債権回収をいかに図るか、その方法ばかりに気をとられ、つい忘れがちになってしまうこと、それが債権には「消滅時効」がある、ということです。
たとえ、多額の売掛金や貸付金などの債権をもっていても、時効により消滅してしまえば、もはや請求することはできません。
経営者の皆さんには、自社の未回収債権の時効について、一度確認してみることをおすすめします。
「忘れているうちに時効が完成してしまった。」という事態を避けるため、未払い債権が多い場合には、消滅時効の期間を適切に管理しておいてください。
消滅時効が完成したあと、債務者側が時効の消滅の主張(法的には「時効の援用」といいます。)をすると、債務者に対する権利は消滅してしまいます。
時効にかかりそうな債権がある場合には、債権の効力が消滅する前に早急に「時効の中断」のための手を打ちましょう。
今回は、時効の中断の方法とそのポイントについて、企業法務を得意とする弁護士が解説します。
1. 消滅時効と時効期間
まず、なぜ債権回収において消滅時効が重要であるかを理解していただくために、消滅時効がどのような趣旨の制度かを解説します。
1.1. 消滅時効とは
売掛金や貸付金などの債権は、一定の期間、行使しないままでいますと、時効にかかって消滅します。
債権が時効消滅すると、債権者は売掛金や貸付金を請求することができない、すなわち、未払債権の回収が失敗に終わってしまいます。これを「消滅時効」といいます。
「権利の上に眠る者は保護されない。」という意味で作られた制度とされています。
1.2. 「商事債権」の時効期間は短い!
一般的な民事上の債権の消滅時効期間は、原則的には10年です。例えば、個人間のお金の貸し借りは、10年経つと、消滅時効によって返済を請求することができなくなります。
しかし、企業間の取引により生じるいわゆる商事債権の時効の消滅期間は5年と、短く設定されています(商法522条本文)。
また、「売掛金」債権の時効の消滅期間は「2年」(民法173条・短期消滅時効)と、さらに短いので、現在、未払いの売掛金債権などの場合は、早急に時効をストップさせる手続をとることが必要です。
企業間の債権の消滅時効が、一般の消滅時効よりも短く設定されているのは、企業間の取引の方が、より素早く、権利関係を安定させる必要性が高いためとされています。
1.3. 特殊な消滅時効に注意
以上で解説した民事消滅時効、商事消滅時効に加えて、業種ごとに、5年よりも短い期間の時効期間によって消滅してしまう債権も存在します。
御社の行っている業種に合わせて、特殊な短期消滅時効にも十分注意しておいてください。
例えば、短期消滅時効の例は、次の通りです。
- 医師・助産師・薬剤師の医療・助産・調剤に関する債権
- 技師・棟梁・請負人の工事に関する債権
- 弁護士・弁護士法人・公証人の職務に関して受け取った書類についての義務に対する権利
- 弁護士・弁護士法人・公証人の職務に関する債権
- 生産者・卸売または小売商人の売掛代金債権
- 居職人・製造人の仕事に関する債権
- 学芸・技能の教育者の教育・衣食・寄宿に関する債権
その他、行為によっては特殊な短期消滅時効が設定されている場合がありますので、消滅時効の期間を判断するためには、民法などの法律に関する専門的な知識が必要となります。
2. 時効の中断
時効の中断とは、消滅時効の進行をストップさせることをいいます。
債権が時効消滅することにより不利益を受ける債権者を保護するための制度です。
2.1. 時効期間のリセットと新たな時効の開始
時効の中断がなされると、それまで経過していた時効期間は意味を失い、中断事由が終了した時から新たに時効の進行が開始します(民法157条1項)。
例えば、2年の短期消滅時効が設定されている売掛金債権の場合を例に取り上げます。
仮に、債権発生時から1年半の期間が経過している時点で時効の中断をした場合、それまでの1年半はリセットされます。時効期間は振り出しに戻り、新たにゼロから時効が進行していくのです。
2.2. 時効中断の効果は相対的なもの
