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新型コロナの緊急対応で、36協定なしに残業させる方法と注意点

新型コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされる会社が増える一方、医療機関、薬局、スーパーマーケットなどのように、新型コロナウイルスの影響で、むしろ今までよりも忙しくなる業種・業態もあります。このような業種・業態では、社員の長時間労働がやむをえず必要となることがあります。

しかし、ただでさえ感染リスクを負う最前線に立たされた社員にとって、これに加えて長時間労働まで降りかかってくるとストレス過多となりがちです。特に、新型コロナウイルスの「緊急対応」にあたる場合に影響が顕著です。

会社は社員を安全で健康に働かせる義務(安全配慮義務)を負います。そのため、緊急対応のために長時間の労働がやむを得ず生じてしまうとき、特に注意が必要です。

今回は、新型コロナウイルスに関連した緊急対応などで、社員を長時間労働させなければならないとき、会社が注意すべきポイントを弁護士が解説します。

「新型コロナウイルスと企業法務」まとめ

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36協定を整備する

36協定とは、労働基準法36条で定められた、時間外労働(いわゆる残業)をさせる際に整備しておく必要のある会社規程のことをいいます。労働者と会社が結ぶ「労使協定
という書類の一種です。

労働基準法では、「原則として残業は違法。36協定がある場合に限って、そこに定められた時間を上限として適法となる」という決まりになっています。

36協定は、各事業所ごとに締結し、労働基準監督署(労基署)に届け出る必要があります。この際、過半数労働組合もしくは従業員の過半数代表を選出し、意見をきく必要があります。この選出は、労働者の意思を反映した民主的な方法でおこなう必要があります。

これらの正しい手続きにしたがわずに作られた36協定は違法であり、無効です。

したがって、新型コロナウイルスの緊急対応で、社員を残業させる必要のある会社は、36協定を必ず整備しておかなければなりません。

36協定の上限時間

36協定をしっかり準備していた場合でも、無制限に残業させることができるわけではありません。というのも、36協定に定めることのできる残業時間には、上限規制があるからです。

この上限規制によれば、36協定に定める残業時間(休日労働を含まない)は、原則として「月45時間、年360時間」を上限としています。そして、臨時的な特別の事情がないかぎり、これを超えて残業させることができません。

この36協定の上限規制は「働き方改革関連法」で導入されたもので、同法の施行にともない大企業では2019年4月から、中小企業でも2020年4月から適用されています。

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36協定の特別条項を利用する

36協定における残業時間の上限規制は、臨時的な特別の事情がある場合には、「年間に6か月まで」であれば、延長することができます。つまり、緊急の必要がある場合には、例外的に、上限規制を超えて働かせることができるということです。

ただし、この場合にも、次の3つの要件を満たす必要があり、かつ、月45時間を超えることができるのは「年間に6か月まで」です。

  • 時間外労働は、年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働を合わせて月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働を合わせて2か月~6か月の平均が80時間以内

そこで、新型コロナウイルス対応にかかる緊急対応など、直近で必要な対応のために長時間の残業を命令してしまったときは、新型コロナウイルスが1年以内に少しでもましになるようであれば、その後の残業時間を減らすことによりこのルールをクリアすることができます。

36協定がなくても「緊急対応」で必要な残業を命じる方法

36協定は、残業をさせるために会社がそろえるべき必須の資料です。しかし、残念ながら、この新型コロナウイルスの蔓延よりも前に36協定を準備していなかった会社も少なくないのではないでしょうか。

結論から申し上げますと、36協定が現段階で整備できていなかったとしても新型コロナウイルスの「緊急対応」を社員に命じることができます。

次のとおり労働基準法(労基法)では、「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」には、労働基準監督署(労基署)の許可を受けて、会社は社員に対して残業を命じることができるものとされています。

労働基準法33条(災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等)

