労働者が会社に対して「退職の意思表示」をしたけれども会社が認めず、引き留められたため、退職することができない、というトラブルが急増しています。
特に、中小企業などの「人手不足」がその一因であり、「自己都合退職トラブル」として社会問題化しています。
これに伴い「退職代行」というサービスも登場しており、退職の意思表示を労働者の代わりに会社に伝え、すぐに退職できるように交渉をする、という内容です。
今回は、会社側(使用者側)が、これらの「自己都合退職トラブル」や「退職代行サービス」に対して、どのように対応したらよいかについて、企業の人事労務を得意とする弁護士が解説します。
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自己都合退職トラブルとは?
自己都合退職トラブルとは、労働者が会社に対して自己都合退職の意思表示をしたものの、会社が無理な引き留めを行うなどしてこれに応じないことから起こる、退職時の労使トラブルです。
会社による不適切な例には、次のようなものがあります。いずれも、少子高齢化、労働力人口の減少などからくる「人手不足」が大きな原因になっています。
- 退職届・退職願を受理しない。
- 退職の意思表示を受けるべき上司が面談に応じない。
- 退職の手続を行わない(離職票、保険の身分喪失手続など)。
- 退職日までの有給休暇を取得させない。
- 会社の承諾を得ず退職したら損害賠償請求をすると脅す。
会社が、このように手練手管を用いて自己都合退職を認めずにトラブルが拡大していることから、「退職代行」というサービスが生まれ、労働者に代わって退職の交渉をする弁護士も増えています。
弁護士以外の業者が提供する「退職代行」サービスは、業務範囲によっては、「非弁行為」という弁護士法違反の行為に該当する可能性があります。
「解雇トラブル件数」と「自己都合退職トラブル」件数の逆転
厚生労働省の統計データによれば、都道府県労働局と労働基準監督署に寄せられた、民事上の個別労働紛争相談のうち、「自己都合退職」についての相談は増えており、2番目に多い件数となっています。
この件数は、2015年度(平成27年度)を境に、「解雇トラブル」に関する相談件数を上回っています。
つまり、よく労使トラブルの典型例としてあげられる「解雇トラブル」よりも、自己都合退職トラブルのほうが多い状況なのです。
「人手不足」が叫ばれる中、「会社が労働者を一方的に辞めさせたい」という問題よりも、「辞めたいのに、辞めさせてくれない」と悩んでいる人のほうが多くなっています。
かつての不況によって増加し続けていた「解雇トラブル」が減少し、人手不足の現在では、自己都合退職トラブルが多くなっており、この傾向は、しばらくは続くものと考えられます。
自己都合退職は自由にできる?
民法上の原則として、「退職の自由」が労働者には認められています。つまり、会社を退職することを、会社が無理に止めることはできないということです。
労働者は、法律上、期間の定めなく雇用されていた場合には、「いつでも」雇用契約の解約を申し入れることができます。
そして、原則として、解約の申入れの日から2週間を経過したときに、雇用契約が終了します。このことに、会社の承諾、許可などは不要とされています。
この例外としては、次の2つの場合が定められています。
- 期間によって報酬を定めている場合
- 6か月以上の期間によって報酬を定めている場合
:期間の前半に退職申入れをすればその期間の末、期間の後半に退職申入れをすれば次の期間の末に退職できます。
:3か月前に解約の申入れをしなければなりません。
「期間の定めのない雇用」とは、例えば無期雇用の正社員のケースなどをイメージしてください。
また、期間の定めのある雇用の場合であっても、「やむを得ない事由」があれば、労働者は自由に会社を退社することができます。
関連する民法の条文は、以下のとおりです。
民法627条
1. 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
2. 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3. 6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、3箇月前にしなければならない。民法628条
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
自己都合退職トラブルへの対応方法【会社側】
会社側として、労働者による自己都合を、長期間食い止めておく強制的な方法はないものの、自己都合退職トラブルとなってしまわないための対応方法を理解していただく必要があります。
労働法についての正しい理解に基づいて対応していけば、自己都合退職トラブルを抑制することができ、従業員が長く働いてくれやすい労働環境を作ることができるからです。
