大手広告代理店「電通」の女性社員が、過労自殺をしたことに端を発して、書類送検となったニュースが記憶に新しいように、「働き方改革」とともに、労基署の存在感は日に日に増しています。
会社の経営者としても、労基署を無視して労働問題を考えることは、もはやできない状態といってよいでしょう。
会社側(使用者側)が、労働基準監督署(労基署)の手続の流れを理解し、どのように監督、調査し、どのように是正していくのかを理解することで、先手を打って対処し、労基署の調査に適切な対応をすべきです。
今回は、労基署の手続の流れ(監督から是正まで)の全手順を、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。
1. なぜ労基署の調査に準備するの?
労働問題が、日々ニュースをにぎわせている中で、労基署も、監督の手を強めています。
労基署の手続きの流れを説明する前に、まずは、なぜ労基署の調査に対して、会社側(使用者側)が準備する必要があるのかについて、弁護士が解説します。
1.1. 労基署の監督対象の変化
従来は、次のような、いわゆる「ブラック企業」がはびこる、違法な長時間労働の多い業種を中心に、特に「労災事故を予防する」という目的で監督をしていました。
- 運送業・運送会社
- 建設業・建設会社
- メーカー、工場
- 介護事業者
しかし、現在では、「働き方改革」のもと、違法な長時間労働による過労死、過労自殺、メンタルヘルスなどが問題視されているホワイトカラーにまで、残業代についての労基署の監督が及んでいます。
特に「かとく」による、全国展開している会社の本社に対する、組織的な調査、監督が強化されており、大企業も注意が必要となります。
1.2. 労基署の権限は強力!
労基署が捜査、監督を監視するということは、労基署の監督官がもっている、次のような強大な権限を行使されることを意味しています。
- 労働法違反の会社を逮捕、送検する権限
- 労働法違反の疑いのある会社に立ち入り検査する権限
- 帳簿書類などの提出を要求する権限
- 会社に対して出頭を命令し、報告をさせる権限
- 事業所の付属寄宿舎の使用停止権限
いずれも、会社側(使用者側)にとって、大きな影響力のある権限ですから、労基署の調査、監督対象とならないよう、事前準備をしておく重要性は十分ご理解いただけるのではないでしょうか。
2. 労基署の調査、監督の流れ【まとめ】
では、さっそく、労働基準監督署が、どのような流れで、調査、監督をし、会社(使用者)の法令違反に対して制裁(ペナルティ)を下すのかについて、弁護士が順に解説していきます。
労基署の動きについて、全体的な流れを理解していただくことによって、スピーディな対応が可能になります。
労基署が行う業務の流れは、主に次の順序となります。
- 捜査の端緒
:災害調査、定期監督、申告監督のいずれかの方法により、労基署の捜査が開始されます。 - 立ち入り調査(臨検)
:労基署の監督官が事業場に立ち入り、調査をします。 - 事情聴取
:労使双方の主張を、事情聴取によって究明します。 - 法令違反の有無の判断
:労基署が会社(使用者)に下す制裁(ペナルティ)を決めるため、労働法違反があったかどうかを判断します。 - 是正勧告・指導票
:労働法違反がある場合には是正勧告、違反とまでは言えない場合であっても指導票を出す場合があります。 - 再監督
:一度監督を受けると、是正されるまで再監督を受けることとなります。 - 逮捕、送検、刑事罰
:再監督でも改善が見られなかったり、重大かつ悪質な違反があったりすると、刑事処分となります。
【Step①】捜査の端緒
では早速、労基署の監督官による立ち入り調査、捜査、監督が、どのように開始されるのかについて、弁護士が解説していきます。
「どのように労基署の監督がスタートするのか?」を理解することによって、できるだけ、会社が労基署の監督の対象とはならないよう、十分な労務管理を進めていきましょう。
(1) 災害調査による開始
「災害調査」とは、会社内で、重大な労働災害が発生したときに、労基署の監督官が行う調査のことをいいます。
例えば、大手広告会社「電通」の送検事件であったように、違法な長時間労働を理由として労働者が過労自殺をしてしまったような場合には、これをきっかけに、労基署の監督官による捜査が進むことがあります。
「災害調査」による捜査を受けないためには、重大な労働災害、特に、長時間労働によるメンタルヘルス、過労死などを起こさない労務管理をすることが大切です。
間違っても、「労災隠し」となるような不正を行わないよう注意してください。
(2) 定期監督による開始
「定期監督」とは、労基署が計画的に事業所を選んで行う監督のことをいいます。
