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新型コロナウイルスを理由に「内定取消し」する方法と注意点【会社側】

新型コロナウイルスの影響で売上が激減し、業績が悪化してしまった会社が少なくありません。新型コロナウイルス感染症の拡大が、ちょうど4月に重なったこととあいまって、「内定取消し」が問題視されています。

しかし、内定取消しは、内定者の人生に大きな影響を与える重大な行為です。そのため、会社の一方的な都合でおこなうことはできず、裁判例でも制限が課せられています。

つまり、内定取消しは、「解雇」と同様の制限があります。内定取消しを回避する努力をつくさず、安易におこなえば「不当解雇」という違法行為です。

今回は、新型コロナウイルスの影響で業績がいちじるしく悪化し、やむなく内定者を予定どおり受け入れることのできない会社がどのように対応したらよいかについて、企業法務に詳しい弁護士が解説します。

「新型コロナウイルスと企業法務」まとめ

目次(クリックで移動)

内定取消しと、その制限

すでに、新型コロナウイルスが理由で内定を取り消された人の話は、ニュース報道でも話題になっています。一方で、新型コロナウイルスにより内定を取り消された人を、東京都が採用することを発表しました。

政府もまた、経団連、経済同友会などを通じて、採用内定の取り消しをできる限りおこなわないよう企業に要請しています。

内定は、すでに労働契約(雇用契約)の成立した状態を意味し、労働者側からの内定辞退はあり得ますが、すでに受諾したあとは一方的な理由で取り消すことはできません。

内定取消しの性質

裁判例(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日判決)では、「内定」のことを専門用語で「始期付解約権留保付労働契約」といっています。

その意味は、「始期付」すなわち新卒入社の社員は4月(始期)になってはじめてはたらく義務を負う、「解約権留保付き」すなわち「卒業できない」などのイレギュラーな事態の際には取消ができる、ということを前提としながら、すでに「労働契約」が成立しているということです。

そのため、「内定」を「単なる予約にすぎず、いつでも取り消すことができる」と考えるのは誤りです。

内定取消しによる不利益

今回、新型コロナウイルス(Covid-19)の感染拡大が4月の新年度開始にかさなったことから、新卒社会人の内定取消しが問題となっています。内定取消しは、労働者側にとって非常に大きな不利益となります。

日本の労働慣行では長らく、「新卒一括採用」といって4月の新年度開始に新入社員をいっせいに採用する文化がありました。この下では、前年よりエントリーシート、履歴書を出して就職活動をはじめ、採用内々定、採用内定を経て、内定式をし、4月にいっせいに入社する、という流れが一般的です。

そのため「新卒一括採用」では、中途入社や二次新卒のほうが採用枠が少なくなることが一般的です。そのため、ひとたび内定を取り消されると、他の会社に新卒で入社することが非常に困難です。

就職活動時期にしか採用をしてもらえないため、重要な新卒の機会を、内定取消しによって逃さざるをえなくなってしまうことは、とても大きな不利益なのです。

内定取消しの制限

内定取消しは、さきほど解説した「始期付解約権留保付労働契約」の、「留保された解約権を行使すること」を意味しています。解約権が留保されていることからもわかるとおり、一定の場合には内定取消しがあることは予定されています。

しかし、内定取消しは、解雇における「解雇権濫用法理」のルールと同様の制限を受けます。

つまり、その趣旨・目的に沿い、客観的に合理的な理由があり、社会的に相当でないかぎり、内定取消しは無効になるということです。つまり、会社の一方的な都合での内定取消しはえきません。

一方で「新型コロナウイルスの影響による業績悪化」という経営上の理由である場合には、内定取消しの必要性があり、内定取消しを回避する努力を会社が十分におこなったことなどが内定を有効に取り消すための要件となります。

「新型コロナウイルス」を理由に内定取消しするときの注意点

内定はすでに雇用契約の成立であり、会社の都合で一方的に取り消すことは不当だと解説しました。しかし一方で、新型コロナウイルスという未知のウイルスが蔓延し、業績が悪化している会社にとって「背に腹は代えられない」という本音も理解できます。

