「マタハラ」という言葉が、新聞やテレビのニュースでも話題になっています。「マタハラ」(マタニティ・ハラスメント)は、妊娠や育児などを理由とした、職場における嫌がらせ(ハラスメント)のことです。
「マタハラ」は違法であり、絶対に許されません。しかし、会社側(使用者側)として、社員に労働法の知識が十分になく、知らず知らずに「マタハラ」を行ってしまった場合もあります。
労働審判で、労働者側から「マタハラ」の責任追及を受けたとき、会社側(使用者側)としても有利な主張・反論を、答弁書に記載する必要があります。
今回は、マタハラの労働審判で、会社側が主張すべき反論と、答弁書の書き方のポイントを、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士が解説します。
「労働審判」の法律知識まとめ
マタハラの労働審判の流れ
マタハラとは「マタニティ・ハラスメント」の略で、出産・妊娠・育児などを理由とした嫌がらせ、不利益取扱いのことです。マタハラが発生すると、会社側(使用者側)は、安全配慮義務違反であるとして、マタハラの被害者となった労働者から、労働審判・訴訟などの方法によって責任追及を受けることになります。
マタハラを理由とした慰謝料請求について、労働審判を申し立てられてしまったとき、労働審判で、少しでも会社側(使用者側)に有利な解決とするためには、まずは労働審判手続の流れを理解する必要があります。
社員がマタハラを行っていたり、会社の行った処分がマタハラと評価されたりする場合、会社の責任は免れません。マタハラの基礎知識、裁判例を理解した、誠実な対応が必須です。
一般的な労働審判の流れ
マタハラの被害に遭った労働者が、会社の責任を追及しようとするとき活用されるのが、労働審判です。
労働審判は、労働問題を、簡易、迅速に、かつ、労働問題の個別事情に合わせて柔軟に解決するために活用される制度です。
マタハラの責任追及が論点となり、マタハラを理由とした慰謝料請求をしたり、マタハラとなる会社の人事処分の無効を争ったりする場合にも、一般的な労働審判の流れは、その他の労働審判手続と同様です。
マタハラ問題の労働審判を、会社側(使用者側)に有利に進めるために、まずは労働審判の流れについて理解してください。
「調停」による話し合いが重要
労働審判において、解決ができない場合には、労使いずれかの側から異議申立てがなされると、労働審判は終了し、訴訟に移行します。
マタハラ問題は、特に被害者となった女性労働者にとって非常に重要な問題であるため、訴訟により激しい争いとなると、解決がとても困難な問題です。
そのため、マタハラに関する難しい法律問題や、事実認定について労使間に大きな対立がある場合には、3回の期日までしか設けられない労働審判でスピーディに解決することができません。
会社側(使用者側)としては、労働者がまずは労働審判を申し立てている意図からすれば、労働審判内で、できる限り速やかに解決することが、会社側にとっても有益です。そのため、マタハラ問題では、他の問題にも増して、「調停」における話し合い、和解が重要となります。
マタハラの労働審判における会社側の反論と、答弁書の書き方
会社内でマタハラ問題が起こってしまった場合、会社は、これを予防する義務を果たしていたか、マタハラの法律知識を理解していたかが、労働審判において問われることとなります。
特に、マタハラが社会問題化しているため、女性への配慮、マタハラへの理解に欠ける会社は、社会的評価が低下するおそれもあります。
マタハラの労働審判における会社側の反論を検討し、正しい答弁書の書き方を知るためには、マタハラに関する最近の裁判例の傾向について、分析が必要となります。
マタハラの責任と、会社側の反論
「マタハラ」(マタニティ・ハラスメント)の定義は、労働基準法(労基法)など、重要な労働法に正確に定められているわけではありません。
そのため、「マタハラ」は、様々な意味で用いられています。裁判例などにおいて、「マタハラ」として問題になっている点は、次の2つの場面です。
- 会社が、労働者に対して降格、異動、解雇などの人事処分をするときに、妊娠、育児などの事情を理由とするケース
- 上司が部下に対して、職場上の力関係を利用して、妊娠、育児などを理由に嫌がらせをするケース
いずれの場合も、「妊娠している。」ということは、下手すれば流産や母体の危険も考えられるため、会社が労働者の安全に配慮する義務(安全配慮義務)が強くはたらきます。
一般的な労働審判の答弁書
労働審判には、労働問題を、簡易かつ迅速に解決するための一定のルールがあります。そのため、労働審判の答弁書のルールにも、決められたルールがあり、書かなければならない内容がある程度定められています。
