労働者側の「ワークライフバランス」意識の高揚や、会社側の人手不足を背景として、「転勤」は、人事労務管理において重要な手法の1つとなっています。
一方で、個人の働き方が多種多様なものとなっていることから、転居を伴う転勤など配置転換の命令に「ノー」という社員も増加しています。
会社として転勤の必要性があると考えるときには、このように転勤命令に対して拒否をする社員への正しい対応方法を理解しておかなければ、「転勤トラブル」を回避することができません。
そこで今回は、従業員に納得して転勤に応じてもらうための準備など、転勤を拒否する社員への対応方法を、弁護士が解説します。
「人事労務」の関連記事
なぜ、社員は転勤を拒否するのか
人材活用の効率化、多様な経験の蓄積など、会社側(使用者側)から見ると、転勤命令をする理由、メリットは数多くあります。
では、社員側に立って、なぜ社員が転勤を拒否するのかについて検討していくことが、転勤を拒否する社員への対応方法を検討するための第一歩となります。特に、転居を伴う転勤について、従業員が拒否する理由について、弁護士が解説します。
採用時に「転勤はない」と約束した
労使間で「転勤はない」ことを約束し、働く場所を限定することを、「勤務地の限定」といいます。
日本の裁判所では、解雇が制限されている代わりに転勤については会社に広い裁量を認めていますが、一方で、働き方の多様化から、転勤を希望しない社員も増えています。
転勤を希望しない社員に対して「勤務地の限定」を合意することによって、多様な人材を活用し、人手不足を解消することにつながります。
そのため、採用面接時の社長の発言や、雇用契約書(労働契約書)、求人票の記載などから、採用時に「転勤はない」と約束したことを拒否理由としてくる社員がいます。
家庭の事情
優秀な人材であっても、特に妊娠、出産、育児を予定している女性の場合に、転勤をすることができないことによってキャリアを諦めざるを得なくなってしまう場合があります。
このような人材を活用するために、先ほど解説した「勤務地の限定」を行うこともあります。
転勤を拒否する社員が理由として挙げる「家庭の事情」は、親の介護から子どもの育児まで、さまざまなものがあります。
上司との人間関係
個人的な事情によって、転勤を拒否する社員もいます。
上司との人間関係が悪いとか、転勤先の勤務地が交通の便が悪いなどの転勤拒否理由がこれにあたります。
個人的な事情による転勤拒否のうち一部は、単なるわがままであって、会社としても考慮すべきでない理由もあるため、慎重な見極めが企業運営上必要となってきます。
会社側の悪意を感じる
社員が転勤を拒否する理由の4つ目が、「会社側の悪意を感じる」というものです。つまり、自分を辞めさせるため、という「不当な動機」をもって転勤を命じているため、転勤を拒否したい、という考え方です。
転勤命令のうち、特に地方への転勤、僻地への転勤といった種類であるほど、社員には「左遷」というイメージを持たれ、拒否されやすくなる傾向があります。
【理由別】転勤を拒否する社員への対応方法
次に、転勤を拒否する社員への対応方法を、社員が転勤命令を拒否する理由ごとに、弁護士が解説していきます。
まず大前提として、転勤を命じるためには、就業規則などの契約上の根拠がなければなりません。就業規則に根拠のない命令は、裁判所においても「無効」という厳しい判断が下る傾向にあるため、注意が必要です。
原則的な考え方
転勤などの配転命令について、権利濫用として違法、無効となる場合があることを示した有名な裁判例が、「東亜ペイント事件」(最判昭和61年7月14日判決)です。
「東亜ペイント事件」で裁判所は、①配転命令が業務上の必要性を欠く場合、②労働者に通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせる場合、③業務上の必要性があっても不当な動機や目的がある場合に、転勤命令が無効となるものと判断しています。
この裁判例でもそうであるとおり、転勤トラブルは、「転勤命令を拒否した社員に対する懲戒処分・解雇の効力を争う」という形で労使トラブルとなります。
