M&Aでは、法務デューデリジェンス(以下「DD」)で様々な問題が検出されますが、問題点ごとに解決策は異なります。そのなかで、ディールブレイカーは、企業買収そのものを中止せざるを得ない重要性の高いもの。M&Aの実現に向けて対応を続けるのか、それともあきらめてディールを終了させるのか、慎重な判断を要します。
検出された課題が短期間で修正可能なものなら、クロージングまでの是正を目指して方針を決めることができます。しかし、ディールブレイカーが存在すると明らかになったら、M&A取引を中止せざるを得ません。
発見された問題の重要性を誤認すると、M&Aにおける利益を得られなくなります。小さな課題なら、スキームや取引条件の変更、減額交渉のみで足りるケースもあります。ディールブレイカーを発見することこそ、DDの最大の目的といってよいでしょう。売り手と買い手の認識が異なると、更にハードな交渉が予想されます。
今回は、M&A前に発覚した問題点ごとの解決策、特に、ディールブレイカーへの対応について、企業法務に強い弁護士が解説します。
- ディールブレイカーは、M&A取引を不可能にする事情で、法務DDで必ず発見すべき
- ディールブレイカーが致命的で、修正不能なほど、M&Aは直ちにストップされる
- 検出された問題点が、短期間で修正し、対処できるならディールブレイカーにはならない
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M&Aのディールブレイカーとは
M&Aの取引のことを「ディール」と呼びます。ディールブレイカーとは、そのディールを破壊してしまう要因となる事情のこと。英語で「Deal Breaker」と綴り、「ディールブレーカー」と呼ぶこともあります。つまりは、買収の対象となる会社に、重大な課題があることから、M&Aを中止せざるを得ない事情のことをいいます。
M&Aでは、準備段階で、法務DDを行います。問題点があらかじめ検出できれば、M&Aの実行、すなわちクロージングのときまでに修正するよう売り手に義務付けたり、事前にスキームを変更したりといった対処が可能です。
また、ビジネスモデルの根幹に関わるなど、どうしても変更が難しい場合にも、買収価格に反映させ、減額交渉で対応することもできます。
しかし、これはあくまで、修正が可能な問題点についての対処法であり、ディールブレイカーが見つかれば、もはやM&Aを実行できません。修正が不可能な決定的な問題があるのですから、大きな損失を被る前に、M&Aを思いとどまるべきです。
法務DDの目的は、M&Aのリスクの軽減にありますから、最大のリスク要因となるディールブレイカーの発見は、DDを進める上で最も意識しておかなければならないポイントです。
法務デューデリジェンスの進め方は、次に詳しく解説します。
DDで発見されるディールブレイカーとなる問題点の例
まず、DDで発見される問題点のなかで、重要度の高いディールブレイカーを、具体例で解説します。
どのような法的課題がディールブレイカーになり得るかを知れば、実際のM&A案件で、重大な課題を見逃すのを防ぐことができます。M&Aにおいてディールブレイカーが見つかったとき、その取引を中止すべきことは、ディールの規模によって左右されるものではありません。どれほど小規模でも、目的が達成できない以上、企業買収は進められないからです。
なお、これらはあくまで例示であり、該当するからとて全てがディールブレイカーになるわけではありません。該当する問題点のうち、ディールブレイカーとなるのは修正が困難で、重要度の高いものに限られます。
事業の違法性
対象会社の事業が違法性を有するとき、もはや修正不能であり、ディールブレイカーであると言わざるを得ません。例えば、次の問題点が発覚したケースです。
- 売上の大半を有する事業が、法律に違反している
- 中核となる事業に必要となる許認可を取得していない
- 法規制の厳格化が予定されており、将来的に違法なサービスとなる
- 買収すると市場シェアが過大となり、独占禁止法に違反する
収益性の高い事業の獲得を目指すとき、その事業が違法で、買収後に継続できなければ、M&Aの目的は達成できません。当然ながらそのような失敗のないよう、DD時点で発見できるよう努めるべきです。
事業の適法性チェックは、次の解説をご覧ください。
偶発債務
偶発債務とは、現時点では生じていないものの、今後発生するおそれのある潜在的な債務のことです。偶発債務が大きすぎる場合は、ディールブレイカーになります。例えば、次のケースを考えてください。
- 近い将来にサービスが炎上するリスクが高い
- 既に顧客離れが進んでいる
- 重要な取引先と紛争が生じており、訴訟になる可能性が高い
相当程度の規模を有する会社ならば、顧客からのクレームによる損害賠償請求、取引先の未払いトラブルなどが起こる可能性が常にあります。これらの債務のように、一定確率で起こり得る債務は、M&Aにおけるリスク要因であり、将来の訴訟可能性などを的確に見積もっておく必要があります。
対象会社の風評リスクを評価するため、炎上の監視が大切です。
簿外債務
簿外債務とは、会計帳簿には記載されていないが、実際は既に生じている債務のことです。
