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新型コロナウイルス対応で、社員にマスク着用を命じることができる?

新型コロナウイルスの感染拡大により、マスクをつけている人が多くいます。緊急事態宣言が出され、自粛が強く要請されている中、マスクをつけていない人のほうが少ないのではないかとも思われます。

この非常事態の中でも、継続して経営している会社にとっては、会社で新型コロナウイルスを蔓延させてしまわないこと、会社の顧客に新型コロナウイルスをうつしてしまわないことがとても重要となります。最低限、社員にマスクをさせたいと考えるのではないでしょうか。

一方で、「コロハラ(コロナハラスメント)」という言葉が流行しました。会社は、社員の健康をまもる「安全配慮義務」を負っていますが、社員の中には、マスクをつけることを嫌がる人がいるかもしれません。

会社は、社員に対して強制的にマスクの着用を命じることができるのかどうかについて、弁護士が解説します。

「新型コロナウイルスと企業法務」まとめ

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「感染防止」が最重要

新型コロナウイルス対策として企業が様々な努力をしていることは、ニュースなどでも報道されています。これは、会社は労働契約法という法律によって、社員のために安全な職場環境を整えるよう配慮する義務を負っているからです。これを「安全配慮義務」といいます。

会社の安全配慮義務の一環として、社員を新型コロナウイルスに感染させない環境を整備する義務はもちろん、感染が判明したときには拡大されないよう配慮する義務があります。

会社にとって安全配慮義務を果たす手段として、比較的簡易な形で準備でき、一定の効果が期待できる方法が、社員に対してマスクの着用を求めることです。

今回解説するとおり、マスク着用を義務として、業務命令の対象にできるかどうかは、ケースに応じて個別に検討しなければなりませんが、まず第一に「感染防止」という目的が最重要であることを理解して進める必要があります。

適切な対応をせず、新型コロナウイルスに社員を感染させてしまった場合には、会社は安全配慮義務違反の責任を問われる可能性があります。更には、新型コロナウイルス感染者を出した会社として、会社の信用が低下してしまうおそれがあります。

社員にマスクの着用を義務付けるときの注意点

「マスク着用のお願いを超えて、強制(法的に義務付けること)することができますか?」という法律相談をお聞きすることがあります。

新型コロナウイルスに対する危機感は、個々人によって異なりますが、会社としては最大限の予防策をとる必要があります。

そこで次に、会社が社員に対して、マスク着用を義務付けることができる理由と、マスク着用を業務命令として命じる場合に会社が配慮しておくべき注意点について、弁護士が解説します。

マスク着用を義務付けることは「業務命令」として可能

会社は、社員を安全で清潔な職場環境で働いてもらえるように配慮しなければなりません。これは、安全配慮義務が、次のとおり法律上義務付けられているからです。

労働契約法5条(労働者の安全への配慮)

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

新型コロナウイルスの感染拡大がいちじるしい現在の状況においては、「マスクをしたくない」という社員に対しても、マスク着用を義務付けることは法的に可能です。

社員の立場からしても、マスクをすること自体の不利益は小さいですし、自身に対する感染予防も期待できるため、着用義務化にともなう不利益は小さいです。万が一「マスクをしたくない」という社員がいる場合であっても、その理由をしっかり問いただし、感染予防よりも優先すべき重大な理由でない限り、マスクの着用を業務命令として命じてください。

マスク着用の命令は、接客業や営業職など、多くの人と接する場合には特に重要です。また、それだけでなく、「万が一感染していたときに、他の社員に広げない」という意味で、会社全体の安全を守る意味もあります。

マスクの入手困難に配慮が必要

会社が社員に対してマスクの着用を義務付けることが法的に可能だとしても、事実上の問題として、現在の情勢においてはマスクの入手が困難であるということに配慮をしなければなりません。単にマスクの着用を義務付ける、とういだけでは、対策として不十分です。

会社として、安全配慮義務の一環としてマスク着用を命じるのであれば、着用するマスクを社員に配布するなどの対応を検討してください。この点で、マスク着用を命じる際の事前準備として、「どの程度のマスクを用意できるのか」「その費用を支払うことができるのか」といった点の検討が必要となります。

会社としてもマスクの入手が困難であるような場合には、マスクの着用だけに固執するのではなく、「マスク着用を義務付ける(ただし、マスクが入手できない場合には、咳エチケットを徹底すること)」といったように、その他の安全措置によっても代替できることを、社員にあわせて伝えておく必要があります。

マスクの費用負担

会社が社員に対してマスク着用を義務付けるのであれば、その費用についても会社が負担すべきです。

このことは、会社がマスクを準備した場合は当然のことです。しかし、マスクの価格が高騰している現在においては、社員にマスクを準備させた場合にも、その費用を会社が負担することがお勧めです。

具体的な負担額については、マスクが高騰している可能性もあるので、衡平な観点から、通常の価格を基準として負担費用を算出してもよいです。

マスクを支給せずに社員に調達をまかせ、かつ、費用の負担もしないという取扱いでは、次に解説するような注意指導、懲戒処分などの制裁を社員に課すことはできません。

マスクを着用しない社員への対応方法

会社がマスクの着用を命じる場合、その命令は「業務命令」になります。業務命令とは、労働契約(雇用契約)にもとづいて会社が社員に対しておこなう命令です。

社員が業務命令に従わなかったときは、企業秩序違反として「懲戒処分」という制裁(ペナルティ)を与えることがあります。そこで、新型コロナウイルスの感染予防のためのマスク着用義務についても、違反した社員に対して懲戒処分をすることが可能かどうかが問題となります。

