働き方改革や新型コロナウイルスの感染拡大にともない、近年、社員にテレワークや在宅勤務を命じる会社が増えています。
テレワークや在宅勤務の導入で、通勤の機会が減り、勤務時間も短縮することから会社としては、これまで支払っていた賃金・交通費・通勤手当などを減らし、人件費の削減を検討したいと希望することがあります。
一方、就業規則を変更することによって労働条件の不利益変更を進めるには、労働者の同意がない限り、原則として許されないため、判断に迷う会社もあるのではないでしょうか。
働き方改革は、単に働く場所がオフィスから自宅やリモートになるというだけでなく、賃金の支払い方にも大きな変化をもたらします。
そこで今回は、テレワークや在宅勤務を導入するときに、賃金・交通費・通勤手当をそれぞれ減額することができるのか、企業法務に詳しい弁護士が解説します。
「リモートワーク」の法律知識まとめ
テレワーク・在宅勤務の交通費・通勤手当
これまでテレワークや在宅勤務を導入してこなかった会社でも、働き方改革・新型コロナウイルスの影響で導入を検討する会社が増えています。
テレワークや在宅勤務を導入すると、社員が出社する機会は減少し、その分、会社としては「交通費や通勤手当をこれまでどおりに支払う必要はないのではないか」という疑問が生じることかと思います。
一方で、交通費などに関する事項は就業規則で定める会社が多く、これは労働条件の一部となっています。そして、労働条件を、労働者の同意なく不利益に変更することは原則として禁止されています。
そこで、まずは、不利益変更の問題を説明するに先立ち、テレワークや在宅勤務時の交通費の実情等について解説します。
交通費・通勤手当とは
通勤手当は、会社が社員に支払う通勤に必要となる費用、交通費は移動に必要となる費用の実費を指します。一般的には、通勤に必要な費用を、(一定の上限などの要件を満たす場合に)実費で計算して支払っている会社が多いです。
しかし、交通費は通勤手当は、賃金とはことなり会社に法律上の支払い義務があるわけではありません。そのため、支給の要件や支給額は、会社の定める就業規則や給与規程で決めることができます。
そのため、テレワーク・在宅勤務の交通費・通勤手当を検討するにあたっては、まずは会社の規程類を確認し、支給状況などを確認してください。
リモートワークの交通費問題の実情
実際にテレワーク・在宅勤務を取り入れる会社では、経費削減の点から交通費などの減額を検討します。
とはいえ、会社の業務形態や業務の内容によっては、通勤や移動が一切なくなるわけではありません。そのため、出社日数に応じて柔軟に支払方法を変更することが大切です。
例えば、出社日数が多い社員には通勤手当(定期代)を支給し、出社日数が少ない場合には、出社した日数分の交通費を支給する、という交通費の支払い方も有効です。
交通費・通勤手当を減額するためには?
一方で、現在オフィスに出社させている社員に、テレワーク・在宅勤務などのリモートワークを導入する場合には、これまで就業規則や賃金規程で決めていた交通費・通勤手当を減額することを検討します。
交通費や通勤手当を、就業規則などの会社規程によって定めている場合には、その規程の変更が必要となりますが、この際には、のちほど解説する「変更の合理性」が要件となります。「変更の合理性」もしくは「社員の同意」のいずれかがない場合、その変更は違法です。
就業規則は、全社的に統一のルールを適用するためのものです。そのため、全社的にリモートワークを導入するなら、就業規則の変更が適切です。
これに対して、各社員に個別のルールを適用する場合には、社員ごとに個別に合意して交通費などを取り決めることも可能ですが、就業規則に決められている労働条件を下回ることはできません。
なお、テレワーク・在宅勤務を実施する際には、交通費・通勤手当以外にも多くの注意点があり、これらの注意点に配慮するためにも、就業規則の作成・変更が必須となります。
労働条件の不利益変更をおこなう方法
これまでは支給していた賃金・交通費・通勤手当などを減額することは、たとえテレワーク・在宅勤務などのリモートワークによって働き方が変わるとしても、社員側にとって不利益になり「労働条件の不利益変更」にあたります。
「労働条件の不利益変更」は、社員の同意がない限り、原則として許されません。もっとも、会社経営を取り巻く事情は日々変化するため、労働条件を柔軟に変更する必要性もあります。そのため、会社の一方的な判断による労働条件の不利益変更が許される場合もあります。
以下では、どのような場合に「不利益変更」が許されるのかについて具体的に解説します。
労働条件の不利益変更が許される要件
社員の同意がなくても労働条件の不利益変更が許される場合とは、就業規則の変更に「合理性」があり、かつ、その就業規則が周知されている場合です。
このことは、労働契約法に次のとおり定められています。