一般的な、労働審判の答弁書に関する注意点は、マタハラに関する責任追及を受けている会社側(使用者側)の答弁書でも当てはまります。
【反論1】嫌がらせ自体が存在しない
マタハラの労働審判において、会社側(使用者側)の検討すべき反論の1つ目は、マタハラ、すなわち、妊娠や育児を理由とした嫌がらせが、実際には存在しなかったという反論です。
ただし、マタハラが、降格や解雇など、会社の人事処分として行われた場合には、答弁書でこの反論を記載するのは適切ではありません。その場合には、事実自体を否定することはできないので、次に解説する「マタハラに当たらないのではないか。」という点を争うことになります。
マタハラの事実が否定できるケース
例えば、「妊娠、育児で休暇をとったことで、仕事をもらえなくなった。」とか、「嫌われるようになった。」という具体性を欠く主張のケースでは、労働者が「マタハラ」と主張する事実について、証拠収集をしてください。
ハラスメント行為について、会社が事情聴取をする方法は、下記の解説が参考になります。
会社側に有利な解決
労働者側が「マタハラ」であると主張する事実自体がないとなれば、会社側が責任を負うことはありません。また、「マタハラ」の加害者であると主張される社員についても、責任を負うことはありません。
したがって、労働審判において、慰謝料や解決金を支払う必要はなく、会社側(使用者側)に有利な解決を導くことができます。
【反論2】業務上の必要性がある
妊娠や育児といった事情があったとしても、すべてが労働者の思うがままになるわけではありません。会社にも「人事権」「労務管理権」があり、労働者に対して命令をすることができるからです。
そのため、業務上の必要性が強い場合、会社の行った処分が「マタハラ」にならないという反論が、会社側(使用者側)に有利な解決を導きます。
妊娠が理由ではない
会社の行った「マタハラ」といわれている処分に、「業務上の必要性」があるということは、妊娠だけが原因で行ったわけではない、すなわち、「マタハラ」ではない、と言う反論となります。
答弁書において、「マタハラ」といわれている処分を行わない場合、業務上の支障がどれほど大きいかについて、具体的に主張、反論するようにします。
会社側に有利な解決
「業務上の必要性」が認められる場合には、違法な「マタハラ」とはなりません。
労働審判において、慰謝料の請求などは認められず、行った処分も有効であるという、会社側(使用者側)に有利な解決を導くことにつながります。
【反論3】自由意思での承諾があった
マタハラの対象となったして労働審判を申し立てた女性が、自由意思によって承諾していた場合には、その処分や行為は違法とはなりません。
そこで、会社側(使用者側)に有利な反論として、「労働者からの自由意思による承諾があった。」という反論を答弁書に記載します。
自由意思による承諾の要件
マタハラをなくしてしまうほどの「自由意思による承諾」といえるためには、労働者保護の観点から考えて、高いハードルがあります。
具体的には、マタハラに対する承諾が「自由意思」といえるためには、裁判例に照らして、次の要素を考慮して判断しなければなりません。
- 簡易業務への転換および降格措置による女性労働者への有利な影響と、降格措置による不利な影響の内容と程度
- 降格措置についての事業主の説明の内容その他の経緯
- 女性労働者の意向
会社側に有利な解決
以上の「自由意思」の考慮要素からして、会社側(使用者側)に有利な解決を得るためには、次の点を、答弁書に適切に反論する必要があります。
- 妊娠を理由とした簡易業務への転換が、いかに女性に対して有利な影響があるかを、具体的に列挙してください。
- 軽易業務に転換する前に、「マタハラ」と申し立てている労働者にどれほど説明したか、経緯を記載します。
- 女性労働者から合意書などを取っている場合には、答弁書とともに証拠提出します。
「自由意思による承諾」があれば、マタハラといわれる措置は違法ではなくなります。したがって、労働審判でも、慰謝料や解決金は発生しません。
「人事労務」は、弁護士にお任せください!
「マタハラ」問題は、裁判例が話題になるなど、近年社会問題化しています。
そのため、「マタハラ」の労働審判に対して反論せず放置しておいては、「ブラック企業」であるとして有名になり、企業イメージが低下するおそれもあります。
会社内の「マタハラ」問題にお悩みの会社経営者の方は、企業の労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に、お早目に法律相談ください。
「労働審判」の法律知識まとめ