そこで次に、「新型コロナウイルスによる業績悪化」を理由として、内定取消しをすることができるかどうかについて、弁護士が解説します。

整理解雇の4要件

採用内定の取り消しには制限があるといえども、いかなる場合でも内定を取り消してはならないわけではありません。

裁判例(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日判決)でも次のとおり、「解雇権濫用法理」にもとづいて、一定の場合に内定取しができることを認めています。

大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日判決)

解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきである。

さらに、「新型コロナウイルスを理由とする業績悪化」を理由に採用内定を取り消すことができるかどうかを判断するには、「解雇権濫用法理」をより具体化した、「整理解雇の4要件」を理解する必要があります。

つまり、「解雇」の性質をもつ会社の行為の中でも、会社の業績を理由とする場合には、次の4つの要件を満たさなければならないものとされています。

  • 内定取消による人員削減の必要性
  • 内定取消を回避する努力義務
  • 人選の合理性
  • 妥当な手続き

「新型コロナウイルスを理由とする内定取消し」の有効性

新型コロナウイルス感染症の拡大を理由とする場合には、労働者にとってまったく責任のないことです。労働者にとってまったく責任のないことで、不利益の大きな行為をするわけですから、さきほどの「整理解雇の4要件」にしたがってかなり厳しめに制限を加えられることとなります。

労働審判や訴訟で争われ、内定取消しが無効と判断された場合には、紛争終了時までの賃金を支払い、その後も雇い続けなければなりません。

新型コロナウイルスの影響で業務を縮小せざるをえないという「人員削減の必要」のある会社が多いでしょうが、もっとも問題となるのが「会社が、内定取消を回避する努力を尽くしたかどうか」です。

回避する努力を十分におこなわず、「業績が悪化している」「新型コロナウイルスの終息がみえない」という一時の恐怖感で内定取消しをおこなうと、不当と判断される可能性が高まります。回避努力には、新型コロナウイルスを理解した上での経営努力や雇用調整助成金、新型コロナに関する特例的な融資などがあります。

「新型コロナウイルス」を理由に内定取消しする前に検討すべき「回避努力の義務」

新型コロナウイルスの感染は日々拡大しており、とどまる気配がありません。政府や自治体から緊急事態宣言や自粛要請が出されても、先行きのみえない不安感でいっぱいかと思います。

やむをえず、内定取消しをせざるをえない事態におちいることもあります。

しかし、内定取消しをするときには、労働者側にも大きな不利益を与えることを理解しなければなりません。そのため、十分な「回避努力の義務」を果たしていなければ、その内定取消しは違法、無効となります。

そこで次に、会社が、新型コロナウイルスによる業績悪化を理由として、やむをえず内定を取り消す前におこなっておくべき「回避努力の義務」について、弁護士が解説します。

最大限の経営努力

新型コロナウイルスの影響下であっても、売上を少しでも確保するための、最大限の経営努力をすべきことは当然です。経営努力をおこたれば、その業績悪化は新型コロナウイルスだけのせいにはできません。

怠慢、放漫な経営の結果、業績が悪化し、内定を取り消さざるを得なくなったという場合、その内定取消しは違法、無効となる可能性があります。

あわせて、それでもなお業績が悪化している場合には、支出も削減する必要があります。支出削減の経営努力として、内定取消しを選択する前に、次の努力をおこなう余地があるかどうか検討してください。

  • 役員報酬の減額
  • 交際費などの経費の減額
  • 既存社員の不要な残業代の削減
  • 既存社員の時短勤務
  • クラウドファンディング活用による売上構造の変更

テレワーク・在宅勤務の活用

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、人との接触を避けられない実店舗ビジネスは大きな打撃を受けています。しかし一方で、ITを活用したオンラインサービスなどでは影響がわずかな会社もあります。

テレワークや在宅勤務、リモートワークなど、出社せずとも仕事をすることのえきる環境を整備することで、内定を取り消さなくても事業を継続できるかどうかを検討する必要があります。

テレワークや在宅勤務を導入する場合、注意すべきポイントは次の解説をごらんください。

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入社日の延期

新型コロナウイルス禍は、いつ収まるともわかりませんが、少なくとも夏以降には現在よりは状況が好転している可能性もあります。

そのため、やむをえず内定取消しをおこなう前に、入社日の延期が可能であるかどうかを検討することが必要です。

入社日の延期もまた、会社の一方的な都合ではできません。しかし、「このままでは内定取消しをせざるをえない」というひっ迫した状況であれば、状況を正確に労働者につたえ、承諾を得るようにしてください。入社日の延期の通知と承諾は、かならす書面でおこない証拠化してください。

