個人事業主として活動している方から、「法人化する適切なタイミングを教えてほしい」という相談があります。法人化したほうがよいタイミングには、税務上ある程度の相場感はあるものの、最終的には「なぜ法人化するのか」という会社ごとの理由を検討し、メリットとデメリットを踏まえて決断する必要があります。
独立起業するとき、最初は個人事業主としてスタートする方も多いです。しかし、ビジネスを拡大したいなら、法人化しなければなりません。まさに、個人事業主の法人化のタイミングとはそのようなビジネス拡大への一歩を踏み出す覚悟を示すときといってもよいでしょう。適切な選択でなければ、法人化したことで拡大するリスクもあります。
今回は、個人事業主が法人化するメリット、デメリットと、適切なタイミングを、企業法務に強い弁護士が解説します。
個人事業主の法人化とは
個人事業主の法人化とは、これまで個人でビジネスを遂行してきた人が、法人を設立し、会社としてビジネスを行うよう、形態を切り替えることです。「法人成り」とも呼びます。事業は、個人で進めることもでき、法人が必須なわけではありません。しかし、次の目的で、法人化する個人事業主は多くいます。
- 事業の継続性
個人事業主は、事業が1人の個人と結びつき、その人の死亡により事業が終了しますが、法人化すれば社長の生死にかかわらず存続します。 - 将来の拡大性
将来、ビジネスが拡大し、人を雇用して利益を上げるにあたり、法人化するほうが目的を達しやすいです。 - 個人の財産との区別
個人事業主は、個人の財産と法人の財産が混同し、相続などの影響を受ける可能性がありますが、法人化すれば個人と会社の財産は区別できます。 - 責任の限定
個人事業主は、事業から生じる全ての責任を負いますが、法人化すれば、法人財産の範囲に責任を限定できます。
独立当初から法人を設立するかどうかは、迷うところです。最初から成功の目算が立つケースばかりではないからです。不安なとき、手始めに個人事業主としてスタートする人も多くいます。
つまり、フリーランスとして業務委託を受けるということ。個人・法人いずれの形態で進めるかは、事業内容だけでなく、今後の事業拡大の方向性も考慮すべきです。
個人事業主が法人化するには、法人を設立する方法によります。最もよく行われる株式会社の形態で法人化する方法を、「会社設立」と呼ぶこともあります。会社設立は、定款を作成し、法務局の認証を受け、法人登記を行うといった行政上の手続きを要し、司法書士など専門家の助力を得てする例も多いです。この際、手続き費用がかかるのも考慮しなければなりません。
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個人事業主と法人の違い
個人事業主とは、法人を設立せず、自ら事業を行う個人のこと。今回解説するように、法人化には様々なメリットがあるもののデメリットもあることから、法人を設立しなくても事業をすることはできます。家族経営の事業主や、小規模なスタートアップなどは、法人を設立せずに経営していることもよくあります。
これに対して法人は、法律によって人格を認められた組織です。つまり、法人は、本来「人」ではないけれど、法律によって自然人と同じ権利能力を認められています。法律で自然人と同じく扱われるため「法人」と呼びます。法人は、その種類や責任の負担などによって、株式会社、合同会社、合資会社、合名会社といった営利法人のほか、一般社団法人やNPO法人といった非営利法人まで、様々な種類があります。設立時、自社の事業に適した形態を選ばなければなりません。
個人事業主と法人は、いずれも、法律上は1つの人格を形成します。ビジネス上では、契約の当事者になれるなど、基本的な振る舞いは変わりません。
大きな違いは、かかる税金の違いです。個人事業主はあくまで「個人」であり、得た所得に対して所得税がかかります。これに対し、「法人」にかかるのは法人税です。この税金の違いが、後に解説する個人事業主が法人化するタイミングに関わってきます。
個人事業主が法人化するメリット
個人事業主が法人化するメリットは、以下のものがあります。
どのような個人事業主にとってもメリットなわけではなく、法人化するメリットを享受することができるかは、そのビジネスの状況によって変わることに注意を要します。
信用を得やすい
一般的にいって、個人事業主よりも、法人のほうが信用が高いといえます。大企業には、法人としか取引をしないという会社もあります。取引規模が大きくなるほど、責任の負担が個人の財産の範囲に限られてしまう個人事業主だと、取引相手が負うリスクが増えてしまうからです。また、個人事業主だと、死亡したらそれ以上の責任追及ができない点もリスクです。