就業規則に退職ルールを明記する
就業規則の「退職」の項目に、「自主退職の意思表示をするときは、退職日の3か月前に退職届を提出しなければならない」などのルールを定めている会社も少なくありません。
会社側としても、突然辞められてしまっては、業務の引継ぎを行う期間すらないからです。
しかし、さきほど解説した民法に定められたルールよりも厳しい就業規則の定めは、退職の自由を不当に妨げることから、「公序良俗違反」により無効と判断される危険があります。
とはいえ、就業規則に退職のルールを定め、周知しておくことは必須です。
就業規則に定めたルールが形骸化しないよう、合わせて、就業規則に書かれた手続を正しく行うことのできる体制、退職届の書式なども、会社であらかじめ準備しておいてください。
慰留・引き留めを行う
自己都合退職を無理に妨げると、自己都合退職トラブルを招いてしまうと解説しましたが、従業員の慰留、引き留めを行ってはならないわけではありません。
むしろ、重要な人材が抜けてしまう危機的事態ほど、会社としては、その人材に会社に残ってもらえるよう、交渉、説得を粘り強く行う必要があります。
無理な強要となって労使トラブルを招かないよう、慰留・引き留めを行う際には、従業員側にとってもメリットのある提案をあわせて行います。例えば、次の例が参考になります。
- 給与(基本給)を増額する。
- 賞与やインセンティブの乗率を上昇させる。
- ストックオプションを付与する。
在職強要はしない
しかし、慰留や引き留めが、強制、強要となってしまえば、法律上認められた労働者の権利を不当に侵害することとなります。この境目、境界線は、とても難しい問題です。
「これ以上は在職強要にあたるのかどうか。」は、実際には、慰留・引き留めを行ったときの労働者側の反応、対応などを見ながら、ケースバイケースで判断するしかありません。
実際に、重要な人材が流出する危険があるときは、会社が行おうとしている対策が在職強要にあたるかどうかについて、会社側の人事労務に詳しい弁護士にご相談ください。
「売り言葉に買い言葉」で、会社経営者が感情的な対応をすることはれぐれも止めましょう。
退職代行業者への対応方法は?
最後に、最近登場した「退職代行業者」からの連絡があったときに、どのように対応したらよいかお迷いになる会社経営者も多いのではないかと思います。
「退職代行サービス」、「退職代行ビジネス」にも、弁護士がサービス主体となっているもの、適法に運営する会社、違法な業者など、さまざまな種類があります。
退職代行業者から、労働者本人に代わって退職の意思表示を受けたとき、まず初めに確認しなければならないのは、「サービス提供主体が、弁護士かどうか」という点です。
法的な紛争を本人に代わって行うことができるのは、弁護士法によって、弁護士に限定されているからです。
弁護士以外の業者がサービス提供主体の場合、「意思表示を伝える」という範囲では違法とはなりづらいですが、それ以上に交渉事が発生するようだと、適切な交渉窓口ではないと考えるべきです。
特に、退職時のタイミングは、これまでの労働関係を清算する時期であることから、残業代、長時間労働、セクハラ、パワハラなど、多くの労働問題の発端になることがあります。
「自己都合」か「会社都合」かがトラブルになるケース
社員の自己都合退職のときに、もう1つ問題となるのが、退職理由の問題です。
退職理由には、大きくわけて「自己都合」と「会社都合」とがありますが、いずれに該当するかによって、失業保険をもらえる時期や総額、退職金の金額などが変わるため、労働者にとってとても関心の高い事項だからです。
自己都合退職とは、労働者側が自発的に退職の意思表示をすることを指す一方、会社都合は、経営不振による整理解雇、普通解雇のほか、退職勧奨など、労働者が辞めざるを得ない状況を会社が作り出した場合もあたります。
退職したいと希望する労働者の中には、失業手当を早く・長くもらいたいという希望から、「会社都合退職」を希望してくる人もいます。
退職の理由をよく確認して、「自己都合」か「会社都合」か、いずれに該当するかを判断して対応する必要があります。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、近年増加している「自己都合退職トラブル」と、労働者からの退職の意思表示に対する会社側の適切な対応について、弁護士が解説しました。
特に、退職代行業者など、新しいサービスを利用されたときの対応には注意が必要です。そもそも、「退職したい。」と思わせない良い会社を作ることに、まずは注力してください。
労働者からの退職の意思表示を受け、対応にお困りの会社は、ぜひ一度弁護士に法律相談ください。
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