例えば、中小企業の多くは、未払い残業代の課題を抱えています。どれほど労務管理を徹底しても、労働基準法に基づいて厳密に計算すると、未払いの残業代が発見されるケースは多いからです。残業代の時効は3年です。過去3年間、全社員の未払い残業代を清算すると相当高額になる場合、ディールブレイカーとなる可能性があります。
株式の瑕疵
株式の発行や、譲渡制限株式の譲渡は、会社法に定める手続きに従う必要があります。法律の手続きに従わない株式の移転は、無効となる可能性があります。これが、株式の瑕疵の問題です。
株式に瑕疵があると、現在株主であるとされている人が、実際は正当な権限を有しないこととなります。その結果、買収しても、対象会社の支配権を得られないおそれがあるため、M&Aのディールブレイカーとなります。
重要な取引の継続不能
主要な原材料の仕入先、売上の多くを占める販売ルートなど、重要な取引について、今後の継続が不能だと、ディールブレイカーとなるのは当然です。
取引の継続可能性は、契約書をチェックして判明することもあれば、マネジメントインタビューで発覚することもあります。特に、契約書におけるChange of Control条項に注意してください。Change of Control条項とは、会社の支配権が変更された場合(株主が変わった場合)に、継続的な契約を解除できると定める条項で、M&Aの大きな支障となります。
本来、株主が変わっても法人格が同一なら、会社が結ぶ契約は継続するのが原則ですが、Change of Control条項があると、買収完了後に、重要な取引を継続できないおそれがあります。
ディールブレイカーを発見したらM&Aを中止する
重大な問題が発見され、いかなる方法によっても回避できないならば、M&A取引そのものを中止せざるを得ないケースもあります。これが、ディールブレイカーの典型例です。
軽微な問題点ならば、M&Aの実行後の修正でも足りるでしょう。しかし、ディールブレイカーがあると、買収価格に反映して対応しようとも、損失が決定的であり、多少の減額交渉ではその損失を吸収しきれません。
法務DDなど、M&Aの準備を進めるにあたって、弁護士費用がかかっていることを考えても、ディールブレイカーがあるのにM&Aを進めるのは妥当ではありません。弁護士費用はあくまで、ディールブレイカー発見のための必要経費と割り切り、買収はあきらめるしかありません。そのまま進めた場合、損失は更に拡大するおそれもあります、
ましてや、決定的な問題が隠れている可能性のあるときに、DDを行わず、または簡易的に済ませてしまい、ディールブレイカーを見逃したままM&Aを進めてしまえば、多額の損失は免れません。
ディールブレイカーの存在するハードな買収交渉ほど、弁護士に任せるメリットは大きいもの。
M&Aに強い弁護士の選び方は、次に解説します。
ディールブレイカーを回避するための検出事項への対処法
次に、ディールブレイカーを回避するために、検出事項にどう対処すべきか、解説します。
ディールブレイカーが、M&Aを破断させてしまうのは、少なくともクロージング日までに、修正することが不可能だからです。逆にいえば、DDでどれほど多くの検出事項が報告されても、M&Aの実行までに修正して対処できるなら、ディールブレイカーとはなりません。
買収スキームを変更する
M&Aのスキームには、合併、株式譲渡、事業譲渡など、多くの種類があり、それぞれメリットとデメリットがあります。ディールに合わせた適切なスキームを選択すれば、M&Aのリスクを減らすことができるため、ディールブレイカーの回避のため、買収スキームを変更する方法が有効です。
買収スキームの変更によって、致命的と思われたディールブレイカーを回避できたケースの例を説明します。
対象会社が、大きな潜在的リスクを抱えるとき、株式譲渡でM&Aをすると、法人格が同一のままなのでリスクを引き継いでしまいます。そのため、リスクへの懸念からディールブレイカーとなる事例があります。調査の結果、偶発債務や簿外債務が多数発見されるケースが典型です。
このとき、買収スキームを事業譲渡とする手が有効。事業譲渡なら、株式譲渡と異なり、法人格は引き継がれません。対象の事業が移転するのみで、法人に紐付いた債権債務は承継されません。なお、事業譲渡だと、重要な社員の労働契約など、事業継続に必要な契約を移転させられるか、事前に合意を取り付ける必要があります。
対象会社が有する、事業に必須の許認可を引き継ぐ必要性があるために買収スキームを選択するケースがあります。取得のハードルが相当高い許認可だと、改めての取得は時間がかかり、ディールブレイカーとなることがあるからです。
このとき、合併により法人格を統合すると、対象会社の許認可を活用できず、株式譲渡の方法に変更して対処することがあります。重要な取引先とのChange of Contorol条項、核となる従業員との労働契約など、対象会社の便益を引き継ぎたいときも同様の対策が取られます。
このように、DDの結果で、当初の基本合意した買収スキームを変更する例は少なくありません。ただし、スキームの変更は、追加の手続きを要し、時間がかかったり、追加調査が必要となり費用がかかったりなどデメリットもあります。M&Aの実行(クロージング)が後ろ倒しになる可能性もあるので、総合的に検討すべきです。
