「不当解雇」とは、会社が労働者に対して行った解雇が、「解雇権濫用法理」という解雇を制限するルールに違反して無効である、という労働トラブルです。
労働審判で「不当解雇」の有効性を争うときには、「地位確認」という形式になります。つまり、「解雇は無効であり、労働者の地位にあることを確認する。」という内容です。
労働審判で、会社側(使用者側)が労働者に対して反論をするときには、労働法、裁判例の理解が重要です。そして、反論を記載する答弁書には、重要なポイントが多くあります。
今回は、「不当解雇」の労働審判で、会社側がすべき反論と答弁書のポイントについて、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。
「労働審判」の法律知識まとめ
解雇についての労働審判の流れ
まず、労働者が「不当解雇」であるとして労働審判を申し立ててきたときの、労働審判手続の流れについて、簡単に解説しておきます。
一般的な労働審判の流れ
一般的な労働審判の流れは、解雇を争う「地位確認」の労働審判の流れでもあてはまります。
会社側(使用者側)の立場で労働審判を戦うときは、まずは一般的な流れを理解する必要があります。
「地位確認」を求める労働者の本音
労働者側から、「解雇は不当であり、無効である。」と主張され、労働審判を申し立てられると、地位確認請求の労働審判が開始します。
「不当解雇」の労働審判の特徴は、「労働者側が、本音としては退職を前提として争っている。」点にあります。一旦解雇された以上、「不当解雇」であったとしても働き続けたくはない、と考える労働者が、労働審判を利用するからです。
本気で復職を狙う労働者の場合には、早々に訴訟に移行することが一般的です。
退職を前提とした解決
解雇についての労働審判では、労働者が「本音と建前」を使い分けるということです。
そのため、「不当解雇」の労働審判の流れでは、第1回期日の前半に事実確認をした後の、第1回後半以降、第2回、第3回期日に行われる「調停」の話し合いが非常に重要となります。
結果、大半の労働審判が、会社が労働者に対して一定額の解決金を支払うことを内容とする「調停」により、労働者が退職をすることで解決します。
会社側の反論と、答弁書
以上の、「不当解雇」について争いになるときの労働審判手続の流れをご理解いただいた上で、会社側(使用者側)が主張すべき反論について、弁護士が解説していきます。
答弁書の一般的な注意
一般的な労働審判の答弁書に関する注意事項は、「地位確認」の労働審判でも当然注意しなければなりません。
したがって、ここで解説する反論はすべて、第1回期日前に、答弁書に記載し、提出期限までに間に合うように主張しておかなければなりません。
反論を適切に選択する
この解説で説明する反論は、いずれも、解雇を争う労働審判で、会社側(使用者側)に有利な解決へと進めるための法的主張です。
しかし、全ての反論が、すべての「地位確認」の労働審判で行えるわけではありません。
事案によって、その労働トラブルの性質によって、主張すべき反論は異なりますので、労働法、裁判例を理解して、適切に主張、反論を選択する必要があります。
解雇に至る経緯を説明する
最後に、解雇の有効性が認められないような「不当解雇」をしてしまったという自覚がある場合であっても、あきらめてはいけません。解雇に至る経緯や会社側の考えを答弁書に必ず書いてください。
労働審判では、「不当解雇」であるとしても、やむを得ない事情があるかどうか、なぜ解雇してしまったのかという経緯も注目されるからです。
【反論1】 雇用でなく請負
「解雇が不当である。」というのは、「雇用契約」を締結した「労働者」に対する労働法の保護を前提とした主張です。「解雇権濫用法理」は、雇用された労働者にしか適用されないからです。
労働者を保護するための有名な法律として「労働基準法」があり、労基法が適用されると、会社は非常に不利な立場からのスタートとなります。
① 「請負」と判断してもらう基準
「雇用ではない。」という主張は、つまり、会社と社員(従業員)との関係は、「請負契約」もしくは「委任契約」という契約ということになります。
会社と、個人事業主との、対等な契約、というわけです。「雇用」ではなく「請負」であると判断してもらうための基準は、次の点が重要です。
