安倍首相が提唱する「働き方改革」の中で、大きな論点となっているのが「長時間労働の是正」です。
しかし、単に労働時間を短くすれば良いというわけではなく、社員の生産性を向上させ、より短い労働時間でも、十分な成果を発揮できるよう社内制度を整備する必要があります。
「労働生産性向上」と「長時間労働の是正」を同時に実現する手立てとして注目を集めているのが「時差出勤」です。東京都による「時差ビズ」の推奨など、地方自治体でも推進されています。
そこで今回は、時差出勤によって働き方改革を実現しようとする会社に向けて、時差出勤を社内制度として導入するときに注意すべき法的ポイントを、弁護士が解説します。
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時差出勤とは?
時差出勤とは、社員の始業時刻・終業時刻を前後にずらして出社させる制度です。
始業時刻・終業時刻をずらしたパターンをいくつか作成し、そのパターンの中から任意に、もしくは会社の指示により、出勤時間を選択して出社します。
時差出勤に似た制度に、勤務間インターバル制度、テレワーク、フレックスタイム制などがありますが、いずれも厳密には異なった意味で使われています。
- 勤務間インターバル制度
:1日の勤務終了後、翌日の勤務開始までに一定の休憩時間を確保する制度 - テレワーク
:ICTを活用した、時間・場所に拘束されない働き方 - フレックスタイム制
:会社の決めたコアタイムに出社すれば、フレキシブルタイムの出社は、始業時刻・終業時刻を労働者が自由に決めることができる制度
時差出勤を導入することは、社員の早朝の通勤ラッシュ回避に役立つだけでなく、次の通り、多くのメリットがあります。
時差出勤のメリット
時差出勤の一番のメリットは、始業時刻を通勤ラッシュの時間帯からずらすことによって、通勤時のストレスを緩和できることです。
更に、時差出勤には、育児・介護を行う社員にとって私生活との両立が可能であることや、それ以外の社員にとっても、ワークライフバランスを保つ重要なメリットがあります。
時差出勤によって、業務効率、生産性を向上させ、長時間労働を是正して、社員の健康に資するとともに人件費(残業代)の負担も軽減することができます。
時差出勤のデメリット
メリットの多い時差出勤ですが、気を付けて導入しなければ、デメリットも多くあります。
会社側(使用者側)にとって最も大きいデメリットは、実労働時間の把握が煩雑になる点です。会社は、労働者の実労働時間を把握し、労働者の健康・安全に配慮する義務がありますが、時差出勤の自由度が大きすぎると、実労働時間を社員1人ごとに個別に把握しなければならなくなります。
また、会社の業務や、社員の担当する職務によっては、一定の時間に多忙となることが予想できたり、必ず参加しなければならない会議があったりなど、時差出勤にそもそも向かない場合があります。
したがって、時差出勤の導入を検討する会社は、これらのデメリットを解消する、適切な制度設計を考えなければなりません。
時差出勤のための社内制度の整備
時差出勤を導入する目的が、単に「早く出社する」ことによる通勤ラッシュの回避だけではなく、業務効率の向上、生産性の向上にあることから、社員任せにするのではなく、会社が制度として整備する必要があります。
そこで次に、時差出勤を有効活用するために、会社側(使用者側)が検討し、決定すべき社内制度の整備について、弁護士が解説します。
始業時刻のパターン
時差出勤を導入する際に、「何時間早く出勤することとするのか」について、法律上決まったルールはありません。また、何パターンの勤務パターンを認めるのかについても、特に決まりはなく、会社が判断する必要があります。
時差出勤をこれまで導入してこなかった会社であれば、初めは、1~2時間程度の幅で、3パターン程度の勤務パターンで開始することをお勧めします。
既に事実上、時差出勤を認めている会社では、実際に社員が出社してくる時間帯に合わせて勤務パターンを複数作成するのがお勧めです。既に存在する社員の勤務パターンに合わせて制度設計すれば、残業時間を減らすことができます。
勤務パターンの決定方法
時差出勤の勤務パターンを決定する方法には、大きく分けて、会社側が決定する方法と、社員側が決定する方法とがあります。
業務への支障を最小限にするためには、部署ごと、業種ごとなどに類型化して、会社が勤務パターンを決定する方法がお勧めです。
ワークライフバランスの実現を主目的として、社員に自由に選択させる制度とする場合であっても、業務への支障が生じないよう、ある程度以前には、勤務パターンを選択してもらう必要があります。
勤務パターンの決定時期
勤務パターンを、会社が決めるにせよ社員が決めるにせよ、ある程度以前に、勤務パターンが決まっていなければ不都合が生じます。
会社側(使用者側)にとって、「出社してこないため業務が進まない」という不都合があるのは当然のこと、社員側からしても、始業時刻が直前まで不明なのでは、プライベートな時間を自由に使うことができません。
一般的には、シフトと同様に、1週間、1か月などの単位を決めて、その単位期間の開始前に、社員に対して始業時刻を周知します。
