会社の経営者や人事担当者が採用活動を進めるにあたって、特にあたまを悩ませているといっても過言ではないのが「不採用者への対応」です。
不採用者に対しては、いわゆる「お祈りメール」を送るのが通例になっていますが、ネットが高度に普及した近年、不適切な「お祈りメール」は会社への悪評につながる危険があります。
採用、不採用は、会社の自由です。これは「採用の自由」があるからです。しかし、「不採用」とされた応募者のなかには、会社に恨みや敵意をもち、トラブル化してしまう人もいます。
今回は、採用選考をスムーズにすすめるため、適切な「お祈りメール」をおくるために理解したい注意点を、企業の労働問題に詳しい弁護士が解説します。
「採用内定・試用期間」の法律知識まとめ
サイレントお祈りとは?
サイレントお祈りとは、採用選考の過程で、不採用者に対して会社がなにも通知しないことを意味する俗語です。
採用応募者にとっては、採用の合否がわからないため、不安な気持ちのまま待ち続けたり、他社の選考を受けられない状態が続いたりといった不利益があります。
採用界隈でよくつかわれる「お祈り」という俗語について説明した上で、次に「サイレントお祈り」がどのようなものなのか、弁護士が解説します。
「お祈り」とは
「お祈り」とは、採用選考で不合格となった応募者に送る「不採用通知」のことです。「不採用通知」は一般的に、メールなどで送られることが多いため、「お祈りメール」といいます。
この「不採用通知」をしらせるメールの末尾を「今後の◯◯様のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。」といった文章で締めくくることが通例であるため、就活生の間で流行した俗語が「お祈りメール」です。
会社側にとって、いいづらい「不採用」をメールだけでつたえることができるため、「お祈りメール」は採用担当者の心理的負担を軽減することにつながります。
しかし、「お祈りメール」などといった俗語が流行しているとおり、適切な対応をしなければ、「採用選考の対応が悪いブラック企業だ」とインターネットなどで風評が広まり、企業イメージが低下しかねません。
応募者にできる限り不快感、嫌悪感を抱かせないよう、また、会社に悪い印象をもたれないよう、「お祈りメール」で不採用を伝えるときは、適切なことばを選択することが必要です。
「サイレント」とは
「サイレント」とは「静か」という意味です。「サイレントお祈り」とは、採用選考の結果が不採用であったときでも、応募者に対して不採用の通知を送らないことをいいます。
さきほど解説した「お祈りメール」さえ送られないため、全く音沙汰がないことから「サイレントお祈り」という俗語で呼ばれます。
「サイレントお祈り」には、単に採否の通知がまったく来ないパターンだけでなく、次のように、一定の期限までに採否の通知がこないことによって不採用が確定するパターンがあります。
- 面接前にあらかじめ合否を決める期限を設定し、「合格者にのみ連絡をする」と事前に通知する
- 期限までに次回面接の通知がこないときには、不採用が確定する
「サイレントお祈り」する理由
会社側が、「サイレントお祈り」をする理由としては、次の3つが考えられます。
- 対応コストの削減
:ネット就活の拡大などにより応募者が増加する一方で、採用部門のコストは限られており、不合格者へのフォローの手間を減らしたい - 業務ミスの低減
:合格者と不合格者のメール送信先を間違えるリスクを避けたい - ボーダーラインの応募者のキープ
:内定辞退に備えて、繰り上げ内定の補欠人員をキープしておきたい
しかし、これらの理由を見て頂ければわかるとおり、会社が「サイレントお祈り」をする理由は、いずれも会社側の都合によるものであって、労働者には不利益しかありません。
対応コストの削減、業務ミスの問題は、いずれも、企業努力で解決すべき問題です。
ボーダーラインの応募者をキープしつづけることは、会社の身勝手な考え方であり、あまりにサイレントお祈りの期間が長いと、応募者側からは不満を抱かれてしまいます。
会社の一方的な都合だけでおこなう「サイレントお祈り」は、労働者を不安定な立場に置き続けるもので、不適切な行為といわざるをえません。会社の悪評をまねくリスクがあり、避けたほうがよいでしょう。