しかし、転勤拒否した社員にどう対応するかは、転勤を命じる前にあらかじめ準備しておかなければなりません。
「採用時の約束」を理由に転勤拒否する社員への対応
「入社時に転勤はないと社長が約束していた。」、「求人票に本社勤務と書いてあった。」といった理由による転勤拒否のケースでは、まずは「勤務地の限定」の合意の根拠と主張されている書面、言動などの事実確認が重要です。
求人票、労働条件通知書や雇用契約書(労働契約書)に書かれている勤務地は、採用時の最初の就労場所をあらわすだけであって、その後の「勤務地の限定」までは意味しないと一般的に考えられています。
そのため、このような社員の反論を聞くべきかどうかは、明確に勤務地を限定する内容の合意がなされているかどうか、厳しく吟味が必要です。
しかし、近年の人手不足から、採用面接で、「育児があって家を離れられない。」といった希望を労働者が述べたときに、面接官や社長が、入社してもらうための説得として「転勤はまずない。」、「安心してほしい。」といった発言をしている可能性があります。
特に、これらの発言について、録音を取られている可能性がある場合、「勤務地の限定」が証明されます。
「家庭の事情」を理由に転勤拒否する社員への対応
仕事と家庭の両立を目指す人が増えてきたことによって、最近では、育児・介護といった家庭の事情により転勤に応じられないという労働者が増えています。
仕事だけでなく、家庭を大切にしたいという考え方は非常に重要なものではありますが、転勤をすることが、必ずしも家庭をないがしろにするわけではありません。
契約内容に従った転勤に納得してもらうためには、転勤命令が拒否できないものであることを伝えるだけにとどまらず、会社から積極的に、育児・介護に支障の出ない代替措置の提案を行うことがお勧めです。
転勤が必ずしも、育児・介護に致命的な支障を与えるわけではなく、近くの親族の助けを借りたり、転勤先での保育園の受け入れ先を探したり、有給休暇など休暇を活用したりすることで、支障を解消、緩和できる場合も少なくありません。
「上司との人間関係」を理由に転勤拒否する社員への対応
転勤を拒否する社員の理由の中には、個人的な理由であり、社員のわがままに過ぎないようなものもあります。
上司が気に入らない、転職先が気に入らないといった理由による転勤拒否を許せば、他の従業員との公平性を欠き不満の原因となります。
うつ病などの精神疾患(メンタルヘルス)にり患し、医者を変えることができないといった理由についても、本当のその医者でなければならないのか、突き詰めて検討が必要です。
一度でも精神疾患(メンタルヘルス)にり患したら転勤を拒否できるというルールが常態化すれば、他の社員との公平性が損なわれます。むしろ、業務を遂行できないほどの疾病であれば、休職命令を検討する場合もあります。
「不当な動機」を理由に転勤拒否する社員への対応
会社側にとって、組織活性化、人材育成、適正配置など、業務上の必要性はいくらでも挙げられると考えるかもしれません。
しかし、転勤拒否する社員が、会社が「不当な動機」を有しているといって争うとき、業務上の必要性と不当な動機・目的は、併存し得ることを前提としています。つまり、仮に業務上の必要性があったとしても、合わせて不当な動機・目的がある場合には、転勤命令の拒否が許されるケースがあるということです。
「不当な動機」を理由に転勤拒否する社員に対する、会社側の正しい対応策は、まず、「なぜ転勤を命じるのか」という理由を、社員に対して具体的に説明できるようにすることです。
転勤の必要性を説明するにあたって、会社側でよく検討が必要となるのは、次の点です。
- 過去の転勤実績がどの程度あるか?
→過去に転勤実績がある場合、特に、定期的なジョブローテーションを慣習的に行っている場合には、「不当な動機」はないと言いやすいです。これに対して、過去の転勤実績が存在しなかったり、ごく例外的な場合にしか行っていなかったりする場合には、今回の転勤に関する明確な理由付けが必要となります。 - 転勤先の人手が不足しているか?