「1日単位で社員が自由に選択できる」という制度の場合、社員にとって自由度は高いものの、その社員の始業時刻が直前までわからないことによる業務上の支障が大きく、また、モチベーションが低下するおそれもあります。
参考
単に通勤ラッシュを避けるために個人的に早出したとか、社員のミスで遅刻してしまった、といったケースと、時差出勤とを区別する必要があります。
「1日単位で社員が自由に選択できる」という制度の場合、自分のミスによって遅刻してしまったとき、これを時差出勤に振り替えることができてしまい、不適切です。
時差出勤の対象労働者
時差出勤を、会社が制度として導入するときに、必ずしも全社員を対象とする必要がありません。
必ずしも時差出勤の導入に適していない社員は、次の通りです。
- 一定の時間帯に必ず多忙となることが予想される部署
- 来客・電話対応を必要とする部署
- 顧客訪問を必要とする部署(営業部など)
- 他社員の勤怠管理を行う必要のある社員(管理職など)
- 他社員から決済を依頼される社員(管理職など)
これらの社員について、時差出勤の対象外とすることも可能です。
また、完全に対象外とすることによって不公平感が生じる場合には、時差出勤の裁量の幅を小さくしたり、交代制のシフトを指定したり、業務分掌自体を見直したりといった対応も検討してください。
時差出勤を導入したときの勤怠管理・残業代計算の注意点
時差出勤を制度として導入する場合には、残業代の計算方法について、より慎重な配慮が必要となります。
というのも、始業時刻・終業時刻が全員固定であれば、残業代の計算方法は全員一律で良く、ミスも起こりにくいです。労働法の専門的な知識を理解していなくても「始業時刻から8時間経ったら残業」とさえ理解しておけば、大きくは間違いません。
時差出勤を導入した際の勤怠管理と、残業代計算の注意点について、弁護士が解説します。
実労働時間の個別把握
「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間)を超える労働時間に対しては、時間外労働割増賃金(残業代)を支払う必要があります。
しかし、時差出勤の場合には、労働者ごとに始業時刻が異なるため、実労働時間の把握は、労働者個人ごとに正確に行わなければなりません。会社が、実労働時間を把握しない結果、残業代を正しく支払っていなかった場合、後からまとめて高額の請求が来るおそれがあります。
実労働時間の把握、残業代計算を自動的に行ってくれるクラウドシステムの導入などを合わせて検討することが有益です。
深夜残業に注意
「午後10時から午前5時までの労働」(深夜労働)に対しては、深夜労働割増賃金(残業代)を支払う必要があります。
一般的に9時頃が始業時刻であれば、深夜労働は既に時間外労働(1日8時間を超える労働)であるため、その割増率は「50%以上」となります。しかし、時差出勤によって始業時刻が遅い場合、深夜労働ではあるけれども時間外労働(1日8時間を超える労働)ではない、というケースがあります。
この場合には、支払うべき残業代は、深夜労働割増賃金のみで良いため、その割増率は「25%以上」となります。
一斉休憩の適用除外
労働基準法34条によれば、会社は労働者に対して、労働時間が6時間を超える場合には45分、労働時間が8時間を超える場合には1時間以上の休憩を与えなければなりません。そして、この休憩は、事業場単位で「一斉に」与えることがルールとされています。
そのため、時差出勤を導入した結果、一斉休憩を実現できない場合には、例外的に許されるための要件である労使協定の締結を行わなければなりません。なお、この労使協定は、労働基準監督署(労基署)への届出までは不要です。
参考
なお、以下の業種では、一斉休憩は適用除外とされているため、労使協定の締結は不要です。
運輸交通業、商業、金融・広告業、映画・演劇業、通信業、保険衛生業、接客娯楽業、官公署
労働者の健康・体調への配慮
時差出勤に慣れないうちは、始業時刻が日によって異なることとなると、社員が生活リズムを崩してしまうことがあります。ワークライフバランスを保つことが目的であるのに、かえって社員が不調となれば本末転倒です。
身体面の健康はもちろん、精神面の健康にも生活リズムのずれは大きく影響し、業務効率も悪化します。
会社としては、労働者を健康で安全に働かせる義務(安全配慮義務)を負うことから、労働者の健康・体調への配慮が、時差出勤の導入の際には重要となります。
残業代を正しく支払っていたとしても、長時間労働や業務の不規則性によって労働者が体調を壊した場合、会社の安全配慮義務違反の責任が問われる可能性があります。
制度趣旨の説明会を開催し、まずは試験導入から実施し、社員アンケートや個別面談によるヒアリングをするなど様子見をし、急激な導入によって労働者に負担をかけることのないようにしてください。
時差出勤の運用上のポイント
時差出勤の制度を導入することにデメリットやリスクがあるとしても、運用上の注意点を守ることによって解消することが可能です。
有効活用のためには、会社の業種や規模、導入対象となる労働者の種類などに応じて、ケースバイケースで適切な運用方法を選択していく必要があります。
最後に、時差出勤を導入する会社の運用上のポイントについて、弁護士が解説します。
就業規則を整備する
始業時刻・終業時刻は、就業規則の絶対的必要記載事項とされており、必ず就業規則に記載しなければなりません。
