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解雇理由を後から労働審判・裁判で追加で主張できる?

労働者を解雇した後に、労働審判や裁判などの紛争となった後、「解雇理由を追加できますか?」という、会社から弁護士への法律相談が少なくありません。

解雇のときは、とにかく「問題社員にやめてもらいたい。」という気持ちから解雇したとしても、日本では「解雇権濫用法理」により解雇が制限されているため、労働者から争われる可能性が高いです。

「不当解雇だ!」と、労働者から争いを起こされた後で、あらためて慎重に考えると、「もっと解雇理由があった。」という考えにいたり、有利な主張を追加したいと考えるわけです。

今回は、労働審判や裁判など、解雇後に、さらに解雇理由を追加できるかについて、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。

「労働審判」の法律知識まとめ

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「普通解雇」と「懲戒解雇」で異なる

一旦解雇を行った後で、「後から解雇理由を追加できるかどうか。」という問題を考えるにあたっては、「普通解雇」と「懲戒解雇」の違いを理解しなければなりません。

というのも、行った解雇が「普通解雇」か「懲戒解雇」かによってこの問題の回答は異なるからです。

「解雇は行ったが、『普通解雇』とも『懲戒解雇』とも言っていない。」という会社経営者の方は、要注意です。労働審判や裁判になれば、労働者側に有利な主張が認められかねないからです。

普通解雇と懲戒解雇の違い

「普通解雇」とは、労働者が、雇用契約上の義務に違反したことを理由に、会社から一方的に雇用契約を解約する意思表示をすることをいいます。

例えば、「約束した能力がない。」、「雇用契約上当然に発生する誠実義務を果たさない。」といったケースが典型例です。

これに対し、「懲戒解雇」は、企業秩序に違反したことに対する制裁(ペナルティ)、罰として雇用契約を解約することを意味する、非常に厳しい処分です。

例えば、「業務上横領を行った。」、「重度のセクハラを行った。」といったケースが典型例です。

普通解雇は、解雇理由の追加が可能

普通解雇の場合、解雇理由を後から追加できるのが原則です。

普通解雇は、労働者が雇用契約上の義務を果たさないことを理由とした解約であるため、後から解約理由を追加して主張することも可能だからです。

ただし、普通解雇の当時、その解雇理由を知っていたにもかかわらず主張していなかった場合、「許していた。」と評価されるおそれはあります。後ほど詳しく解説します。

懲戒解雇は、解雇理由の追加ができない

懲戒解雇の場合、解雇理由をのちほど追加できないのが原則です。

懲戒解雇は、ある秩序違反の事由に対する制裁という性質を持っていることから、そのときに解雇理由として伝えておかなければ、それを理由に制裁を下すことができないからです。

いずれにしろ「解雇権濫用法理」

「解雇理由を後から追加することができるか。」という問題は、まず解雇の性質を理解して考えなければならないことは、既に解説したとおりです。

「普通解雇であれば、解雇理由を後から追加することができる。」と説明しましたが、どのような解雇であっても、「解雇権濫用法理」には十分な注意が必要です。

解雇権濫用法理とは?

「解雇権濫用法理」とは、合理的な理由のある、相当な解雇でなければ、「不当解雇」として違法、無効となるという、会社からの解雇を制限するルールのことです。

この「解雇権濫用法理」は、普通解雇でも懲戒解雇でも適用されるルールであり、今回解説する、「解雇理由の追加」と、密接に関係してくる重要な考え方です。

解雇理由の追加と、解雇権濫用

「解雇権濫用法理」によれば、解雇には合理的な理由が必要です。

そして、普通解雇であれば、さきほど解説したとおり、後から解雇理由を追加することは可能なわけですが、「合理的」といえる程度の理由がない限り、解雇は無効になってしまいます。

そのため、「とりあえず普通解雇して、後から争われたら解雇理由を追加しよう。」という考え方は、甘すぎると言わざるを得ません。

最終的に、解雇理由をたくさん追加でき、解雇が有効であると主張できるとしても、労働審判、裁判、団体交渉などのトラブルとなれば、対応するためのコストがかかるからです。

解雇理由の追加と、解雇理由証明書

解雇を通告するときには、労働基準法にしたがって、会社は労働者に対して、「解雇理由証明書」をわたす必要があります。

この「解雇理由証明書」に、その時点で会社が考える解雇理由を記載し、労働者に伝えることによって、労働者に対する「不意打ち解雇」を防ぐことが目的です。

解雇理由が後から追加できるのであれば、「解雇理由証明書」をそれほど詳細に書く必要はないのでは?という法律相談を受けることがありますが、それは間違いです。

後から解雇理由を追加することが「普通解雇」の場合には許されるとしても、「解雇理由証明書」に記載していなければ、「本当に最初からその理由で解雇したのか?」と裁判所に疑問を持たれてしまいます。