サイレントお祈りの問題点
会社側には、「採用の自由」が認められています。
つまり、どのような人を雇うか(もしくは、雇わないか)、採用条件、不採用の場合にどのような対応をとるかは、原則として、会社が自由に決定できます。
会社には応募者を「採用する義務」は当然ありませんし、「不採用の通知をする義務」も法律上は存在しません。
幅広い自由が認められていることを考慮してもなお、「サイレントお祈り」には問題点があり、結果として、会社側(企業側)にとっての大きなデメリットにつながります。
企業の信用低下・イメージダウン
採用応募者にとって、採用選考の合否は、人生を左右する重要事項です。合否がはっきりしないまま待たされる状態は、応募者にとって非常に不安で苦痛なものです。
それにもかかわらず、配慮を欠いた「お祈りメール」を送ったり、「サイレントお祈り」をしたりすることは、応募者の会社に対する信用を著しく低下させるおそれがあります。
会社の信用低下は、その会社だけでなく、会社の商品やグループ企業全体のイメージダウンにもつながる可能性があります。現在は応募者でも、のちに他社に入社したあかつきには、顧客になったり、取引先になったりする可能性もあります。
取引チャンスを失うおそれ
「不採用としてしまえば、その人と関わることはない」と軽く考えることは禁物です。会社と不採用者との関係は、採用選考だけで切れるとは限りません。
不採用となった応募者も、少なからず会社や商品に興味を持って応募してきたはずです。将来、顧客になるかもしれませんし、取引先の担当者として関わる機会がないとも限りません。
不採用者が、「あんな失礼な会社の商品なんて買いたくない」「『サイレントお祈り』する会社と取引なんてしたくない」と考えるとすると、配慮を欠いた「お祈りメール」、安易な「サイレントお祈り」は、会社の将来の取引チャンスを失う危険につながります。
風評被害・炎上リスク
最近では、インターネット上やSNSで、会社を誹謗・中傷されるケースも増加しています。就職活動で感じた会社の評判を書き込み、情報共有することのできるサイトも増えています。
ひとたびSNSや匿名掲示板などに書き込まれてしまえば、インターネット上の情報の拡散スピードは止められません。SNSに書き込まれた文章が、コピペされ、別のサイトに転載されると、全ての書き込みを削除することは非常に困難です。
「サイレントお祈り」により不合格者が会社に抱いた過剰なマイナスイメージが、SNSの書き込みをキッカケにして、全国の就活生や取引先企業、一般消費者にまで広がれば、会社の受けるダメージは計り知れません。
特に、採用選考の場面では、会社の重要な役職者が矢面に立ちます。このような風評被害、炎上の際には、社名だけでなく担当者名までインターネット上にさらされてしまうことがあります。
不採用者への適切な対応
ここまで解説したとおり、配慮を欠いた「お祈りメール」や「サイレントお祈り」など、不合格者への不適切な対応は、会社にとって大きなリスクにつながります。
そのため、不合格者に対しては、原則として不採用通知を送りましょう。不採用通知の内容も、慎重にことばを選ばなければなりません。
また、大企業など、対応コストの関係で「サイレントお祈り」とせざるを得ない会社であっても、応募者に必要以上の不信感を抱かせないためにも、適切な制度運用が必要となります。
採否の期限を明確にする
第一に、「採用か不採用か」という合否の通知に期限を設け、採用応募者に明確につたえます。このことは、「お祈りメール」を送る場合でも「サイレントお祈り」の場合でもあてはまります。
「サイレントお祈り」の場合には特に、合否の通知の期限をはっきりと定めるとともに、その期限も不当に長すぎるものではないようにしてください。
採用選考の段階にもよりますが、通常は1週間もあれば、少なくとも「不合格かどうか」の結論は出せるはずです。これより長い期限を設定する場合など通知が遅くなることが予想される場合には、お詫びのことばを添えるとともに、採用選考に時間を要する理由をつたえるなど、配慮ある対応が求められます。