時効の中断は、相対的な効果しか生じないのが原則です。つまり、当該債権の当事者およびその承継人との間においてのみにしか効力は生じません(民法148条)。
ただし、例外的に、当事者とその承継人以外の者に対しても中断の効力が及ぶ場合があります。
例えば、連帯債務者の1人に対して請求等をした場合には、他の連帯債務者に対しても中断の効力が及びます(同434条)。
また、主債務者に対して請求等をした場合には、保証人に対しても中断の効力が及びます(同457条1項)。
3. 時効中断の具体的な方法
時効を中断させるための方法には、下記の3つの方法があります。
- 請求
- 差押え・仮差押え又は仮処分
- 債務の承認
時効中断の具体的な方法について、順に説明していきます。
3.1. 「請求」
まず、債権の請求をすることによって、債権を行使することが、時効の中断の1つ目の方法です。
具体的には、裁判上の請求と、裁判外の請求によって、時効中断の効果の現れ方が区別されていますので、債務者との交渉の状況によって使い分ける必要があります。
3.1.1. 裁判「上」の請求(民法147条1号)
「裁判上の請求」の典型例は、売掛金や貸付金の返還請求訴訟といった訴訟を提起することです。
勝訴判決を獲得できた場合には、消滅時効の期間を10年に伸ばすことができます(同174条の2)。
しかしながら、この方法には時間と手間がかかります。時効の中断をするために、確定判決を勝ち取るか、仮執行宣言付判決に執行文付与の申立てをすることが必要だからです。
なお、訴訟を取下げた場合には、時効中断の効力がなくなります(同149条)。請求が棄却された場合にも、中断の効力は生じないとされていますので、注意しましょう。
「訴訟」のほかに、次の手続きも、時効中断事由としての「請求」となります。
- 支払督促
- 和解の申立ておよび調停の申立て
- 破産・再生・更生手続への参加
したがって、訴訟をはじめとした法的手続によって、時効中断の効果を得ることができるというわけです。
3.1.2. 裁判「外」の請求(民法153条)
上記のような裁判上の請求によらなくても、裁判「外」の請求によって、時効を中断させる方法があります。
時効完成が間近に迫っているものの、正式な中断方法をとる時間がない場合に活用したい方法、それが「催告」です。
もっとも、催告は、裁判上の請求の場合とは異なり、催告後「6か月以内」に訴訟や支払督促などの手続きをとらなければ、時効の進行を中断させることはできません。
つまり、催告による時効中断の効果は暫定的なものにしかすぎないのです。正式に時効をストップさせるまで、時効期間を6か月間延長することができる、というイメージをもっていただくと分かりやすいでしょう。
催告の方法は、口頭でも書面でもかまいませんが、催告をした事実とその日付の証拠を残すために、「配達証明付き内容証明郵便」で送るのが一般的です。ただし、催告による中断をくり返すことはできません。
3.2.「差押え・仮差押え又は仮処分」
民事執行における「差押え」や民事保全における「仮差押え」「仮処分」をすることにより、時効を中断させる方法もあります。
「差押え」とは、債権者が、強制執行や担保権の実行の申立てをすることにより、債務者が勝手に財産を処分するのを禁止することをいいます。
また、「仮差押え又は仮処分」とは、債権者が債務者の財産を差し押さえる前の段階で、債務者が財産を処分しないよう、財産を保全する手続きです。
なお、差押え・仮差押え又は仮処分のいずれも、申立てが取り消されたときは、時効中断の効力は生じません。
3.3. 「債務の承認」
時効の中断事由として代表的なものが、債務者による「債務の承認」です。
売掛金や貸付金などに関し、取引先企業から債務の承認を得ることができれば、その時点で時効は中断し、時効期間はゼロに戻ります。承認と一口にいっても色々なケースがあります。