→転勤先の人手が不足している場合、転勤を行う理由になりますので、「不当な動機」がないことの証明の一助となります。この場合、「転勤先で新規採用をしない理由」、「転勤対象の人選」について、具体的な理由付けを用意する必要があります。 - 転勤元の人手が余剰、もしくは、部署廃止を理由にできるか?
→>逆に、転勤元の担当部署自体が、別の事業所に集約されるなど移転したり、事業所自体が閉鎖となったといった場合、その事業所に所属している全ての社員に異動の理由がありますので、「不当な動機」がないと言いやすいです。ただし、事業所の閉鎖を理由とする場合に、「そもそも事業所の閉鎖自体が、所属する社員を辞めさせるためなのではないか」という反論に対する理屈付けのため、事業所自体の財務資料などの準備が必要です。 - 「適材適所」を理由にできるか?
→社員の能力を発揮させるために、転勤を行う場合があります。転勤元の部署への適性を欠く場合のほか、転勤元における人的コミュニケーションがうまくいっていないといったケースもあります。この場合「能力不足」という社員が自認し難い理由付けを行うこととなるため、「不当な動機」といわれないためには、十分な注意指導を行った事実を証拠化することが必要となります。 - 転勤対象の従業員に、転勤の責任があるか?
→職場でのパワハラ、セクハラ、上司や同僚との喧嘩、顧客からのクレームなど、転勤元において社員が問題を起こしたときには、転勤の理由はその社員の責任でもあるため、「不当な動機」と言われづらい理由付けが可能です。
「なぜ転勤するのか」という理由に加えて、「なぜこの時期に転勤するのか」、「なぜこの従業員が転勤するのか」といった点についても、具体的に説明ができるよう準備しておきましょう。
転勤を拒否する社員を納得させるための対応の流れ
最後に、実際に転勤を拒否する社員が出てきてしまったとき、以上の準備をもとに、どのように納得をしてもらったらよいのかについて、流れを説明していきます。
転勤を拒否したからといって、段階を踏まずにすぐに解雇など厳しい処分を下してしまうと、労使対立が激化するおそれがあります。事前準備が大切なことはもちろん、事後対応も、次に解説する流れに沿って順序よく対応してください。
転勤理由を説明する
「辞めさせたい」などの不当な動機によって転勤を命じているのでなく、本当に転勤してもらいたいのであれば、なぜ転勤してほしいのか、どのような仕事をさせたいのか、といった質問に、具体的に答えることができるはずです。
「転勤後はどうなるかわからない。」、「任せる仕事は決まっていない。」といった回答は、退職を強要するための転勤ととらえられても仕方ありません。
転勤を拒否したい社員は、会社が一定の説明を行っても、更に「なぜ」を繰り返す可能性があります。会社側の事前準備は、理由を1つ考えればよいのではなく、「深掘り」を予定しておく必要があるのです。
また、転勤元での問題行為など、従業員側の非を問いたい場合には、「寝耳に水」となりトラブルの火種とならないよう、事前に転勤理由が従業員の問題行為にあることを伝えておいてください。「
「正直に転勤理由を伝えると、空気が悪くなるのではないか。」という会社側の遠慮が、社員自身が問題点に気づくのを遅らせるおそれがあります。言いづらい転勤理由があるときほど、正直に具体的な理由を説明するのが、早く納得を得るコツです。
転勤後の労働条件を具体的にイメージさせる
転勤を拒否する社員にとっての不安、心配事は、「転勤をしたら、どのようになるのか(デメリット、リスクなど)」という点です。
そこで、転勤を拒否する社員を納得させるために、転勤後の労働条件、就労環境などについて具体的にイメージしてもらえる程度の、詳細な説明をして、社員の不信感を取り払ってください。
転勤後の具体的なイメージについて、労働者側で気にしがちな情報は、例えば次の通りです。
- 転勤後の住居を、自分で用意するのか、会社が用意してくれるのか。
- 転勤の際、単身赴任となるのか、家族同伴なのか(また、それによって転勤手当などの条件が異なるのか。)。
- 転勤後の住居を自分で用意する場合に、住宅手当、補助があるのか。
- 転勤後の住居を会社が用意してくれる場合に、社宅があるのか。
