取引先に信用不安を感じるときこそ、債権回収のスタート地点です。一度生じた不安を直ちに解消しなければ、取引先の経営状況は徐々に悪化し、知らないうちに破産直前となっている危険があります。信用不安を早急に察知し、危険度に応じた対策を速やかに講じなければなりません。
倒産する会社は、突然に経営が悪化するわけではありません。注意してチェックすれば、信用不安の予兆は推測できたはずです。破産の通知が届いて初めて対応しても、十分な債権回収は困難。信用不安のある会社によく見られる兆候を理解し、リスクが顕在化する前に対処しましょう。支払猶予や分割払いを依頼されたら、既に危険度はかなり高いと言えます。
早期に手立てを打てば、回収可能性は格段に高まります。その意味で、信用不安への初動対応は、取引先が破産しそうなときの最重要の対策だといえます。このようなタイミングは情報戦であり、重要な情報を早く察知した企業が勝利します。
今回は、取引先に信用不安を感じたときの調査や情報収集、財産の保全によって被害を最小限に食い止める方法を、企業法務に強い弁護士が解説します。債権回収の初期こそ、特に注意してください。
- 信用不安のリスクを軽減するには、正確な信用不安情報を速やかに察知すべき
- 信用不安に関する情報はセンシティブなため、その正確性は特に注意を要する
- 信用不安が現実化した取引先には、契約解除、財産の保全などスピーディに対処する
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信用不安とは
信用不安とは、企業の業績が悪化し、支払い能力に不安が生じることです。
企業間の取引は、お互いの信用によって成り立っています。物とお金とを、即時に交換し続けるのが基本ですが、ビジネスではそのような場合ばかりではありません。「先に商品を納品し、支払期限までに代金を支払う」というように、物とお金の交換のタイミングは、大規模で継続的なビジネスほど、同時でない例がほとんどです。
このとき、先に商品を納品する企業にとって、「取引先が、支払期限には必ず代金を払ってくれるだろう」という信用が大切になります。これが「信用取引」の構造です。ビジネスの世界で、企業が信用を失えば、このような柔軟な取引をしてもらえず、円滑な経営に支障が生じてしまいます。
信用不安情報をいち早く察知する
信用不安を放置し、業績が悪化すれば、ひいては破産につながります。しかし、当事者である企業は、できる限り信用不安を隠し、取引を継続しようとします。決して騙して取引したいわけではなく、その企業にとっても生き残りが大切であり、そのためには信用不安を隠さざるを得ないからです。
信用不安だと社外に知られるのが早すぎれば、取引を中止され倒産を余儀なくされます。知られなければ倒産せずに済んだかもしれません。とはいえ、取引先としては、信用不安情報をいち早く察知し、初期の段階で債権回収の準備に着手しなければなりません。準備が早いほうが、回収可能性は高まるからです。
そこで初めに、信用不安を早く知るべく、その兆候となる信用不安情報について解説します。
支払条件の変更
信用不安の兆候の1つ目は、支払条件の変更です。前章で解説したとおり、企業に信用があるからこそ可能な「後払い」。信用に不安が生じれば、将来の返済がされない危険があるわけで、確実な取引はできません。一度は同意した支払条件を変更するよう打診されたなら、その条件では支払いが難しいということ。信用不安が生じている可能性があります。
例えば、次のケースは、資金繰りに窮しているおそれがあります。
- 支払期限の延期を要請される
- 翌月のまとめ払いを要請される
- 代物弁済を提案される
- 満額の返済ができないため一部弁済を要請される
- 現金支払いから手形支払いへの変更を要請される
入金遅延を催促する方法は、次に解説します。
公表されている企業情報
公表された企業情報から、信用不安の兆候を見て取ることもできます。社外に公表された情報に信用不安が表われてしまうなら、状況は相当に切迫しており、危険度が高いケースです。
公表情報で知ることのできる信用不安は、例えば次のとおりです。
- 決算で大幅な赤字を計上した
- 来期の目標が下方修正された
- 本社建物の登記簿に、新たな抵当権が設定された
(特に、金利の高い金融業者の場合、注意を要する) - 重要な財産の所有権が移転された
- 重要な役割を担う幹部であった取締役が退任した
- 理由なく大幅に減資した
社内の不審な言動
破産が迫るほど苦しい経営状況だと、社内にも無理が生じてきます。出入り業者のように取引先の社内に入れるなら、よく観察しましょう。経営者や社員の、社内における不審な言動の変化は、信用不安の兆候ではないか疑ってください。
例えば、社内に次の事情があるなら、その理由を確認すべきです。
- 社長と連絡がとれない
- 社長が常に外出していて社内にいない
- 重要な社員が相次いで退職した
- 担当者が次々と変更される