厚生労働省の年度計画に基づいて実行される「定期監督」は、およそ月10回程度の頻度で行われています。
(3) 申告監督による開始
「申告監督」とは、労働者から労基署に対する告発があったときに行われる、労基署の監督官による監督のことをいいます。
「申告監督」の場合には、あらかじめ会社(使用者)に事情聴取をして監督をすることもありますが、突然の事業場への立ち入り調査という可能性もあります。
「申告監督」を回避するためには、労働法違反がないよう、会社側(使用者側)で、定期的にチェックし、労働者から労基署への告発がなされないようにしておく必要があります。
労基署の発表によれば、労働者から労基署に対して「タレコミ」の最も多い労働問題が、次の2つです。
- 賃金の不払い
- 不当解雇
したがって、会社内の労働法違反はあってはならないことですが、特に「未払賃金」、「不当解雇」の労働トラブルは、労基署の監督対象となりやすいため、注意が必要です。
【Step②】立ち入り調査(臨検)
「災害調査」、「定期監督」、「申告監督」のいずれの方法によって監督がスタートした場合であっても、事業場への立ち入り調査が行われるのが通常です。
労基署が監督の対象としている労働法違反や、重大な災害は、事業場の現場をみることによってその原因が明らかとなり、労基署による是正が可能となると考えるからです。
この立ち入り調査(臨検)は、労働法違反が悪質かつ重大であるほど厳しく行われ、ケースによっては夜間の抜き打ち調査が行われる場合もあります。
立ち入り調査(臨検)の目的は、次の3つです。
- 労働法の法令違反があるかどうか
- 労働法違反、重大な災害の原因究明
- 再発防止
労基署の発表によれば、「定期監督」による立ち入り調査で、発覚することが特に多い労働法違反は、「違法な長時間労働」と「未払い残業代」についてのものです。
したがって、労働法違反はあってはならないことですが、特に、労働者の労働時間が長くなりすぎないよう注意が必要となります。
【Step③】是正勧告、指導票
監督官の臨検の結果、労働法への違反や不適切な点が発見された場合には、労基署は文書による指導を行います。
具体的には、労働法への違反がある場合には、「是正勧告」、労働法違反ではないものの是正すべき点が発見された場合には「指導票」が交付され、改善を促されます。
是正勧告や指導票を受けた会社(使用者)は、改善をし、定められた期限までに、「改善報告」を提出する必要があります。
改善方法を理解し、適切な報告をするためには、労働法の法律、裁判例の知識、経験が重要となりますので、労働法の専門家である弁護士にご依頼ください。
【Step④】再監督、刑事処分
是正勧告や指導票を出されてしまうと、その後、再度の監督が実施されることとなります。
労基署の発表資料によれば、再監督によって完全に是正されていた割合は「45.4%」に過ぎないとされていることから、再監督でも問題点が改善されていない会社には、更なる制裁(ペナルティ)が予想されます。
具体的には、特に重大、悪質なケースでは、「逮捕」、「書類送検」、「刑事罰」となるおそれがあります。
3. 労基署の方針を知っておく
労基署の監督対象となることを回避し、また、万が一監督対象となったとしても、立ち入り調査で労働法違反を指摘されないためには、労基署の調査方針を知っておくことが有効です。
厚生労働省と、各都道府県の労働局は、毎年4月に、労基署の1年間の方針をさだめた行政運営方針を発表しています。
2017年度の行政運営方針では、「働き方改革の推進」が重点課題としてとりあげられ、特に次の2つが、労基署の取り組む重大なテーマとして掲げられています。
- 長時間労働の是正
:残業をしているにもかかわらず、残業代が支払われない「サービス残業」の問題や、長時間労働による過労死、過労自殺、メンタルヘルスが、重大な問題とされています。 - 非正規雇用労働者の待遇改善
:同じ仕事をしているにもかかわらず「正社員ではない。」という理由だけで賃金に不合理な格差がある非正規社員の待遇を改善すべきとされています。
したがって、御社の中で、「違法な長時間労働」や、「同一労働同一賃金ルールに反する非正規労働者の処遇」といった労働問題がある場合には、弁護士にリーガルチェックを依頼した方がよいでしょう。
4. まとめ
今回は、社会的にも話題になっている「かとく」など、より勢いを強め、存在感を増している労基署の捜査、調査、監督の流れについて、弁護士がまとめました。
労基署の捜査を回避し、また、万が一調査の対象となったとしても監督に適切な対応をするためには、手続全体の流れを把握しておくことが重要です。
労働基準監督署への対応にお困りの会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に、お早目に法律相談ください。