- 諾否の自由があること(指示された仕事を断ることができること)
- 会社からの具体的な指揮命令がないこと
- 勤務時間の拘束が少ないこと
- 勤務場所の拘束が少ないこと
② 会社側に有利な解決
「そもそも労働者ではない。」ということになれば、労働審判での解決自体ができないこととなる可能性もあります。
また、労働トラブルに関連した問題であるとして労働審判の中で解決をするとしても、調停案で示される解決金は、大きく減額することが期待できます。
【反論2】 自主退職である
「解雇が不当である。」という労働者側の労働審判申立は、そもそも会社が労働者に対して、一方的に解雇したことが前提となります。
「労働者が会社を退職した。」という事実があるにしても、「解雇」以外の理由によって辞めたのであれば、労働トラブルにはなりません。
① 退職の意思表示があるか
労働者が会社を退職する理由には、「解雇」以外に、次の2つが考えられます。
- 辞職(自主退職)
:労働者側の一方的な意思表示による退職 - 合意退職
:労働者、会社側の意思表示の合致による退職
いずれの場合も、会社の一方的な意思表示によって可能となる「解雇」とは異なり、労働者の意思表示が必要となります。
「辞職」や「合意退職」であると主張するのであれば、労働者側の「退職の意思表示」を、書面(退職願、退職届)などの客観的証拠によって、会社側が立証すべきです。
② 会社側に有利な解決
「解雇」ではなく、労働者側が合意して退職している、もしくは、労働者側の一方的な意思表示で退職しているのであれば、そもそも「退職の有効性」は労働審判で争いになりません。
したがって、解決金も発生しませんし、既に退職しているわけですから復職もありません。
注意ポイント
「退職の意思表示」は非常に重要な意思表示ですから、書面など客観的な証拠がない限り、労働審判でも容易には認めてもらえません。
また、「退職の意思表示」をするよう強要することによって、違法な退職強要があったという再反論を受けないよう注意してください。
【反論3】 不当解雇ではない(普通解雇)
「解雇」をしたことが事実であるとしても、「不当解雇」ではないという主張、反論することによって、会社側(使用者側)の有利に労働審判を進めることができます。
解雇には「普通解雇」、「懲戒解雇」、「整理解雇」がありますが、第1に、「普通解雇」を「不当解雇」ではないと主張、反論するための答弁書の記載について解説します。
① 適法な普通解雇の要件
普通解雇をするときの会社側の解雇理由としては、「無断欠勤が重なった。」、「勤務態度が悪い。」などといったものが典型です。
普通解雇を適法、有効なものであるとする会社側の適切な反論は、次の2点です。
- 普通解雇に合理的な理由がある。
- 普通解雇が社会通念上相当である。
具体的な反論の方法としては、会社側が労働者を「普通解雇」にした理由を答弁書に記載した上で、いかに「解雇がやむを得ないものであった。」か、事情を詳しく説明します。
② 会社側に有利な解決
普通解雇が適切であり、有効であるという心証を労働審判委員会に抱いてもらえた場合には、「復職」も「解決金」も不要です。
とはいえ、「完全に有効」という結論は困難であり、労働問題の性質上、一定程度の金銭を会社側から支払うことにより、リスクを低く退職してもらうのも1つの方法です。
【反論4】 不当解雇ではない(懲戒解雇)
第2に、「懲戒解雇」をした場合について、有効かつ適切な解雇であるとする会社側(使用者側)の反論を、弁護士が解説します。
ただ、「懲戒解雇」は、労働者にとって非常に厳しい処分であるため、労働審判でも、その有効性は「普通解雇」より厳しく判断されます。
① 適法な懲戒解雇の要件
「懲戒解雇」を有効にするために、労働審判の答弁書で会社が主張、反論しなければならないポイントは、次の3つです。
- 就業規則に定めのある懲戒解雇理由に、問題社員の行為が当てはまること
- 懲戒解雇とすることが相当な行為であること
- 懲戒解雇とるす解雇理由をあらかじめ伝え、弁明の機会を与えていること
特に、懲戒解雇が非常に厳しい処分であることから、会社の一方的な考えだけでなく、労働者側の弁明(言い訳)を事前に聞いておく必要があります。
② 会社側に有利な解決