一方で、冒頭にも解説したとおり、懲戒処分にするかどうかの問題とは別に、マスクを着用しない社員に対しては「感染防止」の観点から適切な対応をとる必要があります。

そこで次に、マスク着用に関する業務命令への違反について、会社側(企業側)のとるべき具体的な対応策について弁護士が解説します。

マスクを着用しない社員への注意指導

新型コロナウイルス感染症の非常事態では、マスクを着用することを業務命令として命じることが可能だと解説しました。しかし、その業務命令の目的は、あくまでも「感染防止」にあります。

マスク着用をしない社員に罰を与え、会社を辞めてもらうといった目的・動機を持つことは控えなければなりません。そのため、すぐに懲戒処分とすることは控え、まずは注意指導をおこなうべきです。

注意指導をおこなった結果、マスクをつけてくれて、その社員はもちろん周囲の社員や顧客への感染拡大が防げるのが一番だからです。

このとき、マスク着用に反対する社員がいれば、その理由を聞き、その理由よりも新型コロナウイルス感染予防のほうが重要であることをしっかり理解させる必要があります。

マスクを着用しない社員への懲戒処分

懲戒処分とは、社員として果たすべき義務や規律に違反した社員に対して、会社がおこなう制裁処分です。

懲戒処分の種類は、会社の就業規則に定められています。一般的には、重い処分から順に、懲戒解雇、諭旨解雇、降格、出勤停止、減給、けん責、戒告などがあります。

新型コロナウイルスの感染拡大の重大性を考えると、マスク着用を業務命令としておこなうことが可能であると解説しました。そのため、業務命令として適切になされたマスク着用命令に違反した場合には、懲戒処分とすることが考えられます。

マスクを着用しない社員に対して、課すべき懲戒処分を検討するためには、次の点を検討する必要があります。

  • マスクを着用せずにおこなった業務の種類
  • マスクを着用しなかった程度・回数・頻度
  • マスクを着用しなかったことにより顧客に迷惑をかけたなどの結果の重大性
  • マスクを着用しなかったことにより他社員に感染を拡大したかどうかなどの影響の大きさ
  • マスク着用以外の感染予防策を徹底していたかどうか

どの程度の重さの懲戒処分とするかは、これらの総合的な考慮によって決めるべきです。

一般的には、まずはじめは「戒告」や「けん責」など比較的軽い処分とし、違反が繰り返されたり、反省の態度が見られない場合に、重い処分を検討することとなります。

マスクを着用しない社員の異動・業務制限

マスクの着用命令に反対する社員がいる場合には、懲戒処分をおこなうかどうかとは別に「感染予防」の観点から、異動や業務の制限をおこなうべき場合があります。

会社としては、感染防止の観点から、マスクを着用しない社員と他社員との間で、特に距離を確保することを意識する必要があります。

マスク着用の業務命令に違反した社員がいる場合には、特に「3密(密着・密接・密閉)」を避けなければなりません。マスク着用をしない社員は、「3密」になる可能性のある業務、例えば会議などには参加させないことも検討すべきです。

万が一、社員に感染者がいることが発覚した場合には、適切な場所へと移動させたり、除菌作業をしたりする必要があります。

出勤日・出勤時間の調整

緊急事態宣言が出てもなお、出社する必要性の高い業種・業態では、時間帯をずらして出社させたり、時差出勤、オフピーク出勤を徹底するなど、可能な限り人との接触の機会が少なくなるように配慮が必要となります。

特に、マスク着用の義務に違反する社員がいるとき、他の社員への感染予防の観点から、会社として十分な配慮が必要となります。社員数が多い会社では、社員をグループ分けし、グループごとに出勤日を固定することで、感染予防を進めることができます。

出社の必要性が高い会社であったとしても、必要最低限の出社であること、出社せずに業務が可能かどうか、代替手段を検討していること、感染予防を徹底していることなどを守らなければ、安全配慮義務に違反してしまう可能性があります。

なお、出社の必要性が低い業務においては、積極的に在宅勤務・リモートワークを検討してください。

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マスクを着用しない社員への自宅待機命令

最後に、以上の対策をしてもなお、マスク着用の義務付けに反対する社員がいる場合には、場合によっては自宅待機を命じるべき場合もあります。

自宅待機とは、会社の業務命令により、社員を自宅にいさせることです。自宅待機命令と出勤停止との違いは、前者が業務命令であるのに対して、後者が懲戒処分であるという点です。

新型コロナウイルス禍の下では、「他の社員に感染させない」「顧客に迷惑をかけない」という点で、マスクを着用しない社員に対して自宅待機を命じる理由があります。

ただし、新型コロナウイルスに感染していない社員に対して、会社の判断によって自宅待機を命じる場合には、「使用者の責に帰すべき事由」による休業として、労働基準法26条により、休業手当(平均賃金の5割以上)を支払う必要があります。

一方で、新型コロナウイルスに感染してしまった社員を休業させる場合には「使用者の責に帰すべき事由」による休業にあたらず、無給での休業となります。休業時に賃金・休業手当を支払う必要があるかどうかについては、次の解説もごらんください。

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「企業法務」は、弁護士にお任せください!

今回は、「社員にマスクの着用を義務付けることができるか」という観点から、具体的な業務命令の内容や方法、会社が検討すべき注意点について、弁護士が解説しました。

会社は、社員の安全を守る義務を負っています。平時であれば十分であった安全配慮義務の措置が、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態の中では、対策として不十分であったり、不適切であったりする可能性があります。

過去にない緊急時ではありますが、法律についての正しい理解と、過去の裁判例をもとに、適切かつ迅速な対応が会社側(企業側)に求められています。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の非常事態の中で、安全配慮義務をどのように果たすか、適切な対応についてお悩みの際は、企業法務に詳しい弁護士にぜひお早めにご相談ください。

「新型コロナウイルスと企業法務」まとめ

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