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私傷病休職制度の活用方法と、復職トラブルを避ける会社の対応まとめ

ストレス社会の現代において、脳や心臓疾患に繋がるリスクを抱えて仕事をする人の割合が増えています。

職場ストレスを原因として、精神疾患(メンタルヘルス)にり患したり、心臓、脳の疾患やがんにり患した場合、会社は、安全配慮義務違反・労災の責任追及を受けることとなります。

一方で、必ずしも仕事が原因とはいえない病気も増えており、病気と仕事を両立することが、会社側(使用者側)にとっても大きな課題となります。

病気を抱えた労働者に対して、企業は、その業種、業態、規模、社員数、労働者の職種、疾病の内容に応じた、適切な対応を選択し、決定する必要があります。

今回は、このような必ずしも業務が原因とはいえない労働者の病気に対して、会社がとるべき私傷病休職制度の活用方法と、復職トラブルを避けるための対応方法について、弁護士が解説します。

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私傷病休職制度とは?

労働契約(雇用契約)とは、労働者が「労働力」を提供し、会社が「賃金」を支払うことを約束して締結する労使間の契約です。

この契約上負う債務として、労働者が会社に対して労働力の提供ができない状態となれば、「債務不履行」となるため、労働契約(雇用契約)は解約、すなわち、解雇となることが原則です。

しかし、労働者が、普通に生活をする中で、やむを得ず病気にかかってしまったり、事故に遭ってしまったり、怪我を負ってしまったりすることがあります。治療し、一定期間で復帰できることが予想できるにもかかわらず、すぐに労働契約(雇用契約)が解約となってしまうのは、労働者にとって酷である場合があります。

このような考え方から、私傷病によって欠勤をせざるを得ない労働者に対して、これまでの勤続の功労など一定の条件のもとに、解雇せずに休むことを許す制度が、「私傷病休職制度」です。

解雇猶予の措置

以上のとおり、私傷病休職制度とは、「解雇猶予の措置」を意味します。

労働法には、私傷病休職制度のほかにも、一定の類型の労働者を保護するために解雇を制限したり、解雇を猶予したりする制度があります。

  • 産前産後休業の期間と、その後30日間の解雇(労働基準法19条)
  • 女性労働者が婚姻、妊娠、出産したこと、産前産後の休業をしたこと等を理由とする解雇(男女雇用機会均等法9条2項、3項)
  • 労働者が育児休業、介護休業の申し出をしたこと、又は実際にそれらの休業をしたことを理由とする解雇(育児・介護休業法10条、16条)

労働契約法16条において、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用した「不当解雇」として無効であると判断されます。

このことからも、会社側(使用者側)としては、私傷病休職制度を用意するにあたって、あまりに休職期間が短いなど、不当解雇と同視されるような制度とならないよう、注意が必要です。

休職期間中は無給

私傷病休職制度は、会社がその判断において、就業規則などの会社規程類に規定することによって準備をするものです。

この制度策定のとき、会社には法違反とならない限り一定の裁量が認められます。その一環として、休職期間中の取扱いを「有給」とするか「無給」とするかは、会社の裁量に任されています。

休職期間は勤続年数に算入しない

休職期間中の給与の扱いと同様に、休職期間を勤続年数に参入するかどうかについても、会社の合理的な裁量に委ねられています。

この取扱いの際が、勤続年数を基準にして定められている歩合給、勤続給、賞与、退職金などに大きく影響する場合があります。

私傷病休職制度を誤用するリスク(裁判例)

会社には、雇用する労働者を健康で安全な環境で働かせる義務(安全配慮義務)があります。私傷病休職制度の正しい活用方法を理解しないことには、会社側(使用者側)にとって大きなリスクがあることは、裁判例でも明らかにされています。

例えば、「片山組事件」(最高裁平成10年4月9日判決)では、バセドウ病にり患した建設工事の現場監督者に対して無給の休職命令を下したところ、他の代替業務の履行可能性を検討せずに行われた休職命令を無効とし、賃金の支払を命じました。

また「ヒューレットパッカード事件」(最高裁平成24年4月27日判決)でも、精神疾患を疑われる労働者に対し、休職制度の適用を検討せず、無断欠勤を理由として行った懲戒処分を無効と判断しました。

病気と仕事の両立について、厚生労働省は、平成28年2月「事業場における治療と職業生活の両立支援ガイドライン」を出しています。このガイドラインで、会社の取り組みには次のような意義があることを指摘し、労働者の健康確保対策を行う重要性を示唆しています。