懲戒解雇が有効であれば、労働審判でも、「復職」、「解決金」のいずれも認められず、会社側に有利な解決となります。
例えば、「業務上横領」を初めとする職場での犯罪行為など、企業秩序への違反の著しい場合には、懲戒解雇が有効となる可能性が高いですから、有効な反論を答弁書に記載しましょう。
【反論5】 不当解雇ではない(整理解雇)
3つ目の解雇方法として、「整理解雇」があります。
整理解雇は、会社の経営的な事情を理由とするものであり、明らかに経営不振である場合にはやむを得ないものです。
いかに解雇がやむを得ない状態であったかを主張し、労働審判の場で会社の状況を積極的に説明することで、会社側(使用者側)に有利な判断を勝ち取ることができます。
① 適法な整理解雇の要件
「整理解雇」は、社員(従業員)側の責任によるものではなく、会社の事情によって行う解雇です。そのため「整理解雇の4要件(4要素)」という特殊な判断要素によって判断されます。
労働審判の答弁書を準備するときには、この4つの事項を理解し、この1つ1つにあてはまるよう会社側の反論を記載します。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避の努力を尽くしたこと
- 人選の合理性
- 手続の適正
「整理解雇」を有効と判断してもらうために会社側が求められる反論は、いずれも会社側の事情であり、証拠も会社側にあることが通常です。
したがって、労働審判の段階で、会社が適切な資料とともに説明をしなければ、訴訟に移行するなど、紛争が激化するおそれが非常に高いといえます。
② 会社側に有利な解決
「整理解雇」が有効であるという心証を労働審判委員会(裁判官)に抱いてもらうことに成功すれば、「復職」、「解決金」のいずれも不要となります。
やむを得ず「整理解雇」をしたのであれば、経営不振というわけですから、そもそも金銭的な解決が困難であることを積極的に主張、反論すべきです。
なお、最悪の場合には、会社の破産を検討すべきケースもあります。
【反論6】 解決金を下げるための反論
ここまでの反論はいずれも、「そもそも前提となる解雇がない。」、もしくは、「不当解雇ではない。」という結論を導くことにより、会社の完全勝利を目指すための反論でした。
労働審判は会社側に不利な状態からのスタートですから、これらの最高の結論が得られないにしても、解決金を少しでも下げるための反論を行うべきケースがあります。
① 労働者が解雇に同意していた
「解雇」とは、会社側から労働者に対する、一方的な雇用契約の解約のことをいいます。そのため、労働者が仮に解雇に同意していたとしても、そのことだけを理由に「解雇が有効」とはなりません。
ただ、労働者が解雇直前、直後に解雇に同意する態度を示していたり、解雇理由となるような自身の問題点について謝罪、反省していたときは、事実上、会社に有利な情状として考慮することが期待できます。
その結果、「調停」で退職を前提に金銭解決するとしても、会社が支払うべき解決金が、低く判断されることが期待できます。
② 解雇期間中に働いて賃金を得た
解雇が「不当解雇」として無効であったとすると、労働審判の確定にいたるまで、労働者であり続けたこととなります。
解雇期間中に、別の会社ではたらいて賃金を得た場合、調整が必要となります。専門用語で「中間収入の控除」といいます。
「不当解雇」を労働審判で金銭解決するときも、この解雇期間中の賃金(バックペイ)が目安の1つとなるため、「中間収入の控除」の反論は、解決金を減額する、会社に有利な情状となります。
ただし、裁判例も、解雇期間中の賃金のすべてを控除することを認めるわけではなく、「6割まで」は支払う必要があるとされています。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
今回は、「不当解雇」を争う、いわゆる「地位確認」の労働審判において、会社側(使用者側)に有利な解決のための反論について、弁護士が解説しました。
ここで解説した反論は、その事案に合わせて有効な法的主張を選択した上で、答弁書にすべて記載する必要があります。
労働者から「不当解雇だ!」と言われてお悩みの会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に、お早目にご相談ください。
「労働審判」の法律知識まとめ