働き方改革により、「副業解禁」が叫ばれています。これは、少子高齢化と労働力人口の減少によっておこった人手不足を解消するために、長時間労働をなくし、多様な働き方を許容することが目的です。
ワークライフバランスを実現したり、柔軟な働き方を認めて生産性を向上させ、複合的なスキルアップ、多様なキャリア形成によりイノベーションに貢献してもらうという有利な点がある反面、副業解禁にはデメリットもあります。
従来、会社が副業を禁止することが多かったのも、情報漏えいの危険、定着率の低下、業務効率の低下といった悪影響が想定されるからです。しかし、これらの悪影響は、就業規則による適切なルール構築などにより、回避することができます。
そこで今回は、副業を解禁するとき、会社側(企業側)が整備しておくべき就業規則におけるルールの定め方と、副業の注意点について、企業法務に詳しい弁護士が解説します。
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「副業禁止」と「副業解禁」はどっちがよい?
中途採用者などを中心に、副業や兼業を認めてほしいという要望を受けることがあります。社員としては副業を認めてもらえた方が自由度が増したり収入が高くなったりといったメリットがありますが、会社側としては「副業禁止」と「副業解禁」どちらにメリットがあるのかを検討する必要があります。
まずは、両極端のケース、すなわち、副業を全面的に禁止するケースと副業を完全に自由とするケースについて、法律上の原則を解説した上で、現実的に、会社がどのような選択をすべきかについての判断基準を解説していきます。
原則:副業は自由
労働法における原則は、副業が、就業時間外におこなわれるものである限り、プライベートな行為として扱われることから、副業は自由であることが原則です。
雇用契約(労働契約)を締結することによって拘束できるのは、契約によって定められた賃金を支払われる時間、すなわち、所定労働時間(と適法な残業時間)に限られるからです。したがって、会社は社員の副業を完全に禁止することはできないのが原則です。
副業を禁止できる場合とは
とはいえ、従来から就業規則で副業について全面禁止していたり、許可制としていても実際には事実上許可が下りることはなかったりといった会社のほうが多い状況でした。
実際、会社による副業禁止が問題となった裁判例(マンナ運輸事件:京都地裁平成24年7月13日判決)では、勤務時間外の副業について自由であることを原則としながら、次の場合については、例外的に就業規則によって副業を禁止することが許されるものと判断しています。
- 労働者の使用者に対する労務の提供が不能または不完全になるような事態が生じる場合
- 使用者の企業秘密が漏えいするなど経営秩序を乱す事態が生じる場合
したがって、これらの限定的なケースに絞る形で、就業規則において副業を禁止したり、事前許可制としたりすることは可能です。
副業を禁止できる場合、すなわち、事業への支障が生じる場合とはどのような例かについては、副業禁止について判断した各種の裁判例が参考となります。
- 都タクシー事件(広島地裁昭和59年12月18日決定)
:タクシー運転手の業務について、隔日勤務の非番に、会社に無断で配送などのアルバイトをおこなった事例で、「タクシー乗務の性質上、乗務前の休養が要請されること等の事情を考えると、本件アルバイトは就業規則により禁止された兼業に該当すると解するのが相当である」とし、副業によって生じる健康への影響などで自社の業務が十分に行えない場合に副業禁止とすることを認めた裁判例 - 小川建設事件(東京地裁昭和57年11月19日決定)
:毎日6時間にわたるキャバレーでの無断就労を理由とする解雇が争われた事例で、副業が深夜に及ぶことから、余暇利用のアルバイトの遺棄を超えるものとして、社会通念上、会社への労務の誠実な提供への支障を来すおそれがあると認め、解雇を有効と判断した裁判例 - 橋元運輸事件(名古屋地裁昭和47年4月28日判決)
:管理職である社員が、競業他社の取締役に就任することは、たとえ直接経営に関与しなかったとしても懲戒解雇事由にあたるとして、解雇を有効であるものと判断した裁判例
なお、雇用契約を締結することによって当然に負うことととなる秘密保持義務、在職中の競業避止義務に違反する場合には、たとえ許された副業といえども違反の責任を追及することが可能です。
副業を推進する社会情勢
政府は、平成29年4月に打ち出した「働き方実行計画」で「原則副業・兼業を認める方向で副業・兼業の普及促進を図る」として副業・兼業を推進する方針を打ち出して以降、働き方改革において推進されている柔軟な働き方の1態様として、副業を積極的に推し進めています。
ニュース報道などでも副業について取り上げられており、社員からおのずと、副業をしたいという声が上がってくる会社も多いです。2018年1月には「副業・兼業の推進に関するガイドライン」が公表されました。
しかし、これにもかかわらず、実際に副業を全面解禁している会社は多くはありません。
実際に副業を認めていくこととなると、今回解説するように、「就業規則の具体的な記載例をどのように規定するか」「労働時間の通算による残業代支払の責任をどの会社が負うか」「安全配慮義務の責任をどの会社が負うか」といった多数の法律問題を検討しなければならないからです。
副業を認める場合の就業規則の規定例
副業を全面解禁する場合はもちろん、限定的に認める場合でも、就業規則の整備が必要となります。就業規則は、複数の社員に対して統一的に適用されるルールを定める会社規程であり、10人以上を使用する事業場では労働基準監督署(労基署)への届出が義務とされていますが、副業を認める場合にはそれ以下の人数であっても作成することがお勧めです。
就業規則において副業のルールを定めておくことは、社員の理解と納得を得るとともに、万が一社員がルールに違反した場合に、懲戒処分をはじめとした制裁(ペナルティ)を下す助けとなります。
副業を認める場合の就業規則について、規定例を示して解説します。
副業を届出制とする規定例(厚生労働省モデル就業規則)
厚生労働省の定めるモデル就業規則でも、2018年(平成30年)1月に改定された規程において、次のとおり副業に関する規定例を設けています。
第68条(副業・兼業)
1. 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。2. 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3. 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合