「労働審判、裁判になってから慌てて用意した言い訳ではないか。」というイメージを抱かれることで、最初から解雇理由として記載してあったよりも、事実上、印象が非常に悪いと言わざるを得ません。

注意ポイント

「普通解雇なら後出しOK」と軽く考えるべきではありません。

結局、普通解雇のときに解雇理由証明書によって解雇理由を明示している以上、それ以降に後出しした解雇理由は、労働審判や裁判で、重要視してもらえないおそれがあるからです。

懲戒解雇は、後出しNG

原則として追加主張が認められる「普通解雇」に対して、懲戒解雇は非常に厳しい処分であるため、不意打ちを防ぐためにも、解雇理由の追加主張は認められていません。

特に、「懲戒解雇」となると、労働者にとって非常に大きなダメージとなるため、労働審判、裁判などの労働トラブルは避けがたいといってよいでしょうが、このときになって初めて会社に有利な主張をしても遅いということです。

知らなかった解雇理由もNG

「懲戒解雇では後出しNG」というルールは、懲戒解雇時点で、その解雇理由を会社が知っていたか知らなかったかによって変わりません。

懲戒解雇時点で、会社がその解雇理由を知らなかった場合ですら、懲戒解雇理由の差替えは認められないとした判例があるからです。

最高裁平成8年9月26日判決

「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情がない限り当該懲戒解雇の理由とされたものではないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできないというべきである」

懲戒解雇の当時知らなかった懲戒解雇の理由があらたに発覚したときは、あらためて懲戒解雇をすることとなり、差替えは困難です。

そのため、最初の懲戒解雇の時点で、問題行為がある社員は、「他にも問題行為がないか。」という視点で、徹底調査しなければなりません。

4.2. 例外的に追加OKのケース

これに対して、懲戒解雇であっても、例外的に、解雇理由を追加することができるケースが、次の裁判例のとおり認められています。

東京高裁平成13年9月12日判決

「懲戒当時に使用者が認識していた非違行為については、それが、たとえ懲戒解雇の際に告知されなかったとしても、告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種若しくは同じ類型に属すると認められるものまたは密接な関連性を有するものである場合には、それをもって当該懲戒の有効性を根拠付けることができると解するのが相当である」

つまり、「実質的に同一」もしくは「密接な関連性」という条件を満たせば、懲戒解雇であっても例外的に解雇理由が追加できるということです。

これは、懲戒解雇理由の追加を許しても、このような場合であれば労働者にとって「不意打ち解雇」とならないからです。

とはいえ、あくまでも例外的なケースであるため、解雇理由の後出しをすることを前提とした懲戒解雇は厳禁です。

懲戒解雇前の調査が大事

以上のとおり、「懲戒解雇は後出しNG」です。

会社としては、「懲戒解雇」という重い処分をするためには、徹底的に調査し、懲戒解雇事由となる理由を、すべて把握しておく必要があります。

懲戒解雇を行うときは、非常に慎重にならなければならず、原則として、弁護士等の専門家の力を借りながら調査、手続を進めてください。

東京地方裁判所平成23年1月21日決定

「使用者が労働者に対する懲戒処分を検討するに当たっては、特段の事情がない限りその前提となる事実関係を使用者として把握する必要があるというべきである。」

「特に懲戒解雇は、懲戒処分のもっとも重いものであるから、使用者は懲戒解雇をするに当たっては、特段の事情がない限り、従業員の行為及び関連する事情を具体的に把握すべきであり、当該行為が就業規則の定める懲戒解雇事由に該当するのか、当該行為の性質・態様その他の事情に照らして、懲戒解雇以外の懲戒処分を相当とする事情がないか、といった検討をすべきである。」

予備的普通解雇

懲戒解雇は、ここまで解説したとおり、非常に重い処分であり、「後出しNG」という点だけでなく、有効性が争われることが非常に多くあります。

そして、裁判や労働審判の場において、懲戒解雇が無効という会社に不利な判断となるリスクは、相当程度あるとお考えください。

そのため、懲戒解雇を行う場合には、同様の理由によって、予備的に普通解雇をしておくことも1つの方法です。

「人事労務」は、弁護士にお任せください!

今回は、一旦は解雇を通告した後で、労働審判や裁判で争われた際に、解雇理由を追加で主張できるかについて、弁護士が解説しました。

原則として、「普通解雇であれば追加OK」、「懲戒解雇であれば追加NG」ということになりますが、いずれにしても「解雇権濫用法理」が適用される上、後出しは「不意打ち」となるため、会社の不利に判断されるおそれが高いです。

問題社員に対し、解雇を行おうと考える会社経営者の方は、事前に、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に法律相談ください。

「労働審判」の法律知識まとめ

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