厚生労働省が行った、平成28年「労働安全衛生調査結果(実態調査)」によれば、職場で強いストレスを感じたことがあると回答した労働者は、「59.5%」となりました。
会社の経営者として、これを高いと考えるのか、それとも低いと考えるのかはさておき、従業員の職場ストレスを改善するために、会社が方策を講じなければならないことは明らかです。
というのも、会社は、従業員(社員)を、健康で安全な労働環境で働いてもらう義務があることから、職場や仕事から強いストレスを感じる社員が半分以上もいる状況では、「安全配慮義務違反」となるおそれが非常に高いからです。
そこで今回は、企業の労働問題を得意とする弁護士が、従業員の職場ストレスを改善し、安全配慮義務違反の責任を追及されないために企業が行っておくべきポイントを解説していきます。
1. 従業員は何にストレスを感じている?
会社(使用者)として、従業員(社員)の職場におけるストレスを少しでも軽減するためには、まず、社員がどのような原因で強いストレスを感じてしまうのかを知っておく必要があります。
冒頭でも紹介しました「労働安全衛生調査(実態調査)」の平成28年の結果によれば、職場でストレスを感じると回答した59.5%の労働者のうち、ストレスの具体的内容は、次のとおりです。
- 仕事の質・量(53.8%)
- 仕事の失敗、責任の発生(38.5%)
- 対人関係(ハラスメントを含む)(30.5%)
1.1. 仕事の質・量によるストレス
仕事の質が社員にとってのストレスになる場合とは、大きく分けて2つの場合が考えられます。これらはいずれも、悪意をもって行っている場合には、違法なパワハラに該当するおそれのあるケースです。
- 従業員の能力、適性に見合わないほど過大な業務を与える。
- 従業員の能力、適性に見合った業務を与えず、過小な業務のみを行わせる。
次に、仕事の量が社員にとってのストレスになる場合とは、あまりに業務の量が多かったりノルマが高かったりすることから、違法な長時間労働が横行しているケースが考えられます。
社員に長時間労働を行わせると、労働基準法(労基法)に基づく残業代を支払わなければならないことはもちろん、長時間労働の結果、過労死、過労自殺、メンタルヘルスなどの事故となったときには、企業として安全配慮義務の責任を問われることとなります。
1.2. 仕事の失敗によるストレス
高度な仕事を任せれば任せるほど、責任は重大となり、失敗したときのストレスは大きくなります。
そのため、より高度な仕事、重要な仕事を任せている従業員ほど、強いストレスを感じている可能性のあることに配慮し、従業員のヘルスケアを行う必要があります。
特に、管理職(管理監督者)の場合には、深夜割増賃金以外の残業代を支払わないことから、労働時間の管理が適当になりがちですが、管理職ほど重要な仕事を任され、強いストレスを感じているおそれがあります。
1.3. ハラスメントによるストレス
セクハラ、パワハラなどのハラスメント行為は違法であり、直接の加害者となった労働者だけでなく、これを監督し、予防しなかった会社もまた、安全配慮義務違反の責任を負うこととなります。
ハラスメントによってストレスを感じている労働者が、「30%」も存在することに配慮し、ハラスメントがないかどうか、また、万が一起こってしまった場合に相談しやすい環境をつくることが重要です。
2. 従業員のストレスをケアする4つの方法
労働者が強いストレスを感じてしまうと、精神的な不調、すなわち、メンタルヘルスにつながります。
そして、精神疾患を発症してしまい、その原因が職場、仕事にあるとなれば、会社のケアが不十分であるとなると、精神疾患発症の責任を追及されざるを得ません。
また、精神疾患、メンタルヘルスとなったり、過労死、過労自殺など重大な事故になるほどの強度のストレスでなかったとしても、労働者のパフォーマンスの低下、生産性の減退につながり、会社としても損失が大きいといえます。
そこで、会社として、従業員のストレスをケアする4つの方法を、人事労務を得意とする弁護士がまとめました。
2.1. セルフケア
従業員の職場ストレスの「セルフケア」とは、従業員自らが行う、ストレスへの気付きと対応のことをいいます。
従業員自身が気付き、自発的に、有給休暇を使ったり、もっと重大な事態の場合には、休職を申し出たりするなど、ストレスを未然に防ぐことができれば、労働問題にならずに予防できる可能性も高いでしょう。
ただし、会社としても、「ストレスを感じるかどうかは個人の問題。」「従業員がセルフケアでなんとかすべき。」という態度では問題があり、次に解説するとおりのケアを行うとともに「セルフケア」をしやすい指導、教育体制や啓発が必要となります。
例えば、従業員が仕事による強いストレスを感じ、セルフケアをしようにも有給休暇すら満足に取得できない体制では、安全配慮義務違反といわれても仕方ありません。
2.2. ラインケア