「債務があります。」と債務の存在を認めることはもちろんのこと、債務額の一部について返済をしたり、「支払いを待ってください。」と申し入れることも債務の承認となります。黙示の方法によるものであってもかまいません。
債務の承認にあたるとされるのは、次のような場合です。
- 債務の存在を認める
- 一部弁済する
- 支払猶予を申し入れる
ところで、消滅時効が「完成した後」に債務の承認があった場合、どうなるのでしょうか。
時効期間はすでに経過していますので、時効が中断される、ということにはなりませんが、債務者は時効援用権を「喪失」します。もはや債務者は時効を援用しないであろう、と信頼した債権者の保護を目的としています。
3.3.1. 債務の存在を認める
債務者に対し、債務があることを認めさせる手段は、口頭・書面のいずれによるものでもかまいません。
口頭での場合は、録音テープや音声レコーダーで、承認した事実を録音し、証拠として残しましょう。
書面の場合、債務者から承認を得た日付を必ず明記した上で、今回の「承認」が何の債権に関するものなのか、特定することが重要です。
具体的には、以下のような文言が考えられます。
- 乙(債務者)は、甲(債権者)と乙との間に平成○年○月○日付けの売買契約に基づく○○万円の売掛債務があることを認める。
3.3.2. 一部弁済する
「一部弁済」とは、文字通り、債務者が債務の一部について弁済をすることです。
極端にいえば、債務者が1円でも返済すれば、それは「承認」となるのです。また、「利息」の支払いをした場合であっても「承認」となります。
3.3.3.支払猶予を申し入れる
「支払猶予」とは、債務者が債権者に対し、返済額の減額や返済期間の延長などを申し入れることです。
日頃から、取引先との間の債権債務関係や支払期日をリスト化し、期日がきたらすぐに支払請求をする、という徹底した姿勢をとることを心がけましょう。
そうすれば、債務者から支払猶予の申し出を受けることができ、時効を中断させることができるからです。
4. 消滅時効が近付いた場合の3つのQ&A
債権回収において、消滅時効を気にしなければいけないときに、企業が気を付けておきたい消滅時効の3つのチェックポイントについて、弁護士が解説します。
4.1. 裁判上の請求中に消滅時効期間が経過する場合は?
訴訟や支払督促などの裁判上の手続きをすることにより、時効の中断をすることができることは、既に解説したとおりです。
時効中断の効果が生ずるのは、執行力のある債務名義(確定判決や仮執行宣言付支払督促)を取得した時点です。
訴訟等の手続き中に時効期間が経過しそうな場合にはどうなるのかご心配でしょうが、少なくとも手続きが完了するまでは時効は中断している、と扱われますので安心してください。
つまり、訴訟や督促請求の継続中は、債務者が時効の援用をし、債権の効力を消滅させることはできなくなります。
4.2. 仮差押え及び仮処分に「異議」があったら?
債務者が仮差押え・仮処分の手続き中に保全異議の申立てをし、この申立てが認められた場合、時効中断の効果はなくなってしまいますので、覚えておいてください。
なぜなら、仮差押え・仮処分はあくまで一定期間、債務者が財産を処分しないための「仮の」手続きに過ぎず、「異議」が認められた場合には、保全の効力が消滅してしまうからです。
4.3. 債権回収のために債権譲渡を受けた場合、時効中断する?
企業間でよく利用される債権回収の一つに、債務者が有する債権を譲渡してもらう、いわゆる「債権譲渡」という方法があります。
しかし、債権譲渡により、譲渡される債権の時効は中断されません。
したがって、債務者から譲渡を受ける債権の時効の消滅期間にはとくに注意を払いましょう。
仮に譲渡債権の時効が残りわずかであることが判明した場合には即時に、その債権の時効を中断させるための手段をとっておきましょう。
5. まとめ
未払債権が時効で消滅しそうな経営者の方は、なるべく早く時効中断の手続きをとり、債権が時効消滅するのをストップさせる必要があります。
「時効の中断」手続きを円滑に行うためには、債権回収に長けた顧問弁護士に依頼するのがよいでしょう。