取引実行条件を追加する
取引実行条件は、M&Aのクロージングをするのに必須の前提条件を定める合意のことで、最終合意書に記載されます。取引実行条件はCP(Conditions Precedent)とも呼ばれます。取引実行条件を定めると、その条件が満たされた場合にのみ買収が実行となり、もし条件を満たさない場合には中止されます。
発覚した問題点が、ディールブレイカーとなり得るものの、短期間で改善できる可能性もある場合には、取引実行条件を付与することで手当するケースがあります。問題点の改善を取引実行条件とすれば、リスクが高いままM&Aが進んでしまうのを避けることができます。
表明保証する
買い手からすれば問題点が是正可能なように見えても、実際に是正され、ディールブレイカーが回避されたか、正確には売りてにしか分かりません。情報が不完全なためにM&A取引は不安定になりがちなのを抑える対策として、表明保証条項を最終合意書に記載します。
この場合、簿外債務など想定外のリスクがないこと(もしくは、既に改善が終了していること)を表明し、保証します。
表明保証は、一定の時点において特定の事情があることを表明し、保証する条項で、その違反には、M&Aの実行後も損害賠償請求などの責任を負います。偶発債務、簿外債務などの潜在的リスクを許容し、クロージングを進める決断をした際に、リスクが拡大しすぎるのを抑えるのに活用されます。
表明保証と、違反した際の損害賠償は、次に解説します。
誓約条項を追加する
誓約条項とは、最終合意書で、売り手や対象会社に一定の義務を課す条項のこと。クロージング前の義務を定めるプレクロージング条項(プレクロ)と、クロージング後の義務を定めるポストクロージング条項(ポスクロ)に分類されます。
売り手や対象会社による行為がリスクを生み、買収を実行する弊害となっているとき、誓約条項を付すことによってこれらのリスクを防ぎ、ディールブレイカーとなるのを回避できるケースがあります。例えば、次のケースです。
【プレクロージング条項の例】
- 事業の遂行に必須となる許認可を、クロージング前に取得すること
- Change of Control条項のある重要な契約について、当事者の同意をとること
【ポストクロージング条項の例】
- 対象会社のグループ会社間での取引を継続すること
- 売り手が、M&A後の一定期間、競業避止義務を負うこと
補償条項を追加する
クロージング時点では不確定なリスクがあり、それがディールブレイカーとなるのを回避するため、最終合意書に補償条項を追加して対応するケースもあります。補償条項とは、最終合意書で、M&Aの実行後にリスクが顕在化し、買い手に損失が生じたとき、売り手が金銭補償することを定める条項です。これにより、法務DDで検出された潜在的なリスクのうちで、金銭解決できるものについてはディールブレイカーとなるのを避ける効果があります。
売り手にとって、将来のリスクが深くていなために、結果的に顕在化しなかった場合には買収価格の引き下げをするより有利になります。買い手にとっても、リスクが明らかになった場合の損失を限定できるので、合理的です。
無限定の補償条項は過大な負担であり、売り手の立場を不安定にするおそれがあります。そのため、両者で協議し、補償の時期、金額の上限といった一定の限定を加えて定めるのが通例です。
買収価格を引き下げる
検出された問題点の修正が困難な場合でも、致命的でなければ、金銭で解決する手もあります。それが、買収価格を引き下げる方法です。例えば、DDの結果、保有していた不動産や知的財産に当初想定したほどの価値がないと判明した場合、その分だけ買収価格を減額するよう交渉し、クロージングにこぎつけることができます。
潜在的なリスクはあるとしても、現在は表面化していないならばディールブレイカーにならない可能性もあります。リスクのある部分は受け入れて、その代わりにリスクが顕在化した際の対処費用として一定の金額を折り込み、買収価格を減額してもらって調整するわけです。
まとめ
M&Aにおける法務DDでは、多くの課題が発見されるのが通例です。しかし、最大の目的は、ディールブレイカーの発見にあります。
放置してよい問題点などはなく、速やかな対処を要するのは当然。ただ、企業経営への支障の程度が小さく、重要性の低い課題ならば、M&Aという重要局面ではそれほど重くは見られないでしょう。クロージングまでに修正し、対処しきれない点は、売却価格に反映するという程度で対処できます。しかし、ディールブレイカーがあれば、M&Aは破断を余儀なくされます。
そのため、発見された問題点ごとに、その重要性に合わせた適切な対処法をとることが、非常に重要です。DDを依頼した弁護士にその後の対応についても並行して相談するのがお勧めです。
- ディールブレイカーは、M&A取引を不可能にする事情で、法務DDで必ず発見すべき
- ディールブレイカーが致命的で、修正不能なほど、M&Aは直ちにストップされる
- 検出された問題点が、短期間で修正し、対処できるならディールブレイカーにはならない
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