このような信用の違いは、ビジネス上の取引をする場合だけでなく、商品やサービスを購入してくれる消費者への信頼や、融資をしてくれる金融機関、出資してくれる投資家への信頼にも影響します。法人化して、組織として運営し、相当の内部留保があることを示せれば、社会的な信用度を高められます。
資金調達しやすい
自己資金が不足する場合や、多額の資金を要するビジネスをするときは、法人化するほうがよいでしょう。というのも、個人事業主より、法人化したほうが資金調達しやすいからです。
前章の解説のように、法人化したほうが信用力がつき、金融機関から融資の審査が通りやすくなります。それだけでなく、株式会社ならば、株式発行という資金調達方法によって、株式の代わりに投資家などから出資を受けることができます。
資金調達の方法についての解説も参考にしてください。
所得が高くなるほど税率が低くなる
個人事業主から法人化するタイミングについて、所得の増加を1つのきっかけとすることが多いです。それは、所得が高くなるほど、法人化するほうが税率が低くなるからです。このことは、次の通り、1000万円前後における所得税と法人税の税率の差が理由となっています。所得税は、累進課税により、次表の通り所得が高いほど高い税率がかかります。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1000円から194万9000円まで | 5% | 0 |
195万円から329万9000円まで | 10% | 9万7500円 |
330万円から694万9000円まで | 20% | 42万7500円 |
695万円から899万9000円まで | 23% | 63万6000円 |
900万円から1799万9000円まで | 33% | 153万6000円 |
1800万円から3999万9000円まで | 40% | 279万6000円 |
4000万円以上 | 45% | 479万6000円 |
以上の所得税の税率に対し、法人税は、課税対象が800万円を超える部分については23.20%が原則となり、所得税の税率よりも低く設定されています。
法人なら、代表者の給料も経費扱いとなります。さらに、経費での支出によって代表者の退職金制度を設けることができるなど、法人ならではの節税メリットのある方法も活用できます。その他に、個人事業主なら、死亡するとその資産に相続税が課税されてしまいますが、法人所有ならば相続税はかかりません。
ただし、法人化すると、個人事業主と違って赤字でも一定の税負担があります。法人住民税の均等割を支払う必要があるためです。したがって、相当程度の所得が見込めなければ、個人事業主が法人化するデメリットにつながってしまいます。
社会保険に加入できる
個人事業主は、国民健康保険にしか加入できないのに対して、法人化すれば、社長も社員も、社会保険に加入することができる点もメリットとして挙げられます。社会保険のほうが、国民健康保険に比べて、年金面において手厚く、厚生年金に加入することによって老後の保障をより強くできるからです。
また、他の法人との関係で、採用力にも影響します。老後の保障の手厚い社会保険に加入させてもらえる会社のほうが、優秀な人材に応募してもらえるからです。
ただし、社会保険料には会社の負担があるため、無計画に従業員を増やすのは得策ではありません。キャッシュフローを悪化させ、黒字倒産を招かないよう注意を要します。
赤字が出ても長期間繰り越せる
個人事業主は、損失が生じても、繰り越せるのは3年まで(青色申告をしている場合)です。そのため、ある年に大きな損失が出たとしても、その後継続的に利益が出続けていれば、納税をしなければなりません。これに対して、法人化していれば、欠損金の繰越控除は、10年間(平成29年4月1日以後に開始する事業年度。それ以前は9年)とされます。
また、個人事業主が12月31日を締日として、3月15日までに確定申告と納税をするのに対して、法人化すれば、決算期を自由に決めることができます。例えば、繁忙期を避け、閑散期を決算期とすることができます。
個人事業主が法人化するデメリット
個人事業主が法人化するのには、デメリットもあります。以下のデメリットが重く感じるならば、法人化せず、当面の間は個人事業主として事業を継続することも検討してください。
株主の意見に左右される