労働契約法10条使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
このように、就業規則を変更することによって、全社的に不利益な労働条件を導入するようなケースでは、「その就業規則の変更が、合理的なものであるかどうか」という点が争点となります。
そして、この合理性を判断する際には、次の要素が総合的に考慮されます。
- 労働者の受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の状況
不利益変更によって労働者の受ける不利益の程度が小さいほど、その労働条件の不利益変更には「変更の合理性」があると認められやすくなります。そのため、会社側(企業側)としては、不利益変更をするときであっても、できる限り労働者の受ける不利益を緩和する方法を考える必要があります。
リモートワーク導入時の賃金・交通費・通勤手当の削減の例でいえば、もともと支給されていた交通費との差を小さくすること、労働者の在宅勤務日数に見合った金額にすること、出社する頻度の多い場合には定期券を支給するなどの配慮をすること、といった点が重要となります。
労働条件の変更の必要性
不利益変更を行わなければならない会社の必要性が大きいほど、「変更の合理性」があると認められやすくなります。会社側(企業側)の経済的な理由などもこれにあたります。
リモートワーク導入時の賃金・交通費・通勤手当の削減の例でいえば、在宅勤務をしているのであれば交通費は生じませんから、会社が交通費を支払う合理的な根拠が乏しく、不利益変更の必要性が認められる可能性があります。
変更後の内容の相当性
「変更の合理性」があると認められるためには、変更した後の就業規則の内容が、相当性のある内容でなければなりません。
変更をする必要性があっても、変更後の労働条件などが、あまりにも労働者に与える不利益の大きい内容であるような場合、「変更の合理性」は認められません。
「相当な内容であるかどうか」の判断をするには、会社の属する業界、業種、同規模の同業他社などの労働条件を参考に、比較検討する必要があります。
労働組合等との交渉の状況
社員や労働組合に対して、不利益変更の必要性について時間を掛けて説明し、話し合いを行う必要があります。社員の理解を得るプロセスをおこたると「変更の合理性」がないと判断される可能性があります。
変更前に従業員代表や労働組合の同意を取っておけば「変更の合理性」が認められやすくなります。
話合いの中では、交通費の減額の程度に応じた経過措置を設けることなど労働者の理解を得るための努力をすることも大切です。
賃金は特に重要な労働条件
交通費・通勤手当なども、社員側にとって重要な労働条件であることに変わりはありませんが、金額の大きさや労働者の生活保障という観点から考えると、「賃金」が特に重要な労働条件です。
そのため、基本給などの賃金を減額する場合における「変更の合理性」はより厳格に判断されます。このことは、テレワーク・在宅勤務などのリモートワーク導入時の賃金減額についてもあてはまります。
会社としては、どうしても賃金の減額を考えているときは、できる限り「変更の合理性」を認めてもらいやすくするために、合わせて次のような対応を検討してください。
- 全社員の賃金額の総額は減らさず、分配方法・評価方法を変更するにとどめる
- 休憩時間を増やすことで、労働時間を減らす
- 業績賞与など、他の要件によって支給される金額を増やす
- 調整給を支給し、時期に応じて段階的に減額する(激変緩和措置)
「成果主義」への変更を検討する
ここまで解説してきたとおり、単なる賃金の減額は、たとえリモートワーク導入をきっかけとしておこなっても違法となる可能性が高いです。
そこで、リモートワークなどの導入で労働時間の把握が困難となることに対応して、これまで年齢や勤続年数という「働いた時間」で評価をする考え方(年功序列)から、成果によって評価する制度(成果主義)へと、考え方自体を変更することも有効です。
成果主義であれば、オフィスに出社せずにはたらいていても、成果を出せば相応の評価を受けることができます。一方で、賃金の総額を減らすことなく「より会社に貢献した人に、より多くの賃金を与える」ことが実現できます。
実際、就業規則の変更についての裁判例で、成果主義型の賃金体系への変更であれば、不利益変更であっても合理性があると認めた裁判例もあります。
テレワーク・在宅勤務の導入時、賃金・交通費・通勤手当を減らす方法
労働条件の不利益変更には「変更の合理性」が必要であるという一般論を解説しました。このことは、テレワーク・在宅勤務などのリモートワークの導入時に人件費を削減しようと考えるときも同様です。そして特に賃金は重要な労働条件であり「変更の合理性」はより厳しく判断されます。
とはいえ、テレワークや在宅勤務などのリモートワークは、これまでとは働き方が大きく変容するため、きちんと手続きを踏めば、減額できる費目もあると考えられます。