そのため、時差出勤を取り入れ、始業時刻・終業時刻が勤務パターンによって複数存在する場合には、そのすべてを就業規則に記載しておく必要があります。
時差出勤の始業時刻・終業時刻について定める就業規則の規定は、例えば次の通りです。
社員が選択できる時差出勤
第○条 当社の始業時刻・終業時刻は、次の通りとする。
・始業時刻 午前9時00分
・終業時刻 午後6時00分
第○条 時差出勤制度の適用を希望する社員は、時差出勤の適用される月の前月25日までに、当社所定書面による届出を行うことにより、次の3パターンから始業時刻・終業時刻を選択することができる。
Aパターン
・始業時刻 午前7時00分
・終業時刻 午後4時00分
Bパターン
・始業時刻 午前8時00分
・終業時刻 午後5時00分
Cパターン
・始業時刻 午前10時00分
・終業時刻 午後7時00分
会社が指定する時差出勤
第○条 当社の始業時刻・終業時刻、次の3パターンから、当社が月の前月25日までに、シフト表によって指定する。
Aパターン
・始業時刻 午前7時00分
・終業時刻 午後4時00分
Bパターン
・始業時刻 午前8時00分
・終業時刻 午後5時00分
Cパターン
・始業時刻 午前9時00分
・終業時刻 午後6時00分
コミュニケーションを代替する
時差出勤では、部所内、他部署、取引先などのそれぞれとの間で、コミュニケーション不足による業務上の不都合が生じるおそれがあります。
時差出勤する社員が不在のとき、他の社員では対応できない業務があったり、大人数の会議が設定しづらくなったりといったことが、コミュニケーション不足を更に加速させます。
そのため、時差出勤を運用する際の注意点として、コミュニケーション不足を代替するための方策を検討する必要があります。
例えば、業務を平準化、マニュアル化し、不在時には他の社員でも対応できるようにしたり、業務の分担を変更して大人数の会議を設定する必要をなくしたりといった方法があります。
ITシステムの導入を併用する
時差出勤のデメリットを解消するために、ITシステムを導入することによって、会社の業務効率を更に向上させることができます。
実労働時間を正確に把握するためのクラウド勤怠システム、時差出勤によって不足しがちなコミュニケーションを代替するためのビデオ会議システム、煩雑なシフトを管理するシステムなどが一例です。
最近では、ITシステムの導入コストは、クラウドサービスの普及によって安価に抑えることができるようになり、中小企業やベンチャー企業でも無理なく実践可能です。
社員間の不公平感を解消する
全社一斉、もしくは、少なくとも部署単位で一斉に時差出勤とすれば、不公平感は生まれません。しかし、一律の時差出勤とすると、本来であれば業務を行うべき時間に、業務を行う社員が一人もいなくなってしまう事態も生じかねません。
来客や電話対応などのために、多忙な時間帯にシフト制として時差出勤を導入する場合には、社員の不公平感が生まれないよう、注意する必要があります。
時差出勤の導入によって社員感に生まれがちな不公平感は、次の通り多種多様なため、様々な立場を比較して、不公平感を解消する努力をしなければなりません。
時差出勤により、直接対面でのコミュニケーションが不足することが、まずます労働者間の対立を加速させるおそれもあります。
- 時差出勤の適用対象となる労働者と、適用除外となる労働者間の不公平感
- 時差出勤で、多忙な時間帯のシフトとなる労働者と、暇な時間帯のシフトとなる労働者の不公平感
- 時差出勤で出社していない労働者と、その間の業務負担が集中した労働者の不公平感
管理職を教育する
社員間の不公平感を解消するために重要となる考え方は、「個人の違いの尊重」です。
例えば、始業時刻が違う場合には、遅出の社員がまだ働いている時間に、早出の社員は帰宅することができます。遅出の社員が不公平間を感じ、早出の社員もまた後ろめたさを感じるようでは、早出社員の無駄な残業を助長しかねません。
会社が制度を整備するのは当然ですが、それぞれの始業時刻が違うことを尊重できるよう、社員に時差出勤制度の趣旨を説明し、教育することが会社にとって重要です。
特に、時差出勤を実際に運用したり、労働者の実労働時間を把握・管理したりする必要のある管理職の教育は、時差出勤の有効活用にとって必須です。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、働き方改革によって社会問題化している、「長時間労働の是正」と「業務効率の向上」を合わせて実現するための、時差出勤の実務上のポイントについて、弁護士が解説しました。
時差出勤は、正しく導入すれば、単なる通勤ラッシュの回避だけでなく、ワークライフバランスの向上、労働者のモチベーションの上昇、業務の効率化など、大きなメリットがあります。しかし一方で、残業代計算を誤り、高額な残業代請求を受けたり、労働者の健康を害してしまったりといったリスクとも隣り合わせです。
会社内の労働時間制度について、見直しを検討している会社は、ぜひ一度、企業側の労働問題に強い弁護士にご相談ください。
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