- 保有する在庫が減少した
業界内の噂にも注意する
信用不安の危険を感じるなら、その会社の噂に注意しておきましょう。アンテナを高く張っておけば、様々な情報が耳に入ってくるはずです。信用調査会社はもちろん、業界内の同業他社や競合企業からも、有益な情報を得られます。
信用不安を知るために注意すべき情報は、特に「悪い噂」です。
- 手形が不渡りになったらしい
- 粉飾決算をしているらしい
- 社長個人が闇金から借金しているらしい
こちらの債権の支払いは続いていても、既に他社との取引では無理が生じているケースもあります。他社も債権回収に躍起になり、新たな担保が設定されるなどの動きが起こります。出遅れないよう、情報を入手したら、同様に動いていかなければなりません。ネット社会の現代では、ネット上の情報にも注意を払っておきましょう。
ただし、噂は、その出処を裏取りし、信用のおける情報かどうかを見極めてから動かなければなりません。
利害関係のある競合他社、恨みや妬みから嘘の情報を流す者もいます。真実ではない噂、事実無根の情報によって信用不安だと誤信して、債権回収を焦ってはいけません。
信用不安を感じたらすぐにすべき対策
取引先の信用不安の兆候を察知したら、すぐに初動対応をすべきです。
債権者としてすべき、信用不安への対応について解説します。
信用不安情報の正確さを確認する
情報は、様々なところから得られますが、その真偽は定かではありません。前章で説明した信用不安の兆候には、噂に過ぎないもの、誇張されたものも多く含まれるはず。これらの兆候を感じたときに「信用不安ではないか」と疑う姿勢は大切ですが、実際に方針を決める前には、情報の正確性を確認しなければなりません。
そのために、周囲の噂などで信用不安を感じても、まずは情報の出所を探り、裏取りをしましょう。ビジネス上の取引は、交渉であり、駆け引きです。どの会社も、自社から流出するお金が少ないに越したことはありません。支払条件の変更、取引の減少などがあっても、信用不安とは別に理由があって、実際のところ経営は順調なケースもあります。
信用不安を払拭する説明を求める
信用不安の兆候を察知したら、周囲の状況だけで決めつけるのは禁物です。取引先ならば、面談を申込み、説明を求めるようにしてください。その企業の説明が合理的かどうかは、信用不安が真実かどうかの判断材料として有益です。たとえ、信用不安を疑わせる事情があっても、その裏に納得のいく経営戦略があるならば、焦る必要はありません。
しかし、面談を拒否されたり、はぐらかされたり予定を延期されたり、まして社長と連絡がとれなくなったりといったケースは信用不安の極地。倒産もまもなくだと予想されます。
資料を開示させる
単なる口頭の説明で納得するのでなく、資料を開示するよう求めましょう。債務者から得られる資料は、信用不安を解消できるかの判断に役立つのはもちろん、万が一、裁判などの法的手続きで債権回収せざるを得ないときも役立ちます。スポンサー資金による再建やM&Aなど、抜本的な解決を模索する企業もあります。不利益を受けないよう事前の聴取は欠かせません。
また、話し合いの結果、ビジネスを継続するなら、分割弁済を合意したり、新たな担保を取得したりといったことが必要となります。このとき、変更された取引の条件を書面に残しておくなど、証拠を残す努力が特に大切です。仮差押えによって有効に財産を保全するにも、不動産、預貯金など財産の所在を特定する必要があります。
提出させるべき資料は、例えば次のものです。
【信用不安を払拭する資料】
- 決算書、税務申告書
- 通帳、口座残高証明書
- 資金繰りの計画表
- 債務者所有の不動産の登記簿謄本
- 重要な取引が継続していることを示す契約書
【変更された取引の条件を示す資料】
- 分割弁済の合意書
- 誓約書
- 違約金付きの新たな契約書
【新たな担保取得のための資料】
- 抵当権設定契約書
- 連帯保証の合意書
担保をとる方法や、その際の注意点についても参考にしてください。
取引方針を検討する
信用不安の明らかになった企業と、これ以上取引を継続できないケースもあります。信用不安を軽視し、闇雲に引き伸ばしをすれば、さらに被害を拡大させてしまいます。取引条件を変更しても、単なる延命に過ぎず、自社の負担によって取引先を利するだけのケースも少なくありません。
分割払いに応じるなど取引条件を変更するのか、それとも、取引から撤退するのか、経営判断における重要な決断を要します。いずれが、自社のメリットとなるか、慎重に検討しなければなりません。少なくとも、苦し紛れの長期分割などは、応じないほうがよいでしょう。
なお、取引を継続せざるを得ない場合、売掛・買掛などの信用取引をこれ以上増やすことなく、与信の残高を増加させてしまわぬよう、徹底した債権管理を要します。また、抵当権や連帯保証人など、新たな担保取得をするよう心がけてください。
信用不安の取引先への対処法
信用不安が現実であったなら、直ちに対処しなければなりません。