そこで最後に、就業規則を「変更の合理性」を満たす形で変更し、リモートワーク導入時に賃金・交通費・通勤手当を減らす方法について、場面に応じて解説します。
通勤が減ることによる交通費・通勤手当の減額
交通費・通勤手当の減額については、これまでの支払い方法や支給額の決め方によっては、「変更の合理性」が認められる可能性が高いです。
テレワーク・在宅勤務などのリモートワークでは、通勤が必要なくなるため交通費の支出がなくなります。そのため、交通費や通勤手当を減らしても労働者の不利益はないく、一方で会社にとっては経費を削減する必要性も認められるからです。
通勤手当を出社日数に応じて支払っているケースで、リモートワークの導入で出社日数が減少した場合にも、減少した出社日数を限度として通勤手当を減額することには合理性があります。
テレワーク・在宅勤務などのリモートワーク導入後は交通費を実費で支給する場合には、厚生労働省の「テレワークモデル就業規則」の定め方が参考となります。
「・・・在宅勤務が週4日以上の場合の通勤手当については、毎月定額の通勤手当は支給せず、実際に通勤に要する往復運賃の実費を給与支給日に支給するものとする。」(厚生労働省ホームページ【テレワークモデル就業規則】20頁)
注意ポイント
交通費・通勤手当という名目でありながら、実際には全社員に一律の金額を支給している場合には、すでに交通費・通勤手当という名目は「形骸化」しているといわざるをえません。
このような場合に、テレワーク・在宅勤務などの導入時だからといって変更の必要性はなく、むしろ実質的には給与を減らすに等しいものと考えられますから、「変更の合理性」が認められないおそれがあります。
全社的にリモートワークを導入するのに、正社員と非正規社員(契約社員・パート・アルバイトなど)との間で交通費・通勤手当の減額率を変えることも、「同一労働同一賃金」の観点からして違法となるおそれの高い扱いです。
休憩が増えることによる賃金減額
テレワークや在宅勤務に移行することで、休憩時間が多くなる傾向があるため、「休憩を増やせば、賃金の減額が可能か」という疑問がわきます。
一般的に、テレワークや在宅勤務では労働時間を正確に把握することがとても難しいです。そして、「賃金」という重要な労働条件については、「変更の合理性」がかなり厳しく判断されます。
そのため、テレワークや在宅勤務への移行にともなって労働時間が少し減少するのではないか、という程度で、賃金を減額することは許されないと考えるべきです。
もっとも、まったく変更が認められないわけではなく、休憩時間を指定し、その時間の自由利用を認め、会社として労働時間の把握をしっかりとおこなうことにより、就業規則の変更の必要性を説明することも可能です。
テレワーク・在宅勤務の労働時間を正確に把握するためには、証拠を残しておくことが重要です。この点で、WEB会議の実施やクラウドのタイムカードサービスなどの利用を検討することも有効です。
固定残業代の減額
「固定残業代」とは、残業代として支払うであろう予定額を、あらかじめ基本給に含めて、もしくは手当として支払っておく制度のことです。「固定残業手当」「みなし残業代」などと呼ぶこともあります。
テレワークや在宅勤務に切り替えたとき、残業が減少することが予想される場合には、もとも支払っていた固定残業代の減額を検討する会社もあるのではないでしょうか。しかし、固定残業代の減額もまた「不利益変更」にあたるため、減額するためには「変更の合理性」が必要です。
具体的な事案によってことなりますが、変更前の固定残業代の金額と変更後の差額が小さく、残業時間をしっかりと減らす努力をするとともに、経過措置などを定めて徐々に減額するようにした場合には、「変更の合理性」は認められやすいです。
ただし、固定残業代が有効であると認められるためには、裁判例上、残業代以外の賃金と明確に区別されていなければならないものとされています。テレワーク・在宅勤務でも残業代の支払い義務は生じますので、そもそも、従来の固定残業代制度が無効となっていないかどうかもチェックが必要です。
「企業法務」は、弁護士にお任せください!
今回は、働き方改革や新型コロナウイルスに対応して導入例が増えているテレワーク・在宅勤務などのリモートワークの際に、会社が考えておくべき人件費抑制策について弁護士が解説しました。
社員にテレワークや在宅勤務を命じる会社が増えることで、賃金・交通費等の減額の問題も増加することが予想されます。
就業規則の不利益変更が許される「変更の合理性」の要件は、過去の裁判例などを参照しつつ、様々な事情を考慮する必要があります。この判断は、会社側の一方的な視点だけでは不十分となりがちな、専門的な検討が必要となります。
テレワークや在宅勤務のおけるコスト削減についてお悩みの際は、企業法務に詳しい弁護士にぜひお早めに、ご相談ください。
「リモートワーク」の法律知識まとめ