個人事業主だと自由に進められた経営も、法人化するとそうもいかないケースもあります。出資を受けて株式を渡すということは、社長のみのオーナー企業ではなくなります。社長の持つ株式の割合が小さくなるほど、他の株主の声が強くなり、意見を無視することができなくなります。会社は、株主のものであって、社長のものではありません。
したがって、資金調達をしてビジネスを拡大するために法人化すると、集めた資金の分だけ、自由な経営ができなくなるリスクがあります。また、雇用して社員を雇えば、社員への配慮も必要であり、意見を聞かざるを得ません。社員の考えをまったく無視して独断で進め、離職が続いてしまっては法人化のデメリットとなってしまいます。
株主総会の流れについて、次の解説をご覧ください。
会社設立手続きに費用がかかる
個人事業主が法人化する際には、会社設立の手続きが必要であり、その際には登録免許税などの費用がかかります。会社設立の手続きは、定款を作成して認証を受け、法務局で登記を行います。また、事業を廃止する際にも、清算手続きを要します。
これに対し、個人事業主として開業するのは手間がかかりません。税務署などに個人事業主の開業届を提出するだけで、いつでも、誰でも個人事業主になることができるからです。もちろん、開業届を出すだけなので費用はかかりません。
社会保険加入や決算などの手続きを要する
法人特有の、社会保険の加入や節税効果など、メリットが認められていることは、裏返すとデメリットにもなります。これらのメリットを享受するには煩雑な手続きを要するからです。社会保険への加入手続きを要するほか、法人税の申告をし、決算を行わなければならなくなります。
これら手続きは、専門的な知識を要するため、弁護士、税理士、社会保険労務士などの専門士業のサポートが有益です。そのため、士業に依頼するためのコストも、必要経費としてあらかじめ見込んでおかなければなりません。
個人事業主が法人化するタイミングは?
最後に、個人事業主が法人化するのに、適切なタイミングはいつかを解説します。
法人化するのにはメリット、デメリットは数多くあるため、多面的に検討しなければなりません。ただ、法人化の狙いがビジネスの拡大にあるならば、金銭的な損得を、最重要の考慮要素として決めるべきです。すると、個人事業主と法人の最大の違いである、かかる税金の差が大切なポイントとなります。
個人事業主でいえば「所得」、法人でいえば「利益」の金額が、一定額を超えると、個人事業主よりも法人のほうが、税務面でのメリットを享受できます。様々な要素によって変わるので一概には言えませんが、年間所得がおよそ500万円を超えたくらいから、個人事業主は法人に切り替えることを視野に入れ始めます。そして、年間所得がおよそ1000万円を超える頃には、個人事業主よりも法人化したほうが、明らかに得だと言えます(なお、個人事業主と法人の損益分岐点を正確に計算するには、税法の詳しい知識を要するため、専門家のサポートを受けるのがお勧めです)。
会社に勤務しながら準備をし、将来の独立を考える場合には、すぐに辞めて会社設立をする必要はありません。むしろ、副業として経験を積み、個人事業主を経て、十分な所得が確保できたら法人化する、というプロセスを踏むのがよいでしょう。
一方で、初めから1000万円以上の利益を想定するなら、起業当初から法人化することも可能です。
将来性のあるビジネスで、初めから相当額の融資ないし出資を得られる場合、当初は売上が全くなくても、初めから法人化して進めるケースも多くあります。このとき、法人化には、単なる節税目的だけでなく、雇用や信用など様々な面からのメリットがあるから、そのタイミングは単なる売上の高低の問題ではありません。
まとめ
今回は、個人事業主が法人化するタイミングで検討すべき、メリット・デメリットについて解説しました。いざ独立し、起業しても、すぐに会社を設立するケースばかりではありません。うまくいかないのではないかと不安なとき、まずは個人事業主のフリーランスとして活動し、実績と経験を積むのも1つの手です。
起業当初は、わからないことも多いでしょう。周囲のビジネスの先輩に聞くのもよいですが、個人事業主から法人化するメリット、デメリットは、人によって異なります。自ずと、目指す目標によって、いつ法人化すべきかのタイミングも、各社ごとに検討しなければなりません。
聞かずに進めたことが、法律上、大きな問題点であり、万が一の場合には大きなリスクとして降りかかる危険もあります。心配なときは、ぜひ一度弁護士に相談してから進めてください。