- 家族同伴で転勤する場合、保育園の手配など、援助、補助があるのか。
- 転勤によっても賃金は変わらないのか、増減が予定されているのか。
- 転勤による手当が支給されるのか。
以上の事項の大部分は、就業規則、転勤規程などの会社規程類に記載し、転勤の対象となった社員以外にもあらかじめ周知しておくべき内容です。
また、「転勤ではなく左遷なのではないか」という不信感を払しょくさせるためには、転勤後の具体的なイメージについて、聞かれるのを待つのでなく、会社側から積極的に説明すべきです。
警告の通知書を交付する
ここまでの説得の過程を経ても、転職命令を拒否し続ける社員に対しては、いよいよ「最後通告」を下すこととなります。最後まで拒否し続ける社員への対応の最終段階です。
懲戒処分、解雇などの厳しい処分を下す前に、最後に、「このまま転勤を拒否し続けたら厳しい処分となる」旨の警告書を交付します。
転勤命令を拒否することは、業務命令への違反であり、労働契約(雇用契約)にしたがった正しい労務提供とはいえません。最終的には解雇せざるを得ませんが、解雇の有効性を争われて「不当解雇」と言われるリスクを回避するため、最後の説得をしておきましょう。
○○○○殿
当社は貴殿に対し、○○年○月○日付「辞令」にて、同月○日(以下「転勤日」といいます。)より、○○事業所○○部署にて勤務するよう転勤命令を発しております。しかしながら、貴殿におかれては、転勤日以降、同部署にて勤務をしておりません。
本書面において改めて、○○事業所○○部署に出社し、就労することを命じます。
転勤日以降は、○○事業所○○部署以外への出勤は認めず、転勤元である○○事業所の敷地内への立入を禁じます。また、転勤日以降は、○○事業所○○部署以外へ出勤することによる貴殿の労務提供の受領を拒否します。
したがいまして、貴殿は、転勤日以降、正当な理由なく欠勤が続いていることとなりますが、今後も正当な理由のない欠勤が続くと、就業規則○条○項に基づいて退職扱いとなる場合があります。
労働者が、労働審判、訴訟などの法的手続きや、労働組合による団体交渉などを起こし、転勤命令の有効性を争ってきたときには、転勤時期を延期し、その間の自宅待機を命じることによって話し合いの期間を確保する方がよいケースもあります。
なお、ある転職先について労働者側に拒否する理由があるという場合であって、会社としてはパワハラ、セクハラ等の理由で元の転勤元から離れることだけが目的という場合には、他の転勤先を考える手もあります。
懲戒処分・解雇とする
ここまでの検討により、業務上の必要性があり、甘受し難い不利益を与えるものではなく、不当な動機・目的によるものでもない転勤命令を拒否する社員に対して、最終的な処分は「解雇」です。
解雇は、日本の労働法において制限されており、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当でない限り、解雇は無効となります。この場合の解雇は、転勤命令という業務命令の違反という理由があることとなります。
転勤命令は、会社の業務上の都合により一方的に命じるものであり、労働者の同意が必要なものではありません。
少しの支障があったとしても、努力して跳ね除け、転勤に応じても大丈夫な実績を作るのが労働者の義務であるはずです。
他の従業員において、「転勤命令を断っても、軽い懲戒処分にしかならないなら断ったほうがよい。」と思われないためにも、最も厳しい「解雇」による断固たる方針が必要となるケースも多いです。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、転勤、異動などを拒否する社員がいるとき、会社側(使用者側)がどのように対応したらよいかについて、弁護士が解説しました。
転勤命令は、従業員にとって、業務命令野中でも特に精神的にも身体的にも負担の大きい命令です。そのことを理解し、会社としては、労働者に納得してもらう努力を、正しく手順を踏んで行わなければなりません。
転職トラブルが顕在化し、転職を拒否する従業員の対応にお悩みの会社は、ぜひ一度、人事労務を得意とする弁護士にご相談ください。
「人事労務」の関連記事