1. 災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。

2. 前項ただし書の規定による届出があつた場合において、行政官庁がその労働時間の延長又は休日の労働を不適当と認めるときは、その後にその時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを、命ずることができる。

3. 公務のために臨時の必要がある場合においては、第一項の規定にかかわらず、官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方公務員については、第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。

そして、「自社の社員が新型コロナウイルスに感染した」「新型コロナウイルス患者が事業場に来訪した」などの緊急対応が必要なケースほど、「今からはじめて36協定をつくる」というのでは間に合わないことがほとんどです。

36協定は、単に会社が作成すればよいというものではなく、適切な方法で労働者代表を選出し、意見を聞き、労働基準監督署(労基署)への届出をおこなわなければならないからです。

どれほどの非常時であれば「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」にあたるかは解釈にゆだねられていますが、厚生労働省の見解では、新型コロナウイルス対応において、これに該当するケースがあることを示しています。

新型コロナウイルスで、すでに在宅勤務、リモートワークを実践していたり、すでに休業中の会社では、すぐに労働者の意見を聞くことすら難しいこともあり、労働基準法33条1項のあてはまる場面も少なからずあります。この場合、緊急ひっ迫した状況の場合には、労働基準監督署の許可は「事後でもよい」こととされています。

新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)

問3 新型コロナウイルスの感染の防止や感染者の看護等のために労働者が働く場合、労働基準法第33条第1項の「災害その他避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」に該当するでしょうか。

ご質問については、新型コロナウイルスに関連した感染症への対策状況、当該労働の緊急性・必要性などを勘案して個別具体的に判断することになりますが、今回の新型コロナウイルスが指定感染症に定められており、一般に急病への対応は、人命・公益の保護の観点から急務と考えられるので、労働基準法第33条第1項の要件に該当し得るものと考えられます。
また、例えば、新型コロナウイルスの感染・蔓延を防ぐために必要なマスクや消毒液、治療に必要な医薬品等を緊急に増産する業務についても、原則として同項の要件に該当するものと考えられます。
ただし、労働基準法第33条第1項に基づく時間外・休日労働はあくまで必要な限度の範囲内に限り認められるものですので、 過重労働による健康障害を防止するため、実際の時間外労働時間を 月45時間以内にするなどしていただくことが重要です。また、やむを得ず月に80時間を超える時間外・休日労働を行わせたことにより 疲労の蓄積の認められる労働者に対しては、医師による面接指導などを実施し、適切な事後措置を講じる必要があります。

新型コロナウイルスの「緊急対応」をさせるときの注意点

ここまで解説してきた、新型コロナウイルスの緊急対応で社員に残業を命じなければならないときの会社側(企業側)の注意点は、次のとおりです。

  • 時間外労働(残業)を命じるためには36協定を整備することが必要
  • ただし、緊急事態には労働基準監督署の許可を得れば、36協定がなくても残業を命じることができる

最後に、以上のことを前提として、36協定にしたがって新型コロナウイルスの緊急対応で残業を命じる場合、労働基準法33条1項の許可を得て残業を命じる場合のいずれであっても、この緊急時に会社が理解しておかなければならない注意点を、弁護士が解説します。

緊急性の有無をよく検討する

はじめに注意すべきは「緊急性の有無をよく検討する」ということです。つまり、残業をさせる業務命令をするとき「その必要性があるのか」「今いる人員で対応不可能か」と検討することです。

ただでさえ、緊急事態宣言が出て、感染しないよう自粛が要請されているところです。休業中や在宅勤務、リモートワーク中の社員が対応のため出社することには危険がつきものです。育児を抱えていたり、家族に高齢者がいたりと、社員側にもさまざまな事情があります。

特に、このたびの新型コロナウイルス感染症のように、緊急性の高い事態がいつ起きてもおかしくない状況がつづく場合には、事前準備が重要です。事前準備やシミュレーションを入念におこなうことで、いざというときにイレギュラーな緊急対応までは不要とできる場合も少なくありません。