労働者の同意を得て入社日を延期する場合には、入社までの給与は発生しません。この間は、特別にアルバイトや副業を認めるなどの配慮をすることがお勧めです。

雇用調整助成金の特例措置

テレワークや在宅勤務、入社日の延期など「働き方」を変えることでは対応しきれない場合には、「休業」を選択することとなります。

会社の都合により社員を休業させるときには、労働基準法(労基法)では「休業手当」として賃金の6割以上を補償しなければならないこととなっています。しかし、会社の都合ではない不可抗力による休業の場合には、会社は賃金の支払い義務を負いません。

新型コロナウイルスを理由とする休業の場合には考え方は分かれていますが、現在の厚生労働省の発表を前提とすれば、経営努力を尽くせば、休業手当の支払いが不要となるケースもあると考えるべきです。

休業手当を支払って休業をする場合には、雇用調整助成金によって支払い分の一部を補填することができます。現在、雇用調整助成金については、新型コロナウイルスに対応するため要件が緩和され、支給率も増額されています。

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特別融資

運転資金を借り入れることによって経営を継続できる場合には、新型コロナウイルスの影響で多くの特別な融資制度が設置されています。

代表的なものに、日本政策金融公庫による「新型コロナウイルス感染症特別貸付」、中小企業庁管轄の「セーフティネット4号・5号」などがあります。

ただし、新型コロナウイルス禍は終息が見えておらず、この先どのように進行するか不透明です。融資制度は、いずれも新型コロナウイルスの特例的措置によって実質無利子程度のものもありますが、お金を借りることには当然会社側のリスクをともなうため、注意が必要です。

退職勧奨・希望退職の募集

内定取消しは、「解雇」と同じ性質をもつもので、会社から「一方的に」雇用契約を終了するものです。このような強制的な行為をおこなう前に、まずは任意の協力をもとめておくことが必要です。

それが、「退職勧奨」です。退職勧奨は、退職をするよう勧める行為です。決して、退職強要をしてはなりません。

新型コロナウイルスの影響、会社の業種、業態ごとの被害の大きさを正確に説明し、労働者の理解をもとめて退職をうながします。採用内定者だけでなく、すでに雇用している社員の中にも「もう辞めたい」と考えている社員がいるかもしれません。

そのため、既存社員に向けて、希望退職を募集することもまた、採用内定を取り消す前に検討しておくべき「回避努力」の一環となります。退職勧奨、希望退職の募集については次の解説もごらんください。

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補償・再就職先の確保

最後に、ここまでの内定取消しを回避するための努力を十分に尽くしてもなお、内定取消しでしか会社が立ち行かない場合には、やむをえず内定取消しを進めることとなります。

やむをえず内定を取り消す場合でも、労働者からの補償の要求には、誠実に対応してください。内定者をこの先正社員としてずっと雇っておくほどの体力はないとしても、直近の生活の困窮を避けるための一定の給付ができるのではないでしょうか。

円満に解決できず内定取消しがトラブルとなり、労働審判・訴訟などの労働問題となったときには、紛争に対応するコストがかかります。

地方から採用し、引っ越しなどの費用をかけさせてしまっていた場合、内定取消しにともない少なくとも実費分の補償をすべきです。あわせて、再就職先の確保が可能な場合には、周囲に人を必要としている会社がないかどうか、調査してください。

「企業法務」は、弁護士にお任せください!

今回は、新型コロナウイルス感染症の拡大により大きな打撃を受けた会社に向けて、内定取消しについての基本的なルールを弁護士が解説してきました。

新型コロナウイルス感染症のように、非常かつ緊急の事態において、会社を守るために、どうしても内定取消をせざるをえないことがあります。しかし一方で、必要な経営努力を一切せずに、「コロナだからしかたない」という安易な考えで内定取消しがおこなわれてしまうことがあります。

万が一にも労働者から争われ、内定取消しが無効になってしまわないよう、事前検討が重要です。

新型コロナウイルスの影響による業績悪化で、内定取消しを検討している会社は、お早めに、企業法務に詳しい弁護士にご相談ください。

「新型コロナウイルスと企業法務」まとめ

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