期限を遵守する
採用の可否についての通知期限を設定し、応募者に明示した場合には、その期限をしっかり守らなければなりません。
応募が多すぎて、不採用通知を送る予定ではあるけれども期限がかなり先になってしまう可能性があるというときは、お詫びのことばとともに、かなり先の期限になったとしても通知期限を明確に示すことが大切です。
可能であれば、設定した期限よりも早く通知ができるよう努力すべきです。
誠実な対応をする
不採用者に「お祈りメール」を送るときには、とにかく誠実な対応をすることが大切です。メールや書面の文章も、丁寧な言葉づかいで書かなければなりません。
「不採用なのだから、今後の関わり合いはないはずだ」という甘い考えは禁物です。
「会社に興味をもって応募して頂いた」という感謝の気持ちを忘れずに、不合格者にも十分な配慮をしながら、丁寧な言葉づかいで「お祈りメール」を作りましょう。「お祈りメール」の文案は、例えば次のとおりです。
この度は、弊社にご応募いただきまして誠にありがとうございました。
弊社にご興味をお持ちいただきましたことに心より御礼申し上げます。
この度は多数のご応募をいただき、社内で慎重に協議をいたしました結果、
誠に遺憾ではございますが、貴意に沿えないという結論となりました。
何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
また、ご連絡をお待たせしましたことを、深くお詫び申し上げます。
末筆ながら、今後の◯◯様のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。
あくまでも、文例(書式例)ですので、御社の状況や、採用応募者の状況に合わせて、文言の修正が必要です。
個別の問い合わせに対応する
期限までに通知ができなかった場合や、採否を決める期間が長すぎる場合には、応募者から会社に対して、直接問い合わせがくる場合もあります。
このような場合でも、よほど失礼な問い合わせでない限り、個別の問い合わせには丁寧に対応すべきです。このときの対応が悪いことも、会社のマイナスイメージにつながるおそれがあるからです。
また、採用を検討している候補者について、直接の問い合わせに応じずに放置しておくと、他社の選考を受けてしまい、優秀な人材を逃してしまうおそれもあります。
参考
応募者からの直接の問い合わせに真摯に対応すべきことは、企業イメージのダウンにつながるリスクを低減するためです。
一方で、応募者から不適切な問い合わせがあった場合、例えば「適切な期限を設定しているのに、期限前に問い合わせをおこなった場合」「何度もしつこく問い合わせをし、業務に支障を生じさせた場合」といったケースでは、別の問題が生じます。
このような不適切な個別の問い合わせがあった事実を、採否の判断において不利益に取り扱うことは、「採用の自由」の観点からみて問題ありません。
不採用理由は回答しない
不採用者に対して「お祈りメール」を出すと、不採用の理由について応募者から問い合わせをされることがあります。
応募者からの問い合わせに誠実に対応することは必要であるものの、不採用理由に回答することは不要です。不採用理由は人それぞれであり、そもそも会社に「採用の自由」がある以上、不採用理由を明らかにする必要はありません。
誤解の生じないよう、「いかなる場合であっても不採用理由についての照会には回答しない」ということを、あらかじめ会社の方針として応募者に伝えておくことがお勧めです。
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今回は、「サイレントお祈り」の危険性を説明し、会社が不採用の人に対して「お祈りメール」を送るときの注意点について、弁護士が解説しました。
インターネットの発達した時代において、就職活動中の不満から会社を誹謗・中傷するインターネット上の書き込みが非常に増えています。モラルに反するインターネット書込みは問題ですが、一方で、それだけ会社の行動に対する社会の目は厳しくなっています。
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