  • 継続的な人材の確保
  • 労働者の安心感やモチベーションの向上による人材の定着
  • 健康経営の実現
  • 多様な人材の活用による組織や事業の活性化
  • 組織としての社会的責任
  • 労働者のワークライフバランスの実現

以上のような流れに反し、私傷病休職制度の意義を理解せず、休職制度を悪用・誤用したり、休職制度にすべきであるのに解雇、懲戒処分など他の不利益な処分を下した場合には、そのような会社の取扱いが違法、無効と判断されるおそれがあります。

特に、少子高齢化によって労働者人口が減少し、「働き方改革」が叫ばれる昨今、労働者の病気に対する会社の対応は、とても重要な課題です。

なお、休職制度以外に、病気になった労働者の仕事との両立支援に活用できる、時差出勤、テレワーク、年次有給休暇の時間単位取得などについては、下記の解説をご参考にしてください。

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私傷病休職期間中のコミュニケーションが重要

私傷病休職を有効活用し、復職トラブルを起こさないためには、労使間のコミュニケーションが特に重要です。私傷病休職中は、毎日会社で顔を合わせる、ということがないため、コミュニケーションが不足しがちで、このことがトラブルにつながることが多くあります。

私傷病休職を利用しようと考える会社と労働者との間の話し合いが必要であることは、休職中だけでなく、休職に入る前、休職が空けて復職するかどうかのタイミングのいずれの段階においても重要です。

安易な休職開始の判断をすることなく、事前に労働者としっかりと話し合い、休職中は定期的にフォローを行って緊密な連絡をとり、職場復帰が可能かどうかの判断においては、労使だけでなく医療機関を含めたコミュニケーションをとります。

私傷病休職開始時のケア

私傷病休職を巡る労使トラブルを回避するための、コミュニケーションの重要性は、私傷病休職の開始時のケアから始まります。

つまり、安易な休職開始を回避するために、事前の話し合いが必要ということです。

私傷病休職の開始は、就業規則に定められた休職命令の要件(欠勤日数、勤続年数など)のほか、休職により回復する見込みがあることが必要となります。そのため、労働者の就労意欲と、休職によって回復させる意思が重要となります。

休職期間を経ても回復が困難であることがあらかじめ見込まれる場合には、私傷病休職制度を不適用とすることができる旨の規程を作成し、労働者にあらかじめ周知しておくことが必要です。

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私傷病休職中のケア

私傷病休職を巡る労使間のコミュニケーションにおいて、もっとも重要なのが、私傷病休職中のコミュニケーションです。

ひとたび休職命令を発し、会社に出社しなくなると、途端にコミュニケーションを途絶えさせてしまう会社が少なくありません。労働者側としても、会社とのやり取りが面倒になってしまったり、ストレスになってしまったりすることもあります。

しかし、休職期間中といえども、労働者との間での雇用契約(労働契約)が継続している以上、会社は、労働者の健康状態を把握しておく義務があります。このことは、職場復帰の有無やタイミングを検討する上でも、非常に重要です。

職場復帰時のケア

最後に、休職期間が満了し、職場復帰するかどうかを検討するにあたっても、そのケアには、労使間のコミュニケーションが重要な役割を果たします。

職場復帰時には、労使間のコミュニケーションだけではなく、主治医、産業医など、医療分野の専門家、労働者の家族との連携も含めた、周囲の様々な協力者とのコミュニケーションも必要となります。

会社側(使用者側)として、労働者の状況に応じた職場復帰支援プランを策定し、円滑な職場復帰を目指すことになります。この職場復帰時の時点が、私傷病休職を巡る労使トラブルが最も多いタイミングでもあります。

「人事労務」は、弁護士にお任せください!

今回は、私傷病休職の基本的な考え方についての解説と、特に私傷病休職に関連して増加している、労使間の「復職トラブル」について、弁護士が解説しました。

会社側(使用者側)としては、復職トラブルを回避するために、適切な対応を理解する必要があります。特に、「労働者の解雇」と「休職・復職・退職」の違いを理解して進めていかなければなりません。

労使間のコミュニケーションや、労働者の状況を踏まえた配慮、ケアを欠き、労働者の処遇を誤れば、安全配慮義務違反、労災などの責任追及を受けるおそれもあります。

健康状態の悪化した従業員に対する取扱いに不安のある会社は、ぜひ一度、人事労務に強い弁護士にご相談ください。

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