モデル就業規則の例では、所定労働時間以外の時間が、プライベートの時間であり、社員が自由利用できるものであるという前提から、副業を社員の「権利」として規定してます。
確かに、所定労働時間以外の時間は自由利用が可能であるものの、企業はその秩序維持のためには副業を制限することができるのであり、逆にいえば、事業活動に支障の生じない範囲で副業を認めるというルールも可能ですから、「権利」として定めた上記の例にしたがわなければならないわけではありません。
むしろ、モデル就業規則においても、会社の実態に即して決めるべきであることが示されており、事前許可制など、会社に合った適切なルールを定めた就業規則を作成すべきです。
副業を事前許可制とする規定例
裁判例などでも示されているとおり、副業などが会社経営や業務遂行に支障を生じるときには、会社はそのような副業に限り、禁止をすることができます。厚生労働省モデル就業規則のように副業を権利として認める届出制ではなく、事前に申請をし、許可を要すると定めることも可能です。
このように副業を事前許可制とする場合には、その内容や許可申請の方法などについても、就業規則に定めておくことが必要です。書式・記載例は、例えば次のとおりです。
1. 労働者が就業時間外において、他の会社に雇用され、役員に就任し、あるいは自身で事業を経営する場合(以下「副業等」という。)には、次項以下の方法にしたがって会社に事前に申請し、会社の許可を得なければならない。
2. 労働者は、次の各号のいずれかに該当する場合には、副業等を行うことができない。前項の許可を得た場合であっても、その後に次の各号のいずれかに該当することとなった場合、または、該当することが明らかになった場合には許可を取り消すものとする。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合
3. 労働者は、第1項の申請を行うときは、会社の定める書式に従って、副業等の雇用主、就業場所、就労日、就業時間、就労時間帯、業務内容等を会社に伝えるものとする。また、その際、会社が労働者に対してその事実を証明する資料の提出を求める場合には、これに従わうものとする。
副業を認める場合に生じる労働時間通算、安全配慮義務の責任といった労働問題を回避するためには、最低限、副業の雇用主、就業場所、就業時間、業務内容を把握しておく必要があります。
副業を事前許可制にする場合には、就業規則とあわせて、これらの情報を適切に聞き取るための事前の申請書類も作成しておいてください。
副業を認めるときに生じる労働問題
完全に自由とする場合であれ、事前許可制とする場合であれ、副業を認めるときには副業特有の労働問題が生じる可能性のあることに注意が必要となります。
これらの難しい法的問題が、完全には解決されておらず、裁判例の蓄積も少ないことから、当面の対応としては、まずは副業を許可制とし、実務上の運用での会社のコントロールが効くようにしておくことがお勧めです。
そこで最後に、副業を認めるときに生じる労働問題について弁護士が解説します。
労働時間通算による残業代の支払い
労働基準法(労基法)では、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超える労働、「1週1日以上」の法定休日における労働、「午後10時から午前5時まで」に就労させる深夜労働について、所定の割増率を乗じた割増賃金(いわゆる「残業代」)を支払う義務を会社に課しています。
そして、労働基準法では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」(労働基準法38条1項)ものとされており、この規定は、事業主を異にする副業の場合にも適用されます。
さらには、長時間労働には上限規制がなされており、少なくとも、時間外労働と休日労働を合計して1か月100時間未満、2~6か月の平均残業時間が80時間以下ではならないものとされていますが、この上限規制についても、本業と副業の労働時間を通算した時間数で検討する必要があります。
安全配慮義務
会社は、社員を健康で安全に労働させる義務を負います。これを「安全配慮義務」といいます。
そして、副業を許容する場合には、安全配慮義務は、副業をおこなうことも考慮に入れて遵守しなければなりません。つまり、本業と副業の業務上のストレス、労働時間が相まって精神疾患(メンタルヘルス)にり患するなどの健康被害を負わせてしまったとき、その安全配慮義務違反の責任を本業の会社が追及される可能性があるということです。
最終的には、裁判における争いで「因果関係」が争点となりますが、副業をしていることを把握していたのであれば、その点も考慮して本業のマネジメントをおこなうべきであると評価されるリスクがあります。
副業はフリーランス(個人事業主)とするケース
副業の推進とともに、多様な働き方の1態様として、フリーランス(個人事業主)としてはたらく人も増加しています。フリーランス(個人事業主)としてはたらくことで、自分の責任が増加する代償として、時間・場所について自由な裁量を得たり、嫌な業務を拒否したりすることができるようになります。
本業の会社で雇用されながら、副業はフリーランス(個人事業主)として業務委託ではたらく形式をとる人もいます。
このような形式の場合、副業から給与をもらわないため、労災保険料などの計算が容易であるというメリットがある反面、副業では残業代や安全配慮義務などの働く人が得る権利を一切果たしてくれないことから、本業への責任追及が多くされてしまう危険性があります。
「企業法務」は、弁護士にお任せください!
今回は、働き方改革にともなって近年の世の中の動きともなっている「副業解禁」について、会社としてどのように対応したらよいか、特に就業規則の規定例など、副業にともなって生じうる労働問題について弁護士が解説しました。
副業を認め、柔軟な働き方を認めるべきというのが世論の風潮となりつつありますが、一方で、全面的に認めるには、労働時間の通算、安全配慮義務など、解決されていない法的な問題が多くあります。全面的に副業解禁を選択するのではなく、条件付きの事前許可制にする場合には、就業規則の整備が重要となります。
副業についての会社の対応に関し、お悩みの会社は、ぜひ一度、会社側の労働問題に詳しい弁護士にご相談ください。
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