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過重労働を防止する

新型コロナウイルス対応は確かに緊急性がありますが、過重労働を正当化するわけではありません。緊急時だからといって、無制限の残業が認められるわけでもありません。

したがって、36協定にしたがって残業(時間外労働)をさせる場合であっても、労働基準法33条1項にしたがって緊急時の労働をさせる場合であっても、過重労働とならないよう、会社が安全配慮義務を尽くす必要があります。

緊急対応による過重労働を避けるためには、新型コロナウイルス対応で一定の長時間の残業をおこなった社員には「代休」や「特別休暇」をあたえたり、他の日の残業をなくしたりといった配慮をすることを検討してください。

ストレスの大きい業務に注意する

ニュース報道でも明らかになっているとおり、医療従事者の中には、院内感染によって新型コロナウイルスの患者になってしまった人が多くいます。

このことからもわかるとおり、「社内で感染者が出た」などの緊急事態に、新型コロナウイルスについての対応は誰かがやらなければなりませんが、その人には、非常に大きなストレスがかかることとなります。

業務による負荷は「労働時間」とその「業務によって生じるストレスの大きさ」の双方を考慮しなければなりません。そのため、平常時の残業にもまして、労働時間が長くなることの負荷は大きくなるものと考えなければなりません。

特に、社員に感染リスクの少しでもある業務を担当させる場合には、十分注意が必要となります。

残業代を支払う

36協定にしたがって残業(時間外労働)をさせる場合には、残業代(割増賃金)の支払が義務とされています。そして、このことは、労働基準法33条1項の許可を得て緊急時の労働をさせるときも同様です。

つまり、会社はどのような事態であれ、どのような性質の労働であれ、社員の労働時間を適切に把握し、「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間を超える労働時間に対しては、残業代を支払う義務を負っています。

労働基準法においては、次のとおりの残業代(割増賃金)の支払義務が定められています。

時間外労働の種類 内容 残業代(割増賃金) 根拠条文
法定労働時間外労働 「1日8時間、1週40時間」を超える労働 割増率2割5分以上
(月60時間を超える場合には5割以上)
労働基準法32条、37条1項
法定休日労働 「1週1日」の休日の労働 割増率3割5分以上 労働基準法35条、37条1項
深夜労働 「午後10時から午前5時まで」の労働 割増率2割5分以上 労働基準法37条4項

この支払義務を順守する前提として、新型コロナウイルスの緊急対応をしている際であっても、タイムカードなど適宜の方法によって、会社は労働時間を管理、把握しなければなりません。

ひっ迫した状況で、労働基準法33条1項の許可を事後に得た場合にも、さかのぼって労働時間を計算し、残業代を払ってください。休業中の社員に対応させた場合には、その対応した時間については「休業手当(平均賃金の6割)」ではなく満額の賃金が必要となります。

特に、在宅勤務、リモートワークをさせている社員に緊急対応で残業させる際には、時間把握のために日報などの自己申告によるときは、虚偽の申告をさせることのないよう注意が必要です。

「企業法務」は、弁護士にお任せください!

今回は、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の緊急時に対応するとき、会社側(企業側)が注意しておくべきポイントについて弁護士が解説しました。

未知のウイルスによる感染拡大は非常事態であり、その対応には緊急の必要があります。そのため、本来であれば残業させるために必要となる36協定などが用意できていなかったとしても、緊急事態について定めた労働基準法33条1項にしたがって社員に業務命令をして、対応にあたってもらうこともできます。

しかし、これによって社員が新型コロナウイルスに感染してしまったり、長時間労働によってうつ病などのメンタルヘルス(精神疾患)にり患してしまっては元も子もありません。

緊急時こそ、労働基準法(労基法)と安全配慮義務を順守して正しい対応をおこなうために、企業法務に詳しい弁護士に、ぜひお早めにご相談ください。

「新型コロナウイルスと企業法務」まとめ

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