない場合
就業規則に書いていない理由で「普通解雇」してしまった場合、「不当解雇」と言われてしまうのでしょうか。
さきほど説明したとおり、「普通解雇」は、雇用契約上の義務を果たしていないことを理由としています。
そのため、雇用契約が成立していれば当然負うべき義務(例えば「誠実義務」、「守秘義務」、「競業避止義務」など)の違反は、就業規則に書いていなくても、当然に解雇理由となります。
1.3. 対応策
ここまでお読み頂けた経営者の方は、「普通解雇の場合には、就業規則に解雇理由を書かなくても解雇できる。」と理解されるかもしれませんが、それは間違いです。
というのも、解雇が有効となるかどうか、という問題とは別に、「労働者が納得するかどうか。」という問題があるからです。
事前に就業規則に記載して、解雇理由を知らせておくことで、普通解雇をしたときに、労働者の「納得感」を高め、労働審判、裁判や団体交渉などのトラブルを減らすことができます。
1.4. 一般条項による普通解雇
就業規則に普通解雇理由を明示して頂く理由について、法律上の理由、事実上の理由の2つがあることをお分かりいただけたでしょうか。
しかし、就業規則に、起こりうるすべてのケースに備えてすべての解雇理由を網羅しておくことは、事実上不可能です。
そこで、普通解雇理由を定めた規定の最後に、「その他、前各号に準ずる事由」といった具合に、一般条項を定めておくことが通常です。
「前各号に準ずるかどうか。」が争いになることを回避するために、「その他、雇用契約を継続することのできない事由があるとき」といった文言を推奨する場合もあります。
2. 就業規則に書いていない理由で懲戒解雇
次に、就業規則に書いていない理由で「懲戒解雇」する場合について解説します。
「懲戒解雇」は、企業秩序違反に対する制裁として下されるものですが、労働者の人生を左右する非常に厳しい処分です。
そのため、就業規則に書いていない理由で「懲戒解雇」することは、「普通解雇」にも増して許されません。
2.1. 懲戒解雇とは?
「懲戒解雇」は、会社が労働者に対して行う解雇のうち、労働者による企業秩序に違反する行為に対する制裁(ペナルティ)のことをいいます。
懲戒解雇をされてしまうと、労働者としては、「問題社員」のレッテルを貼られるため、再就職が困難になります。そのため、「懲戒解雇」は、事後的に労働審判や訴訟などの争いになりやすい解雇です。
2.2. 就業規則に懲戒解雇理由がない場合
懲戒解雇が、労働者にとって非常に厳しい処分であることから、就業規則上の根拠がなければ、懲戒解雇はできません。
そのため、就業規則に懲戒解雇理由と、その理由の場合にどのような懲戒処分が可能かが書いてなければ、懲戒解雇という処分を下すことができません。
2.3. 対応策
「普通解雇」の場合と異なり、「懲戒解雇」の場合には、そもそも雇用契約の内容に「懲戒権」が定められていなければできない処分です。
そのため、いざというときに、問題社員に対して「懲戒解雇」できるよう、就業規則に、懲戒解雇理由を網羅的に記載する必要があります。
就業規則に書いていない理由で懲戒解雇をすることは許されません。
2.4. 一般条項による懲戒解雇
最後に、「普通解雇」と同様に、「その他、前各号に準ずる事由」といった一般条項によって「懲戒解雇」することはどうでしょうか。
一般条項によって懲戒解雇をすることも、就業規則に書いてある理由であれば可能ではあるものの、「不意打ち解雇」であるとして、懲戒解雇が無効となるリスクは、普通解雇よりも高いと言わざるを得ません。
万が一、懲戒解雇理由が網羅的でなかったことによって一般条項を利用せざるを得ない場合であっても、解雇の前に、労働者に説明をし、弁明を求めるという手続きを徹底してください。
3. 就業規則に解雇理由を追加するときのポイント
ここまでお読みいただき、御社の就業規則をリーガルチェックしていただき、必要な条項を追加する必要がある、と感じた会社経営者の方も少なくないのではないでしょうか。
特に、次のようなケースでは、就業規則の改定が必須といえます。
- そもそも就業規則に懲戒解雇の規定がない場合
- 懲戒解雇理由に漏れがある場合(網羅的でない場合)
- 解雇理由に「一般条項」の定めがない場合
就業規則がそもそもなく、懲戒解雇の根拠もないというケースも同様です。
しかし、就業規則を、会社が一方的に変更する場合には、労働者を保護するためのルールに注意して進める必要があります。
3.1. 就業規則の不利益変更
就業規則の内容を、労働者に不利益に変更する場合には、「労働者全員の同意」か「変更の合理性」が必要とされます。
就業規則は、労働者の同意がなくても変更ができるため、一方的に不利益な変更をされることによって労働者の権利が害されることを防ぐためです。
3.2. 解雇理由の追加はできる
就業規則に解雇理由を付け加えたり、解雇理由の最後に「一般条項」を追加したりする変更は、解雇されるケースを増やすこととなるため、労働者に不利益な変更であると言わざるを得ません。
ただし、解雇理由としてごく一般的な条項を追加することには、企業秩序を維持する必要性が高いことから、「変更の合理性」が存在するといってよいでしょう。
4. まとめ
今回は、就業規則に書いていない理由で解雇したいという法律相談に対する回答について、弁護士が解説しました。
就業規則の整備が十分でなかったり、インターネット上の雛形、書式のコピーしかないといった場合には、弁護士に相談し、十分な就業規則を準備し、問題社員の解雇に備えてください。