従業員の職場ストレスの「ラインケア」とは、管理監督者が行う、職場への改善と相談対応のことをいいます。
「ライン」とは、指揮命令系統のことをいい、社長(経営者)がトップとなり、その下に取締役、管理職、部下と続く「ライン」のことをいいます。
従業員個人が、自分のストレスに気付いて「セルフケア」をするだけでは不十分な場合には、上司や管理職が労働者のストレスに気付き、積極的にケア(ラインケア)してあげる必要があります。
会社としても、管理職研修、役員研修を行うなどして「ラインケア」を行いやすいよう、上司の指導に努めなければなりません。
2.3. 産業医、衛生管理者等によるケア
会社では、常時50人以上の従業員を雇う事業場には、1人以上の産業医を置かなければならないことを義務付けられています。
そして、産業医は、随時労働者の健康に配慮する業務を行うほか、月100時間以上など、長時間労働の著しい労働者に対しては、面談をし、健康状態を確認しなければならないものとされています。
さきほど解説したとおり、従業員の職場ストレスの大きな原因が「仕事の量」にある以上、長時間労働や残業の問題は、特に健康、ストレスに配慮しなければならない兆候の1つとなるからです。
また、産業医のように外部の医学の専門家だけでなく、常時50人以上を雇用する事業場では、「衛生管理者」の資格を持つ従業員を、その規模に応じて設置することが、労働安全衛生法で義務付けられています。
2.4. 外部機関、専門家によるケア
産業医など、法律に定められた機関によるケアでいきとどかない職場ストレスについては、外部機関や専門家の手を借りてケアをする方法があります。
例えば、精神疾患に専門的な知識を持つカウンセラーや精神科医、相談員を会社内に配置し、従業員に対して、ストレスについてより相談しやすい環境をつくる、という方法があります。
更には、人事労務の専門的な知識、経験を持つ弁護士や社会保険労務士(社労士)の手を借りて、職場ストレスの大きな原因となっている長時間労働、ハラスメントを予防することも必要です。
当然ながら、違法な残業代未払い、過労死ラインを超えるほどの長時間労働、違法なパワハラ・セクハラなどがあってはなりませんから、相談、被害報告があれば、即座に対応が必要となります。
3. ストレスチェック制度について
労働安全衛生法の改正によって、「ストレスチェック制度」が導入されたことは知っている方も多いのではないでしょうか。
ストレスチェック制度は、50人以上の社員を雇用している事業場で、労働者の職場ストレスを把握するための方法として、医師または保健師による実施を義務付けられた制度です。また、ストレスチェックの結果「甲ストレス」と判定される労働者に対しては、特別のケアを求められます。
このように、一定の規模以上の会社に対して、労働者のストレスを把握し、ケアをするよう義務付けられたストレスチェック制度ですが、これはあくまでも一時点におけるストレスを把握して、危険度の高い労働者に対する応急措置を定めたに過ぎません。
したがって、ストレスチェック制度をきちんと行っている会社であっても、日常的に、労働者の職場ストレスについて配慮し、セルフケア、ラインケアなどの様々な方法でケアしなければならない必要性は変わりません。
4. ストレスは従業員個人の問題ではない!
会社の中には、社員が仕事によってストレスを感じていることに気付いていても、「ストレスは個人の問題だから。」、「ストレスは私生活で発散すればよい。」などと、職場ストレスの問題を放置している会社もあります。
しかし、会社(職場)が、労働者にとって1日の大半を過ごす場所であって、その労働環境をコントロールできるのが会社でしかない以上、労働者の安全、健康には、会社が配慮しなければなりません(安全配慮義務)。
従業員個人の問題ととらえることなく、労働者の現状、労働環境を把握し、適切なストレス改善に努めなければなりません。相談体制を整え、また、相談しやすい環境を整備しましょう。
実際、厚労省による上記の調査でも、相談したことでストレスが解消されたという回答は「31.7%」、相談によっては解消されなかったが気が楽になったという回答が「60.3%」という結果が出ています。
管理職(管理監督者)や上司、同僚、社長が、職場ストレスについて、「相談に応じる」という環境があるだけでも、職場ストレス問題の多くは解決できるケースもあるということです。
5. まとめ
今回は、労働者の感じる職場ストレスについて、その原因と、ストレスを取り除くために会社としてすべき対策、ケアについて、弁護士が解説しました。
労働安全衛生法の改正によって導入された「ストレスチェック」の制度が取りざたされ、従業員のストレスケアに注目が集まっていますが、「ストレスチェック」だけでなく、日常的なストレスへのケアの積み重ねも重要です。
会社内のストレスケアや、従業員の職場への不満の改善にお悩みの会社経営者の方は、人事労務を得意とする弁護士に、お気軽にご相談ください。