次に、信用不安の取引先への対処法について解説します。
支払いを督促する
何よりもまず、支払いを督促しなければなりません。信用不安の生じた会社は、すべての債権を満足に支払うことができません。このとき、ビジネス上の重要度が同じなら、督促の激しい債権者から、優先して支払う傾向にあります。期限に少しでも遅れたら即座に催促して、約束通りの履行を求めましょう。
少しでも損せず債権回収するために、信用不安が明らかなら、現金や振込はもちろん、代物弁済や手形、クレジットカード払いも含めて、どのような方法であっても速やかに支払ってもらうよう交渉してください。取引先への債務があるなら、相殺することで債権を失くす方法も有効です。
督促したことは、内容証明を送付するなどして証拠に残してください。
商品を引き上げる
取引先の信用不安が明らかになったら、商品の引き上げが必要です。企業間の信用取引によるリスクは、先に商品を渡す点にあります。その商品が売却されたり他社にとられたりした後で代金が払われないのは困ります。
まず、自社が在庫として先渡しした商品を引き上げるようにしてください。その前提として、商品の保管場所、在庫管理状況を把握する必要があります。
ただし、無断の引き上げは、窃盗罪となる危険あり。代金が未払いでも、商品の所有権は取引先にあるからです。
そのため、約束した支払いがなければ契約を解除し、速やかに商品を返すよう協議すべきです。引き上げ時には、承諾書、同意書を取得しましょう。また、自社の納品物には動産売買先取特権という担保権が認められ、裁判所に申し立てる方法もあります。
仮差押えで財産を保全する
信用不安が明らかとなり、債権回収に着手する場合には、その前に、仮差押えで財産を保全するのが有効です。信用不安があるということは、直ちに回収しなければ倒産によって回収不能となる危険が高い状態。このような会社は、放置しておけば財産が散逸してしまい、たとえ訴訟で勝訴しても回収できなくなってしまいます。
現時点でまだ資産があるなら、債権回収のために保全すべき。その手段が、仮差押えです。まだ倒産までは時間があっても、既に信用不安のある状態なら、仮差押えをしておくことで、その解除を交渉材料にして有利な支払いを要求できます。
仮差押えによる財産の保全の手順は、次に解説します。
信用不安を理由に契約を解除する
取引先が倒産すれば、会社の財産で支払いきれない債権が、全額払われることはありません。支払不能の状態に陥る前に、取引を停止しておかなければ、債権回収が満足にできず、損してしまいます。そのため、信用不安が現実化したなら、これを理由に、将来の取引を停止しなければならず、契約の解除が必要となります。
ただ、長期的な契約関係において、解除するには、信頼関係が著しく破壊されている必要があります。十分な調査によって、信用不安がとても大きく、信頼関係の破壊が、解除もやむを得ない程度に至っていることを証明しなければなりません。
債権譲渡する
信用不安の取引先に対処するために、債権譲渡を活用できる場面もあります。
その1つは、信用不安の取引先に対して有する債権を、他に譲渡する方法。債権は、譲渡人と譲受人の間の契約で譲渡できますが、第三者に対抗するには債務者の承諾、通知や登記などが必要となります。信用不安の取引先への債権は、そのリスクから、さほど高値での譲渡は期待できないでしょうが、少しでも将来の不安を失くしておきましょう。
もう1つに、債務者の有する債権の譲渡を受けることで、債務の支払いに充ててもらうケースです。このとき、信用不安が明らかになった会社は、1つの債権を他の会社にも重複して譲渡している可能性があるため、確定日付ある証書(内容証明など)で通知させ、第三者対抗要件を速やかに備えるよう注意を要します。
債権譲渡による債権回収のポイントは、次の解説をご覧ください。
まとめ
今回は、取引先の信用不安を感じたらすぐすべき対策を解説しました。
債権回収の初動で、取引先の信用不安を感じる行動には、よくある特徴が見られます。分割払いを要請されるとき、それは信用不安を顕著に表しています。とはいえ、分割払いに応じるか、一括払いの実現に向けて訴訟などの法的手続きを進めるかは、専門的な検討が不可欠です。無理して回収しようとして、逆に取引先の倒産を早めては、元も子もありません。
初動対応で必要となる対策を打つとともに、裁判に進まざるを得ないときのために、債権回収に役立つ情報や証拠も、並行して収集していく必要があります。そのため、信用不安を感じはじめた初期の段階から、知識、経験を有する弁護士のサポートが有益です。
- 信用不安のリスクを軽減するには、正確な信用不安情報を速やかに察知すべき
- 信用不安に関する情報はセンシティブなため、その正確性は特に注意を要する
- 信用不安が現実化した取引先には、契約解除、財産の保全などスピーディに対処する
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